赤色アイドルが恋人でした。

□茶色いテーブル
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趣味が悪いといわれるかもしれないけど、俺を待ってるるいちゃんの姿を少しだけ見ているのが好きだ。


俺の姿を探してキョロキョロしたり。


なにかして、待っててくれるとき。


なぜか自分が必要とされてるって感じがする。


るいちゃんと付き合い始めて2週間。



2月の終わり。



俺がここの学生でいられるのもあと1か月を切った。



大した用事もないのに、卒業直前になってよく学校に来てる。



大体、るいちゃんとの待ち合わせで。



「ごめん。待たせて。」



学食にいたるいちゃんのところに近寄った。


「あ、翔さん!」


るいちゃんが俺を見上げて笑った。



付き合いたての性なのか、なんでもかわいく見える。



「なにしてたの?」



俺はとなりの椅子に座った。



「広告研の会計報告まとめてて。」



るいちゃんはそういいながら、紙と電卓をカバンの中にしまった。


「大変だねえ。」


「全然そんなことないですよ。」


るいちゃんが首を振った。


「翔さんは仕事終わりですか?」


「うん。」


思わず笑顔がこぼれる。


仕事終わったあとにこうやって大好きな人に会えるだけで、仕事の達成感が違う気がする。


「お疲れ様です。」



「ありがと。もう…すぐ行ける?今日、ちょっと連れて生きたところがあるんだ。」



「はい、大丈夫ですよ。」



るいちゃんが頷いた。




人間は貪欲で、一つ手に入れたら、また新しいものがほしくなる。



るいちゃんを手に入れただけで十分だと思ってたのに。



好きなあまり、一緒にやりたいこと、行きたいところが多すぎて。


パンクしそうです。



俺はるいちゃんの前に手を差し出した。



「え?」


「平気だよ。行こう。」



るいちゃんは俺の手を取った。



遠慮がちなるいちゃんの手を掴むように握った。



「どこ行くんですかー?」



構内を歩きながら、るいちゃんが俺の顔を覗きこむように聞いてきた。



「二人になれるところ。」



「二人になれるとこ?」



俺はるいちゃんの手を引いて、学校を出ると、タクシーを拾った。



普段は電車で行くんだけど。



「俺の秘密基地。」



「秘密基地・・・」


るいちゃんは釈然としない顔で首をかしげていた。


そんな大したところじゃないんだけど・・・


タクシーを降りるころには日はすっかり暮れていて、夜の街が始まっていた。



「すげえ気に入ってる店。仕事仲間とよく来るとこだから、学校の人は連れてきたことないんだけど。」



「へえ。」



大通りからすぐ入った、こじんまりとした飲み屋なんだが、板前さんが作る和食と、いつでも揃ってるたくさんの酒に連れられて、俺はすっかり常連化していた。



作りもモダンでおしゃれなのに、メディアに取り上げられてないこともって、いつ行っても比較的入れるのがまたいい。



「いらっしゃい!おお!翔君いらっしゃい!」



カウンターのおやじさんがいつものように笑顔で迎えてくれる。


るいちゃんは初めてのところ、きょろきょろしてるけど。



「こんばんは、また来ました!個室空いてます?」



「空いてるよ!広い方空いてるから使って!」



学生になったばかりの時から、この人には本当によくしてもらってる。




「すみません。ありがとうございます!」



「はい、いらっしゃい。」



「お邪魔します。」



おじさんはるいちゃんともあいさつを交わして、視線を手元に戻した。



仲居さんが通してくれたのは、4人用の個室。



大事な連れだってことを察してくれたのかもしれない。




「顔なじみなんですね。」



「そうそう。もう3年は通ってるからね。何飲む?」



「とりあえず、ビールにしようかな。ご飯は、翔さんに任せてもいいですか?」



「いいよ。じゃあ…」



俺はえりすぐりを注文して待った。



「じゃあ、かんぱーい!」



るいちゃんに言われて、グラスを合わせた。



「付き合い始めてから、飲むのは初めてだね。」



「そうですね。翔さんは、仕事夜からが多いんですか?」



「学校あったからそうしてもらってたんだけど、4月からはそうでもないかな。」



「じゃあ、これからは会うなら夜ですね。」



「来年も結構授業あんの?」



「まあまあですかね。まだ単位残ってるんで。」




「バイトは?」



「カフェは減らして、翻訳のバイトはじめようかと思ってるんです。時給いいから。」



「てか、言ってたカフェやっとわかったんだけど、テレビ局のすごい近くだよね?」



「そうなんですよ!テレビで見る人とかもたまーに来ますよ。」



「へえ、今度行こう。」



「来てください!」



「でもいいね、翻訳。さすがだなあ。英語の?」



るいちゃんが頷いた。



「てかさ、もう敬語やめない?彼女なんだから。」



実は付き合った日からずっと気になってはいた。


でも、控えめなるいちゃんのテンポもあると思ってた。



だけど、よく考えてみれば、それはこっちから言わないとずっとこのままの可能性もあると気づいた。



「え?」


るいちゃんはびっくりしたように、目を丸くした。



「なに、その顔。そんなに大変なこと?」



俺は思わず笑ってしまった。



「え、だって、だってなんか・・・」



るいちゃんは急に落着きなくし始めた。



「もっと、俺に気を許してほしいな。」


俺はるいちゃんを見て、首をかしげた。



「え、えっと…」


「まあ、ちょっとずつ、ね?」



顔を覗き込むようにすると、るいちゃんが小さく頷いた。



そうしている間に、料理が、運ばれてきた。



おでん、モツ煮、から揚げ、刺身ととりあえず鉄板を頼んでみたが。



「なんか、地味でごめんね。」



ならんだそれを見て、俺はそういった。


