それでも毒舌芸人が恋人です。
□芽
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人間いくつになっても、好きって感情がなくなることはないだと、あの子に出会って気が付いた。
30代も半分が終わって、彼女とも別れて、もう結婚とかないと思ってた。
別にどうしてもしたいとかないし。
仕事もどうなるか全然わかんねえし。
大切な人ができても、同じ未来にはいないだろうし。
まだ結婚も考えてないような若い女性にしとくのがお互いの為なんじゃないかとか思ってた。
でもやっぱり、どうしてか、男は女を好きになる。
好きになるつもりはないはずなのに、ふとしたときに、かわいいって思ったり、綺麗だって思ったり。
あの子のことも、初めてあったときから、美人だとは思ってたけど、ふとしたときについ目を奪われる。
会って、その仕草を見たり、言葉を聞くたびに、この子と一緒にいたらきっと楽しいんだろうなとか思うんだ。
とりあえず、いつもは仕事の人たちとみんなで会ってるから、一度は二人で食事がしたい。
まずはそう考える。
そのためにはまず、連絡先を聞かないとな。
もう、初めて会ってから数年が経つというのに、連絡先知らない。
それなのに、こんなに、あの子のことを考えていると思うと、俺って気持ち悪いなんて思う。
今日も、仕事仲間との飲み会に彼女は姿を見せた。
彼女みたいな仕事の人が、ここの飲み会に来ることなんてほとんどないから、俺以外の連中も、彼女と飲めたら嬉しいと少なからず思っているんだろう。
そんな彼女はいつも分け隔てなくて。
タイプとか、誰を気にしてるとか、なかなか読み取ることができなかった。
「るいちゃん、彼氏とはどうなの?」
そう言いだしたのは竹山さんだった。
この人は既婚者であるのをいいことにこういうことを自然と聞いてくれるからいい。
「あー実は…」
彼女はお酒を片手に、言葉を濁し、少し俯いた。
まっすぐ長く伸びたまつ毛が綺麗だった。
「先月別れて…」
「えー!あのイケメンフランス人と別れちゃったの!?」
渡部さんが声を上げた。
俺は黙って、酒に目線を外したりして見た。
「はい…」
彼女が困ったように笑ってた。
俺は表情を変えずに彼女のその不自然な笑顔を傍観していた。
それから、竹山さんと渡部さんが、彼女の別れた経緯を全部聞いてた。
俺はその話をほとんど聞き流していた。
聞き流して何をしてたかっていうと、その表情を見てた。
別れたんなら、なおさら、二人で飯行ったっていいよな。
別にすぐ付き合いたいとかそんなんじゃないけど。
ひと段落したところで、彼女が席を立った。
「おい、有吉。」
間髪入れずに渡部さんが俺を見た。
「なんすか?」
俺は持っていた酒を一気に飲みほしてから、渡部さんを見た。
「るいちゃんのこと狙ってんの?」
その顔はなんとも楽しそうだった。
「…別に。」
俺は顔を逸らした。
「じゃあ、俺、飯誘ってもいい?」
…確かに、彼女は渡部さんみたいな小奇麗な人間のがあってるかもな。
「俺じゃなくても、るいちゃん、モテるだろうからすぐ誰かに取られちまうぞー」
…そんなこと、言われなくてもわかってる。
俺じゃねえ、とも思うけど、決めるのは、彼女自身だ。
帰り、渡部さんと竹山さんは一緒に帰って行った。
「あれ、有吉さんって、家どこでしたっけ。」
「ちょっと遠いけど、通り道だから一緒にタクシー乗ってく?」
俺は彼女の家を覚えていた。
「はい。」
彼女はあっけらかんと笑った。
彼女は、なにも気づいてないのか。
それとも全部気づいて笑ってるのか。
わかんね。
「有吉さん、今日は大人しかったですね。」
タクシーに乗るなり、彼女がそう言いだした。
「そう?今日は…話が面白かったから…」
俺は言葉を濁した。
「有吉さんって、他の人みたいに、名前呼んでくれないですよね。」
彼女はさらに淡々と話し続ける。
「え?ああ、そうだっけ。」
「そうですよ!るいって、呼んでくれればいいのに」
彼女を含めた顔ぶれで飲むのも、もう何回目にもなるけど、確かに俺は彼女の名前を呼んだことがないかもしれない。
「んーまあ…わかった。」
俺は歯切れの悪い返事を返した。
「まあ、いやならいいんですけどねー」
なんて、引き寄せたかと思えば突き放す。
きっと天然でやってるんだ。
天然で、人の心を揺さぶる人間なんだ、彼女は。
本当に、早くしないと、誰かがさらってってしまうかも。
「彼氏と別れたって言ってたじゃん?」
「え?ああ、…まあ。」
彼女はまた少し気まずそうな顔をした。
「いや、話したくないならいいんだけど、次の相手は見つかったのか?」
俺はフロントガラスに映るネオンをぼーっと眺めるのに精いっぱいだった。
「次…どうですかね。そこまで切り替えいいほうじゃないんで。」
「へー意外。さっきは普通に話してたのに…」
「それは、みなさんいたら、そんなに話せないし。」
「ふーん。」
「だからって、別に、有吉さんに聞いてもらおうとかそんなずうずうしいことは考えてないですよ!」
彼女は両手を大きく振って否定した。
「いや、別に図々しくはないけど…」
「実は、次っていうのも…心あたりなくはないんですけど…」
やっぱり…
「でも、好きな人とかは全然いなくて…」
彼女は両手を下ろすと急に静かに話始めた。
「そう…」
俺はいまいち良い言葉が浮かばなかった。
ただ、次がいないっていうのを聞いて少し嬉しくなったくらい。
本当にそれだけだ。
「あのさ…」
そこから、自分の意志より速いスピードで体が動いた。
「なんですか?」
「いまさらだけど、電話番号、交換しない?」
俺は自分のジーンズのポケットから携帯を取り出した。
「…あ、い、いいですよ。」
ほんの少しの沈黙も長く感じていた。
確かに俺の携帯に彼女の番号が登録される。
「今度、ごはんでも食べに行きますか!」
「え?」
この人の考えてることは、ときどきわからない。
俺が意を決して言おうとした言葉を、この人一瞬で言ってしまう。
ふと口を出たように。
なんか、うらやましい。
「あ、いやですか?」
彼女はそんなこと言って笑ってた。
なんか、絶対俺とは人種が違うはずなんだけど…
だからなのか、だけどなのか、おもしろいと思う。
「いやじゃないよ。行こう。」
こっちまで笑って返事をしていた。
「じゃあ、連絡待ってますねー」
彼女は自分の携帯のディスプレを嬉しそうに見ながら言った。
そんな嬉しそうにしてくれるのは、俺だからなのかな。
綺麗な横顔を俺はじっと見ていた。
そんなこんなしてると、彼女の家についた。
「それじゃ、有吉さん、ありがとうございました。」
タクシーから降りると彼女は中を覗きこんで笑った。
酔っ払ってるからなのか、すごいかわいく見えた。
「いや、じゃあ、また。」
彼女は俺に手を振った。
俺は少し恥ずかしくなりながらも、少しだけ手を振りかえした。
いつ…誘うおうかな。
おわり