赤色アイドルが恋人でした。

□好きってことも
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目的地に近づくにつれて、湾岸の風景が広がる。


「すごい!すごい!すっごいきれい!」


るいちゃんは興奮して、外の景色に目を奪われていた。


俺が走らせる車の窓を流れる景色を追っかけ、素直にはしゃぐ姿に笑みがこぼれた。


「めっちゃ楽しそうだね」


「あ、ごめんなさい。さわいじゃって…」


るいちゃんは恥ずかしそうにした。


「いいよいいよ。気にしなくて。あんまこっちの方来ない?」


俺は笑いながら否定した。


「来ても、こんな海沿いを車で走ったりしないですから。」


「そっか、じゃあ、ちょっと、ここで止まろっか。」


俺は路肩に車を止めた。


「え?」


「ここね、あんまり人来ないんだけど、風が気持ちくて、景色も結構いいから。」


俺は車から降りて、るいちゃんも招きだした。


まっすぐお店に行くと思っていたるいちゃんはきょろきょろしている。


「こっち来て。」


「え?」


車から降りた勢いと、周りの真っ暗な雰囲気に押され、俺は目の前に見えたるいちゃんの手をつかんだ。


気恥ずかしくて、少し早足に、海辺へと引いた。


「きれい…じゃない?」


俺は、恐る恐るるいちゃんを振り向いた。


「すごいです!」


暗い中でも、その笑顔だけはくっきり見えた。


よかったー


ここ、この前見て、いいなと思って覚えといてよかった。


「翔さんは本当に素敵な人ですねえ。」


「えっ」


るいちゃんが急にそんなことを言うから、俺は驚いて、弾かれたように跳ねた。


「学校も行って、お金も稼いでて、ファンを笑顔にして、育ちも良くて、もちろんかっこいい、こんないい所も知ってて。」


いや、俺、るいちゃんにそんなこと言われたら、どきどきしちゃうんだけど…


俺はなにも答えられず、るいちゃんの瞳を見つめていた。


俺とは裏腹にその瞳は落ち着き払っていた。


「あ、ありがとう…」


いや、この状況…


まわりに人の気配はない、薄暗い、二人きりで、るいちゃんからの言葉からして俺のことが嫌いなわけではないはず、いやむしろ、同じような気持ちかもしれない。


さっき手を握って勢いがついたのもある。


俺は心臓をばくばく言わせながら、右手をるいちゃんの肩に乗せた。


るいちゃんは驚いたような顔をして、自分の肩を見てから、俺に視線を移した。


ここしばらく会えなかった間、やっぱり俺はこの子が好きなんだとまた感じた。


この子がいつもそばにいてくれて、それで話したりしていられれば、俺はいつまででも頑張れるような気がした。


こんな風に思ったのは初めてだった。


少し大人になって、一緒に居る人の大事さとか、るいちゃんを思うと感じる。


「しょ、翔さん…」


そんな俺のいつもと違う空気を察したのか、るいちゃんは困惑した顔をしていた。


「…ごめん。俺、るいちゃんのことが、…好きなんだわ。」


俺は暗闇の中、るいちゃんの目をまっすぐ見た。


驚いて瞳が揺れてるるいちゃんから目が離せなかった。


「…え、え、それって…」


「…キスしたい。」


いつもなら絶対言えない言葉がそのときはするすると出た。


彼女を他の人ものもにしたくなくて必死だったのかもしれない。


当の彼女は、まだ混乱して、言葉を出せずにいた。


「…だめ…かな?」


「…え、いや。」


「…ごめん!急にこんなこと言われても困るよね。」


俺はあわてて、手を離して、はぐらかした。


「あ、いえ、いや…すいません。そんなこと言われると思ってなくて、…びっくりしちゃって…」


るいちゃんは俯いた。


「え、ごめん。大丈夫?」


なんか想像してた展開とは少し違くて、俺は謝ってばかりだった。


俯いた顔を覗きこむが、その顔はあまり嬉しそうとは言えなかった。


「俺じゃ、だめ?」


松本が言ってたように、選ぶのは彼女。

普通の学友たちとは少し違う俺が、彼女にとっては邪魔かもしれないわけで。


「…そういうことじゃないんですけど、素敵な人って言ったのは、私と一緒にいるなんて不思議って意味だったから…」


そうだったのか…


でも、俺は君と一緒にいたくて、今、一緒にいる。


るいちゃんは…


「俺、るいちゃんと一緒にいると楽しいんだよ。すごい落ち着くし、一緒にいてくれたら、これからいろんながんばれる気がする。」


「私、なんにもできないですけど…」


「るいちゃんは俺を笑顔にしてくれてるよ?」


「それでも、私、櫻井さんの彼女なんて、できないと思います。」


るいちゃんは俺と目を合わせず、淡々とそう言った。


俺、フラれたのか?


