赤色アイドルが恋人でした。

□失恋したこと
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「俺、今日、このあと空いてるから、どっか行く?」


翔さんが急にそう言いだした。


「え!?本当ですか!」


思ってもみない言葉に私は飛び上がった。


「うん、本当だよ。」


翔さんはそんな私を見て、笑った。


学食の前、向かい会って笑い合って、言ってよかったって、心から思った。


「あ、でも、ちょっと、一瞬、家戻ってもいい?本当すぐ戻ってくるから!待っててくれる?」


「もちろんです。」


翔さんの手にはチョコレートでいっぱいの紙袋。


私は頷いた。








学校から帰路に着く。


自然と早足になった。


走りたいくらい。


じゃないと、この興奮で大声を出してしまいそうだった。


俺のこの一週間どん底だったから。






「…ごめんなさい。」


あの日、本当はその場で泣きたいような気分だったんだ。


でも、目の前のるいちゃんが泣きそうだったから、どうしても元気づけたくて。


俺の気持ちがるいちゃんを困らせてるから。


お互い同じ想いかもと思ってたのは、完全にうぬぼれだったわけで。


ただ、往生際が悪い俺は、どうしても君を手放したくなくて、びびりながら、友達でいようと言った。


恋人にはなれなくても。








「翔さん、どうした?」


控室で、松本に声をかけられた。


「…ん?え?」


俺は少し遅れて、反応し、顔を上げた。


「いや、台本。いつもならもう確認しだす時間じゃん。」


俺の手の中で丸まった台本を指差した。


「あ、ああ!そうかっ!」


俺は慌てて台本を開いた。


「翔ちゃん、なんか大丈夫?」


相葉が顔をひょいっと出した。


「え、あ、だ、大丈夫。ごめん、ちょっと集中させて。」


俺は声を遮って、台本に集中した。


もう、悩むのは止めたんだ。


大学卒業を目の前に、俺はここで生きることを決めた。


なのに、…だけど、きっとるいちゃんを困らせたのはきっとこの仕事で…


なんかもう解決したはずのこの悩みをぶり返すとは思わなかった。


この仕事が順風満帆ならいい。


これから良くなるか悪くなるかもわからない。


今がピークだったら…


これ以上よくならなかったら…


恋人だって幸せにできるか…


ああ、もうやめよう。


決着はつけたはずだから。


「気になってた彼女とはどうなったの?」


バラエティ番組の収録後、相葉が俺にそう聞いてきた。


こういうことを聞いてくるのはこいつしかいない。


だけど気になってるのはみんな同じで、相葉がそう聞いた途端に、視線が集まった。


「…フラれた。」


「え…」


俺が答えると、相葉は言葉を失った。


俺は足早に控室に戻った。


言葉にして実感した。


フラれたんだ。


俺たち、恋人には慣れなかったんだ…


二人で時間を過ごして、どっか行って、同じものを見て、同じものを食べて、一緒に眠って、そんな想像はどれも叶うことはないんだ。


俺はタオルを顔にかけて、天井を仰いだ。


いや、俺、本当好きだったんだ。


恋してたんだ。









「へえ、それでフラれたんだ」


ある日の夜、話を聞いてくれたのは松本だった。


「まあ、仕方ないよね…」


俺はため息をついた。


「選ばれなかったんだ。」


松本が俺のグラスにビールを注ぐ。


「ああ…彼女はできないって言われたよ。」


俺はそのグラスを一気に飲み干した。


「飲みすぎないでよ。」


松本が一言刺した。


「好きだった?」


「すげえ好きだったわ。」


俺は両手で顔を覆った。


「へえ、なんでそんなに?」


「なんでなんだろうね。わっかんないんだよね。」


松本はそれを聞いて笑った。


「笑ってる顔かわいいし、なんか一緒に話してると楽で、楽しくて。本当に好きになるときはあれこれ理由はないんだよね。少し話した時から、付き合うかもって思った。」


「へえ。すごいね。俺も会ってみたかったな。」


「うん、4人に会わせたいと思ったよ。」


「本気だね。」


松本がにやっと笑った。


「まあ、学生最後のちょっと楽しかったから、よしとしようかと思う。」


「引き際がいいね。」


「本当は嫌だけど。俺は嵐に就職するって決めたから、追いかけてたら、俺はなんか犠牲にする気がする。」


「まあね。」


「俺たち、これからすごい頑張らなきゃいけないと思う。もちろん無理やり隣に置けるほど、俺は安定株じゃないし。人ひとり養える保証もないからね。」


周りの友達が安定した仕事をし始めようとしてるから、余計に感じるのかもしれない。


「でも、もし彼女が翔さんを好きって言ってたらどうしてた。」


松本が俺をまっすぐ見てた。


「それは…そばにいて欲しかった。」


「そばにいる奴って重要だよな。俺たちだって、この5人が重要なんだ。」


わかってるよ。


