赤色アイドルが恋人でした。

□だいたい70%の約束
1ページ/1ページ





今思い出しても、一緒に居たころ、辛いこともたくさんあった気がする。



二人の関係にじゃなくて、それは大概、俺の仕事のことだった。



なんもうまく行かなくて、自暴自棄になったこともあった。




だけど、それでも諦めなかったこととか、あの頃そんなに悪くないと思えることとか、それはきっと、るいのおかげだと思う。















講義が終わって、携帯を見たら、翔くんから2件の着信と1件のメール。



えっ、と思って私はすぐにメールを開いた。



そこにはただ



―――時間できたら、電話して。



そう書かれてた。



私は友達と別れると、大学のベンチに座って、翔くんに発信した。



2回のコールのあと、電話がつながる。



「もしもし?翔くんどうしたの?」



なぜかそのとき一抹の不安が私の胸の中にあった。



「学校終わったの?」



平静を装ってるけど、なんか元気がない気がする。



ちょっとだけ冷たい声が携帯からした。




「終わったよー・翔くん、今日打ち合わせって言ってなかった?」



「今から、会えない?」



「え?あ、うん。大丈夫だけど。」



本当は翻訳の仕事片付けようと思ってたけど、なんだかそのときは、そう答えなきゃいけない気がした。



「家にいるから、ゆっくりでもいいから、来てくれる?」


そういうと翔くんは電話を切った。



どう…したんだろう…











翔くんの家に着いた私は、彼の自室のドアをノックした。



返事がない…



具合でも悪いのかな。



「翔くん?」



音楽でも聞いてるのかな。



「翔くん、ごめん、入るよ?」



恐る恐る部屋のドアを開けると、隙間から、ベッドに横たわる翔くんの姿が見えた。



寝てる?