まぐろ以外全部茶色い…



「全然、なんかむしろ落ち着くというか…」



「そう?」



「翔さんもフレンチだけ食べてるわけじゃないんだと思って。」



「それは、…普通、好きな子を夕飯に誘おうと思ったら、背伸びするだろ…」



「背伸びだったんですか?…って、あ。」



言ってる傍から敬語をつかって、しまったという顔をするるいちゃん。



「まあね。いつも夜景の前で夕飯食ってるわけじゃないよ。」




「ふふふ。」



るいちゃんが笑った。



「ん?」



「なんか、一気に安心しちゃった。」



「なにが?」



「翔さんがおでん食べてるの見て。」



俺は自分の端に挟まった大根を一瞥した。



「いや、食べるから。全然。打ち上げの時、普通に俺も居酒屋いたじゃん。」



「そうだけど…無理してるかなと思ってて。」



「えー、やっぱ俺そんなイメージ持たれてんだ。」



俺は落ち込んだふりをした。



「私は夢があっていいと思うけど。ビールまだ…飲む?」



るいちゃんがビール瓶を持ち上げた。



「飲む。」



俺はグラスを差し出した。



ぎこちないため口に笑いそうになるのを抑えながら。












すっかり楽しくなって飲みすぎてしまった。



気づけば体はぽかぽか。



なんか全部覚えてないけど、よくしゃべった。



「翔さん、明日何時から?」



るいちゃんが腕時計を見ながら聞いた。



「1時。」



「早くなくてよかったあ。」



「え、今、何時?」



話しすぎて、のどががさがさだ。



「もう日付超えてます。」



「えっ!」



ここに来たときはまだ6時くらいだったはずなのに。



そりゃ、腹もいっぱいになるはずだわ。



でも、本当、時間の流れが速すぎる。



「ごめんね。帰ろ。」





















そう言った翔さんの目は少し潤んでて、顔は赤くて、ちょっと妖艶だった。


頭の後ろをぽりぽりかきながら、携帯を探ってる。



「代行呼ぶから、あと10分だけ待っててね。」



「まだ、電車あるから…」



「送らせてよ。」



翔さんは顔を上げてそういった。



「うん。」



そんな風に言われて、断れるはずもなく。



代行は本当に10分後にやってきた。



「本当、俺、携帯見てなくてごめんな。親は?」



「あれ、言わなかったけ?うち、今兄弟しかいないんだよ?」



「あ、言ってたね。…よかった。」



翔さんは安堵の溜息をもらす。



これだけ飲んでもそういう生真面目さは変わらない。


「全然厳しくないから、その心配は平気だから。」



私は首を振った。



それからものの15分で家についた。



「近かったね。」


「うん。道空いてたね。」



私はそう答えた。



「…もし、嫌だったら全然いいんだけど…」



翔さんが遠慮がちに声を出した。




「もう、ちょっとだけ一緒にいない?」



さっきより少し締まった顔の翔さんが私を見てた。



「…翔さんが明日大丈夫なら。」



「そんなの全然平気だよ。」



翔さんはそう言って私と一緒に車を降りた。



「すぐそこ公園なんだけど行ってみる?誰もいないと思うし。」



こんな時間に来たことないけど。



私は公園に入るなり、ブランコに座った。



ブランコとかいつぶりだろう、そんなことを考えながら、揺らした。



翔さんは横の柵に腰かけている。



そして、ブランコを揺らしてる私をじっと見てた。



なんか、恥ずかしい。



私はブランコを降りて、翔さんの横に座ってみた。



なんで、お酒飲んでるのにいい匂いがするんだろう。




私はくんくんと鼻を動かした。



「何、嗅いでんの?」



翔さんが笑い出した。



「お酒臭くない。」



「絶対臭いでしょ。」



翔さんが自分の腕に鼻を押しあてた。



「…てか寒くない?俺結構飲んだから、全然感じないんだけど。」



季節は2月。


しかも夜には冷たい風が吹いてた。



「平気。私も結構飲んだし。」



「本当に?」



そう言って翔さんが私の手を握った。



いつも、いつも、びっくりするくらい自然に触れて、私の心臓の鼓動を上げるんだ。



「冷たいよ。」



「でも、本当に大丈夫」



私は遠慮がちに首を振った。



「風邪引いたら嫌だな。」



翔さんの手にさらに力がこもる。



当たり前だけど、私よりずっと手が大きいな。



私は握られた手を見つめた。



「ねえ…」



翔さんの声で私は顔を上げた。



「…キス…していい?」



「え、」



「いい、よね?」




翔さんの顔が近づいてくる。




近い…



私はわずかに首を引っ込めた。




「逃げないでよ。」



そのとき、翔さんの顔が一気に近づいてきて。



とっさに目を閉じたら、唇と唇が、重なった。



すごく長い間そうしていた気もする。



翔さんが名残惜しそうに唇を離した。



「…どうだった?」



「えっと」



「よかった?」



翔さんはそう言ってにっこり笑った。




もう心臓の鼓動で、それ以外何も聞こえなかった。





「あのさ。」




その近い距離のまま、翔さんがまた話し始める。



「るいって呼んでいい?」



もう、感情が追い付かないよ。



私は反射的に首を縦に振った。



「るい。」



すると、翔さんに、両手で抱きしめられた。




寒くないって言ったのはうそかもしれない。



抱きしめられたとき、ものすごいあったかかったから。




「やっと手に入れたから、絶対離さない。」




「私も離れたりしないから。」



「うん。」




そしたら、翔さんが最後に小さくほっぺにキスをしてくれた。



大好きな人といられることが世界で一番の幸せだと、私はそのとき初めて知った。

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