正直、気が多いほうじゃないと思う。


忙しい日々の中、彼女がどうしても欲しいわけでもない。


逆にだからこそ、それでも好きになった君のことはどうしても欲しいと思うんだ。


「俺は、重荷かな?」


「そういうわけじゃっ…ないんです。」


るいちゃんがそう言って、顔を上げた。


今にも泣きそうな顔をしてた。


こんな顔をさせてるのは俺だ。


俺はるいちゃんにこんな顔させちゃうんだ。


「ごめんね、…忘れていいよ。だから、お願い、泣かないで。」


俺はその頭に手を乗せて、ポンポンと撫でた。


「大丈夫です。ごめんなさい。」


「あのさ、一個だけ聞いていいかな?」


「はい。」


「俺、嫌われてはないよね?」


「嫌いじゃないです!全然!ごめんなさい、私言ってること意味わかんなくて…、翔さんといるのは楽しいんです。」


るいちゃんがどこか必死にそう言った。


「…ありがとう。じゃあ、まあ友達ってことで。」


「いいんですか!?」


るいちゃんが目を丸くした。


「当たり前じゃん!」


こんなに楽しいのに、思いを伝えたことによって、この時間は失くしたくなかった。


「だから、ごはんもこのまま行こう。」


冷静に言ったつもりだったが、本当はものすごくドキドキしていた。


たった今、フラれた相手を二人きりのご飯に誘うのは勇気が必要だった。


「はい!」













翔さんには不思議な力があると思った。


告白されたとか、したとか、なんかそれがなんのつかえにもならず、こうしてそのあと笑ってごはんが食べられるなんて、やっぱりこの人はすごい。


普通の人とはやっぱり全然違う。


今もとっても人気なアイドルだと思うけど、きっとこれからもっと大きくなっていく人だと思う。


つまり、どんどん遠くなっていく人だと思う。


こうして二人でいられることとか、絶対に奇跡みたいなことになる。


今日も待ち合わせをして、車に乗せてくれたとき、ドアを開けてくれたとき、正直、かっこよくて、見惚れた。


翔さんが好き。


でもこの気持ちは…


翔さんは、特別だから、私みたいな普通の人がいいのかもしれない。


だけど私には、櫻井さんの彼女になる自信なんかない。












「で、断っちゃったの!?すごいね、あんた…」


私は翌日、すぐにその話を優里にした。


「いや、だって…」


「いいと思ってたのになー、るいと櫻井さん。」


「え、そんな風に思ってたの?」


「るいも櫻井さんのこと好きなんだと思ってたから。」


優里が私の顔を覗きこんで言った。


「えー…」


「櫻井さんの話してるとき楽しそうだったし。案外気づいてないだけなんじゃん?」


「気づいてない…」


私は、窓の外を眺めた。


「来週、バレンタインですよ。どうするんですか、るいさん。」


優里がにやにやして私を見た。


「どうもしないよ。断ったの、わたしなんだから。」


「じゃあ、他に誰かいないの?」


「いないよ。」


「界人先輩は?」


「ないよ。断ったんだから。」


「るいってなに、理想高いのかと思えば、櫻井さんは断っちゃうし、誰が好きなの?」


優里は呆れたように私に言った。


「うーん。少なくとも、翔さんみたいのは違う気がするんだけど…」


「るいが好きなのって、いわゆるイケメンと見せかけて、ちょっと残念的な隙がある人だもんね。」


優里が淡々と言った。


「…確かに。」


完璧な人は怖くて近づけない。


ああ、だから翔さんじゃなかったのかな。


「櫻井翔は完璧だね。」


優里が納得したように頷いた。


「でも、きっと完璧な人なんていないはずで、翔さんだってきっと抜けてるところもあるんだろうけど、そういうところは見せてくれないんだよね。」


「なーんだ。諦めてないんじゃん。」


優里がまた私を見た。


「え?」


「なーんでもなーい。でも急いだ方がいいんじゃない?」


「なにが?」


「え、なにがって、櫻井さんが今度の3月で卒業することしらないわけじゃないでしょ?」

優里が眉を顰めた。


あ、そっか…


4月から、翔さんは、もう…


コーヒーを持っていた手が止まった。


友達でなんて言ってたけど、大学が無くなって、私が翔さんに会うことなんてあるんだろうか。


もう、会えなくなっちゃうかもしれないんだ。

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