わかってる。


るいちゃんがいれば、もっとがんばれるんじゃないかってことも、俺は何があっても嵐を捨てることなんてできないことも。


君に見ててほしかったんだ。


俺が進んでいく様子を。


近くで見ててほしかったんだ。


俺の大好きな人たちが増えていくところを。


贅沢だけど、全部好きだって…言ってほしかったんだ。










飲みすぎた…


「翔君…大丈夫っ!?」


体を揺する松本の声が遠くに聞こえる。


やばい、起き上がれないかも…


るいちゃんが笑ってる夢を見た。













目を覚ますと、家にいた。



完全な二日酔い。



今日の仕事夕方からでよかった。


「松本くんが運んできてくれたのよ。ちょっとはわきまえなさい。」



リビングに下りると、母親から一言だけ言われた。



でも明らかになにかわかってくれてる感じの母親は、それしか言わなかった。




俺は髪をむしるように頭を掻きながら、携帯には松本からメールが入っていた。




―――あれだけ飲めば、だいぶ発散できたんじゃない?すぐには諦められないかもしれないけど、俺たち新番組も近いし、ライブもあるから、気引き締めるよ。




そうだ、落ち込んでる場合じゃない。



その日、新番組のポスター撮影をしたら、だいぶ気持ちは新しくなった。



4年通った大学とももうすぐ別れなくてはならない。


なんかそう思った瞬間にさびしくなって、授業もないのに、気が付くと友達と学校で会うようになっていた。



本気で卒業できないと思ったこともあったけど。



なんか楽しかったな。



結局振られたけど、ここがなかったら、るいちゃんにも会えてないわけだし。



たった3回のデートだったけど、なんか人並の青春を過ごさせてもらった気分だった。



「おい、ついに明日はバレンタインだぞ。」


友達の一人がなにか力みながら言った。



「そうだな・・・」



先週振られた俺には、あんまり関係ない気が・・・



「俺は、翔の10分の1目指すわ!」



笑いながらいうこいつも、4月からは商社勤務。



馬鹿な奴だったけど、ちゃんと社会人になる。


やっぱり一番、ふらふらしてんの俺かも。



「そういえば、ちょっと狙ってるみたいなこと言ってた子とはどうなったの?バレンタイン会う約束とかしてんの?」


「いや・・・」


「は?後輩なんだろ?卒業したら会えなくなんじゃん!」


「いや、振られたから・・・」



「え、・・・ぐはははは!」



「なんで笑うの!」



人の失恋で大笑いとは心外だ。



「悪い。翔も振られんだなと思って。」



「こんな宙ぶらりんな男。よくよく考えれば、誰だっていやだろ。」



「なんだよ、振られて自暴自棄か。」


好物でも目の前にしてるかのような顔だ。


「まあ、まだあきらめんのは早いんじゃねえか?バレンタインの一発逆転だってあり得るし。」


「俺にもっかい振られにいけと?」



「いや、バレンタインにチョコレートを誰にあげるか悩んだ彼女が、考えるんだよ。自分が今一番好きなのは誰かってな。」



俺の肩をぐいっと掴み、耳打ちするかのように話し始めた。



「おお・・・」



「そんで気づくんだよ。やっぱ、櫻井翔くん、くぁこいいって!」



「なんだ、くぁこいいって・・・」



俺はあきれて、その腕を振りほどいた。



「なんだよ。ネガティブだな。バレンタインは男たちの夢だろ。夢見ろよ。」



夢、ね・・・



まさかそんなことになれば、棚ぼた。


バレンタインさんに土下座でお礼してやるよ。









と思いつつも、なにかを期待して、俺はバレンタイン前日からまた学校に入り浸ってた。



「おまえ、また来てたのか。暇なのか?仕事ねえのか?」



そこにはまた同期が現れた。



「おまえだって来てんじゃねえかよ。そんなに暇でもないけど、なんか来たくなったんだよ。」



「わかった。女子からチョコレートを巻き上げにきたんだな。」


「ちが!」


「そんな慌てなくてもいいっつーの。」



チョコレートをもらえるのはうれしいけど・・・



でも、本当にほしいのは・・・



って俺。



忘れるとか言って全然忘れてねー



俺は心の中で自嘲気味に笑った。



「はあ。俺も彼女ほしいなあ。学生時代に彼女見つけて、それで長めに付き合って、自然に結婚っていうのが理想だったんだけどなあ。」



となりでソファに横たわる俺の友達。



「おまえ、女子みたいだな。」


「え?翔は違うのか?」


首をひねって俺を見上げてくる。


「俺は・・・俺は結婚とか、よくわかんないし。」


「ま、お前は特別だよな。」


「特別っていうか、不利っていうか。」


「翔、いい父親になりそうなのにな。」


「え、そう?」


なんかうれしい自分がいた。


「うん。」





つづく

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