それでも毒舌芸人が恋人です。

□君が心配してるのは
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俺は車を家の駐車場に停めた。



本来予定されたいた収録が一個飛んだため、帰宅も数時間早くなった。



るいがもう家にいることは、外から明るい部屋を見てわかった。



びっくりするかもしれないし、もう知ってるかもしれない。




俺の収録が飛んだ理由も。



「ただいま。」



俺はリビングに入るなり、洗濯物をたたんでいるるいを見つけた。



「ああ、おかえり。」



るいがにっこり笑った。



「収録が一個飛んだ。」



「ニュースで見た。」



るいが冴えない顔で俺を見た。




「だよな…」



おもむろに俺はテレビを付ける。




もうやってないか。




「まだ意識も戻ってないらしい。」



そう言うと、るいの体がビクッと動いた。



「…そう…なんだ。」



俺はるいの背中だけを見てた。



そりゃ、心配するよな…



たとえ、元彼だとしても。



夜、一緒に収録予定だった、俺と櫻井くん。



その収録が飛んだ理由は、彼が昼間の仕事で高いところから転落したため。



俺も詳しい怪我の具合とかは知らないけど、収録開始時間時点では、まだ意識不明だと聞いた。



まあ、櫻井くんの性格上、意識回復したら、すぐにでも謝りのメール入れてきそうなもんだし。



それはすぐニュースにもなり、るいの耳にも入っただろう。



「ヒロ、ごはん食べるよね?」



るいは洗濯物を仕舞い終えると、笑顔で俺にそう聞いた。




「あ、うん。」




平気なのかな?




料理は既に出来ていて、すぐに皿が並べられた。



「いただきます。」



「いただきます。」



準備してるときもそうだったけど、心なしかるいの口数が少ない。



事故のせいか。



「るい、平気?」



「え?なにが?」



るいが首をかしげた。



「櫻井くんの事故のこと。」



るいの箸がぱっと止まる。



「平気だよ。っていうか、私が心配しても仕方ないし。」



作り笑いはすぐわかる。



「櫻井くんのことだから、目冷ましたらすぐにでも俺に謝りのメール送ってくるよ。そしたら、教えるから。」



「だから、全然平気だって。」



るいはそれでも笑ってた。



「ごめんね、ヒロにそんな気使わせちゃって。」



「それは別にいい。」




羨ましいほどに、二人はそれぞれの幸せを願っていて。



ある意味では、俺の存在なんてのは二人の記憶の隙間に入る余地もない。



これだけ完璧な二人だから、おれは早々に吹っ切れたんだと思う。



二人が嫌って別れたわけではないことは知っている。



別にだから不安だとかはないけど、本当にいい恋人同士だったんだろうってことはよくわかる。



むしろ中途半端な恋人同士なら、俺と彼は仕事できてないだろうし。



俺だって彼を好意的に見れてなかっただろうし。



本当羨ましいけど、敵わねえな。



それから、寝るまでるいは無理する様子も見せず、ただいつも通りだった。



「ヒロ、体やばいねー。」



何て言いながら、マッサージしてくれて。



ソファに並んで、テレビを見ながら、犬顔、猫顔の話になって。



「ヒロはまあ、犬顔だよね。丸い目だし。」



「るいだって、明らかな犬顔じゃん。」




「よく言われる。」



るいは自分の顔を覆った。



「ははは。」



俺はるいの頬を摘んだ。



夜のニュースが始まり、またあのニュースが流れた。



俺とるいはそれを黙って見てた。



くっついていたるいの体が心なしか離れた気がした。



ーーーいまだ、昏睡状態が続いているということです。



キャスターは最後にそう言った。



俺は隣にいたるいの横顔を見た。



大丈夫なんて言ってたけど、結局泣きそうな顔してんじゃん。



「大丈夫だよ。」


俺がそう言うと、るいははっとして俺を振り返った。



「あ、ごめん…」


「俺に気使ってんじゃねえ、ばか。」



俺はるいの額をこずいた。



「わ。」



るいが自分の額に触れた。




「そんなに心狭くねえわ。」



「ヒロ…」



「絶対平気だから、そんな顔すんな。」



「ヒロー。」



「うわ。」



るいが急に抱きついてきた。



「ヒロ、優しい。大好き。」



肩に顔を埋めたるいがそう言った。



「ありがと。」



俺はその背中をぽんぽんと叩いた。




るいは風呂に入りに行って、俺は一人でテレビを見ていた。




そのとき電話が鳴った。



電話なんて珍しいな。



マネージャーか?




しかし、ディスプレイにあるのは、櫻井くんだった。




電話してくるとは…



俺はちょっと呆れた。




「もしもし。」



「もしもし、有吉さん、櫻井です。」



「ああ、もういいの?」



「ついさっきまで、眠ってました。」



「そんな焦って電話してこなくてもいいのに。」



「いえ、本当ご迷惑おかけしてすみませんでした。」



電話口で頭下げてるんだろう。



「日を変えて、収録はすると思います。」



「そうなの?もう平気なの?」



「あ、ちょっとした脳震盪だったので、検査して、何にもなければ明後日には退院できると思います。」



「怪我は?」



「見えるところはないんで…」



「ああ、そう。ならよかったね。」



「ご心配おかけしました。」



「俺なんかよりずっと、櫻井くんのこと心配してる人がすぐ近くにいるけどね。」



「あ…」



とそのとき、るいが風呂を出て、部屋に戻ってきた。



珍しく電話している俺を不思議そうに見てた。



俺はにこっと笑った。



「櫻井くん、目覚めたって。」



るいが目を見開いた。


そして、髪を拭いていた手を止めた。



すると、その目から一筋だけ涙が流れた。



放心状態のるいは自分じゃ気づいてないらしい。



「泣かせたのおまえだからな。」



俺はるいに聞こえないようにそう言った。



「えっ」



「まあ、早く元気になりなよ。」



「ありがとうございます。彼女にも謝っといてくれますか。」



「…代わる?」



自分でも少しビクビクしながら聞いた。



「いやいいですよ。」




彼はきっぱり断った。



るいに聞いても同じように答えただろう。



「そっか。じゃあ、また。」



「はい。失礼します。」



電話は切れた。



俺はるいに視線を戻した。



「よかったな。」



るいは黙って頷いた。



そのとき、自分の涙に気付いたのか、とっさに拭った。



「櫻井くんが、るいにも心配かけてごめんて。」



「ありがと。」



「怪我も倒したことないらしいし、もう仕事の話してたけど。」




「ヒロだって、階段から落ちてすぐ仕事してたじゃん。」



るいが笑った。



「確かに。」




「仕事ばっかりで、自分のことはいつも二の次だよね。」



るいはそう言って寝室に入っていった。



俺のことなのか、彼のことなのか。



よくわかんないけど。



自分のことは二の次で、人のこと心配してばっかなのは、るいじゃん。




「ヒロも、気をつけなよ。」



るいは部屋から顔を出てきて、俺の隣に座った。



「はいはい。」



俺に何かあったら、るいはどのくらい心配してくれるんだろうと、意地悪なことを考えた。




「怪我したりしないでね。」



「もうしないよ。」



俺は苦笑いを返した。



るいがにっこり笑って、俺の頬を撫でた。



心配してくれる人がいると思うと、


この人を心配させたくないと思うと、



自分のいろんなことが変わると思う。



「心配すんな。」



るいを自分の胸に抱いた。



「うん…」



まだ、本当は少し元気なんだろ?




早く元気になって、もうそんな顔しなくていいように、俺がいるから。

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