「翔さーん。」



ゆっくり近づいて、顔を覗きこむと、案の定寝息を立てていた。



人のこと呼んでおいて、寝てるってどうなのよ。



そんな風に思いながらも、私は彼を起こさないように、そっと床に腰を下ろした。



お邪魔しまーす。



心の中でそう言いながら、机に翻訳の資料を広げた。



起こしてもかわいそうだしね。



今日中に終わらせとけば、来週、翔くんとゆっくりできるし。



もともと彼が来週は時間があるというから、倍とも来週は減らして、今週中に面倒なことは全部終わらせておこうと思ったのだ。




それからどのくらい経ったのか、翻訳もだいたい終わり、最終チェックをしようと思ったとき、背中で布団が擦れる音がした。



「んー」



それとともに、翔くんの唸り声がした。


私がふっと振り返ると、わずかに開いた翔くんの瞳とばっちり目が合った。



「え。」



翔くんは少し驚いたように、開きかけの瞼を大きく見開いた。



「おはよう、翔くん。」



「おはよう…って俺寝てた?」



翔くんは焦ったように顔を上げて、頭をかいた。



「うん、ぐっすり。」



私も体をくるっと回して翔くんの方を見た。




「え、どんくらい、今何時?」




本当に焦った様子の彼は素早く体を起こすと、ベッドサイドの時計を手に取った。



「うわー爆睡じゃん。」



「もうそんな時間か。」



「そんな時間って…来てくれたなら起こせばいいのに。」



翔くんはため息を付きながら、ベッドから降りると少しイラつきながらそう言った。



「なんか疲れてたっぽかったから。」



「ちょっと、顔洗ってくるから待ってて。」



翔くんはそう言うと部屋を出て行った。



怒らせたかなー…



私は翻訳した文章に視線を戻した。



「完全に寝落ちした。服も着替えてねえし。」



確かに、普通黒いデニムでは寝ないよね。



「ごめん、呼んどいて。」



「大丈夫。バイトの仕事も片付いたし。」



私は紙をまとめて、かばんにしまった。



翔くんはため息を付きながら、両手で顔をこすっている。



「なにか用事だったんじゃないの?」



私がそう言うと、翔くんは口を閉ざした。



黙ったまま、ベッドを背もたれに私の隣に座った。



なんだったんだろう。



翔くんがおもむろにテレビの電源を入れた。



それをつまらなさそうな顔して、見てる。




「翔くん、どうしたの?」



普段からおしゃべりなわけじゃないけど、いつもの翔くんとなんか違う。



「るい、俺ってさ…」



やっと話し出した、翔くんの声には覇気がなくて。



「目に留まらないのかな?」



翔くんが何を言ってるのか、さっぱりわからなかった。




「どういうこと?」




これは気長に聞くしかないと思い、私は膝を抱えた。




「なにがいけないのかな?華がないかな。」



「どちらかと言えばあるような気がするけど。」



「でもあの華やかな芸能界では俺なんて大したことないよな、きっと。」



翔くんは自分に言い聞かせるように、テレビの画面を見ながらそう言った。



「どうかな。私にはわからないけど。」



ていうか、華ってなに。



「俺、本当にここで合ってんのかな。」



「どうかなー。」


私は首を傾げた。



「フォローしてくんないの?」



そう言って、私の方を見た翔くんの顔はなんかとっても寂しそうな。



「だって、私にはわかんないことだし。」



芸能界のこととか、アイドルのこととか、テレビで見てることしかわからないから。



きっと私は翔くんの悩みとか、本当にわかれることはないと思う。



それ覚悟で、付き合ってきた。



「まあ、そっか。」



「でも、普通の社会人の先輩とかで考えたら、まだみんな会社入って、成し遂げたって言えることなんにもないって言ってた。」



つい、おととい翔くんと同学年の先輩が卒業して初めて飲みにつれてってくれたときのことを思い出した。



「なにも?」



翔くんはちょっと驚いたように言った。



「うん、入社して半年でなんにもないって。」



「それって…」



「でもそれが悔しいからがんばるって言ってた。すごい先輩が多すぎるから、だからまだなんいもできなくて、全部潰されるんだって。」



翔くんは黙って私の話を聞いてた。



「いつか絶対その人たちを超えるから、今は、いい子のふりして全部言うこと聞くんだって。」



翔くんがなにで悩んでるのかわかんなかったけど、ちょっとだけおととい会った先輩と目が似てたから。



「へえ。」



「翔くんは学生のころから仕事してるから、ちょっと違うかな?」



「いや…」


「転んでもタダで起きる必要なんてないよ、翔くん。」



私は首を傾げて、翔くんの目を見た。



「これから嵐はもっと大きくなるって、このまえ言ってたじゃーん。まだ大きくなってないでしょ?信じるしかないじゃん、どうにかなるって。」



「まあ、そっか…」



翔くんが何度か頷いた。



「翔くん、がんばれー!」



私は翔くんの首に手を回して抱き着いた。



「うわっ!」



「ていうか、私もがんばる。だから翔くんもがんばろう。まだチャンスはたくさん来るよ!」



「そうかな。」



翔くんはたまにネガティブになる。



「たぶん。」



私は頷いた。



「たぶん?」



「たぶん、来る。だからそのチャンスまでに力貯めとかなきゃね。」



すぐ近くに翔くんの不安そうな顔があった。



「たぶん、私たち、まだ根拠なしの自信持っていい年だと思うよ。」



「そうかな。」



「そうだよ。じゃないとなんいもできないし。」


そう言ったら、翔くんは急に納得し始めた。



なにがスイッチなのかは私にもわからない。



だけど、翔くんのブレーカーが落ちたときは私が片っ端から全部スイッチ入れてあげる。












「こんなに落ち込んでる翔くん初めて見た。」



「そりゃ、仕事してればいろいろあるからね。」



今日はお酒じゃなくて、紅茶を飲みながらくつろぐ。



「そうだよね。お金貰ってやってるんだもんね。」



「るいは進路とか考えてるの?」



進路…



私は薄茶色のミルクティを眺めた。



「るいがなにになるのか俺はすごい楽しみだけど。」



なにに…なるのか。



「自分のことはあんなに心配してるのに、私のことは楽しみなんだ。」



「え?ああ、まあね。」



「結局はみんあ同じなのに。誰だって不安で楽しみなんだよきっと。」



「そうだね。」



翔くんが、紅茶をおいしそうに飲んでいた。















あのときのるいは、たぶんまだ仕事の事とか考えてなかったんだと思う。



だから、俺の前で言葉を濁した。



俺は少なからず、君の進路を好転させられただろうか。



楽しいこと教えてあげられたんだろうか。



いつもいつも俺ばっかり助けられてるような気がしてて。



いつか、いつか恩返しがしたいと思っている間に、時間は流れてしまったね。






おわり

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