赤色アイドルが恋人でした。

□コーヒーと隈
1ページ/1ページ





その帰り道、私はトモと一緒にいた。

「るい、櫻井さんとなんか飲みにいく約束してなかった?」

「そう!ハイボールバーに連れてってくれるんだって!」

私はまだ、夢みたいな気分だった。

「まあ、本気じゃないと思うけど、気をつけろよ。ジャニーズなんだから、どっかで現実に引き戻されると思うよ。」

「わかってるよ。一回飲みに行くだけだから。」

「うん…」

そう言ったトモが心配そうに私を見ていた

「心配してくれてありがとう。」






口約束をしたものの、私はすぐに文化祭準備で忙しくなり、言うまでもなく、櫻井さんは相変わらず毎週のようにテレビで見るところをみると、忙しいんだろうなあ。

少し楽しみにしていた分、残念な気分だった。

これがトモの言ってた、現実ってやつなのかな。

それでもキャンパスでたまに会うこともあって、疲れてそうなのに、目があったときはいつも笑顔で、ああ、がんばってる人の笑顔ってこんなに人を元気づけるんだって思った。

「あれ、るいちゃん?こっちのキャンパスにいるなんて珍しいね。」

部の用事で、櫻井さんのキャンパスを訪れると、なぜか決まって会うことができた。

講義棟の入り口の机で、会計の仕事とか、飲み会のセッティングをしてるときとか。

櫻井さんがよくその前を通った。

正直ここにいれば、櫻井さんに会えるから、わざとそこにいた。

「お疲れ様です!ちょっと部の事務で・・・」

「疲れたよ・・・あ、悪い、先行ってて。」

櫻井さんは一緒にいた2人の男の子にそういって、私の前の椅子に座った。

私は、櫻井さんの前から書類をどかした。

「今日はこれで終わりですか?」

「いや5限からまた講義。」

「4年なのに結構授業多いんですね。」

「俺、結構落としてるからね・・・」

櫻井さんが困ったように笑った。

「なるほど。」

「ちゃんと卒業しねえとな。」

櫻井さんはそういうとあくびをした。

「私のコーヒー飲みますか?」

私はコーヒーを差し出した。

「え、いいの?」

私は無言でうなづいた。

「じゃあ、お言葉に甘えて・・・」

櫻井さんはそういうと、残っていたコーヒーを一気に飲み干した。

「あー、あと90分がんばんねえと・・・」

「なんか、あくび移りそう・・・」

私は両手で顔を隠してあくびをした。

「ごめん。」

櫻井さんがくすくすと笑った。

「最近、文化祭の準備とバイトと家事とでてんてこ舞いで・・・」

「大変だねえ」

「あ、ごめんなさい、櫻井さんに比べたら全然なのに。」

「いやいや、俺もテストとドラマとか重なったら、あれだけど、意外と死ぬほど多忙なわけじゃないから。」

前のめりで机に肘をついている櫻井さんの顔が気づいたら、すごく近くにあって、私は少しのけ反った。

「家事って、るいちゃん一人暮らしだっけ?」

「いえ、実家なんですけど、父がまた転勤で海外に行っちゃって、母も付いていちゃって・・・うち男兄弟なんで、ほか誰もやってくれなくて。」

「うわーそれ大変そう・・・」

「まあ仕方ないです。兄も手伝ってくれてるので、なんとかなってます。それより、櫻井さん、目の下、隈ありますよ?」

私は櫻井さんの顔を見た。

「うそ。まじ?」

櫻井さんは自分の目尻を抑えた。

「いいパックあるんで教えましょうか?一晩でなくなるやつ!」

「え、教えてほしい。」

私はメモを取り出して、そこに書き留めた。

「うわ、本当ありがとう。実は昨日の夜まで、ジャケット撮影で京都にいて、今日の講義のために、深夜無理やり戻ってきたから、ちゃんと寝れてないんだよね。」

「それがきっと原因ですねえ。それにしても、櫻井さんってすごい体力ですね。」

「んなことないって・・・てかちょっと眠いから、寝てもいい?るいちゃん行くときに起こしてくれればいいから・・・」

「え。」

櫻井さんはそういうと、有無を言わせず机にひれ伏した。

櫻井さんが目の前にいると、緊張して、仕事進まないんですけど。

ていうか、机揺らさないようにしなきゃ・・・

ただ、なんかその寝顔を見てるのが、とっても幸せだったりした。










一緒に飲みに行くという約束はなかなかかなわなかったが、文化祭の忙しさは私をそんな気持ちに長くはさせてくれず。

相変わらずたまにキャンパスで言葉を交わすことが、とても幸せだった。

いつの間にか文化祭も最終日、無事ミスコン優勝者のセレモニーも終わり、なんだか一気に体の力が抜けた私は、ステージ裏で腰を下ろした。

「るい!打ち上げ行くよー!」

「はい!今、行きまーす。」

私はなんとか返事をしたが、なんとなく打ち上げという気分でもない自分がいた。

家、帰って寝たいわ。

私は放心状態でぼーっとしていた。

「あれ、るいちゃん、こんなとこでどうしたの?」

まさか、こんなとこにいるはずのない人の声に驚いて顔を上げると、そこにいたのは、あの打ち上げ以来だった櫻井さん。

「さ、櫻井さん!」

私は思わず立ち上がった。

「驚かせちゃってごめんね。ミスコンだけ、見に来たんだよ」

「あ、そうなんですか。ありがとうございます!」

「なんかミスコンって言っても、プロっぽい子多いね。」

「ああ、そうですよね。裕子さんも、もうモデル業、本格的にやってるし。」

裕子さんは私が入学する前年のミスコン優勝者。

1年生にしてミスコンで優勝したため、当時高校生だった私たちの耳にもそのニュースは入ってきた。

「それに、るいちゃんがめちゃめちゃがんばってたこのステージがどんなか気になったしね。」

「あ、ありがとうございます。」

「すごいね。舞台装置とか演出とか、テレビみたいだった。」

「私はまだ幹部代でもないので、すごいのは先輩たちですよ。」

「俺の同級でもいるよ。昨日まで死にそうになってたけど。」

櫻井さんは苦笑いをして言った。

「これから、打ち上げなので、みんな死にそうになってたのがはじけますよー」

「るいちゃんも行くの?」

「はい、基本的に全員参加なので。」

「そっか、あのさ…ハイボールバーいつ行く?文化祭終わったら、時間あるんだよね?」

「あ、はい!」

櫻井さんも覚えていてくれたとは思わず、私は大声で返事をした。

「そっか、よかった。」

櫻井さんがふわっと笑って頷いた。

「楽しみにしてますね!」

「うん。じゃあ、来週ね。」

櫻井さんはそう言って、出口の方へ歩いて行った。

すっかりテンションの上がった私は、そのまま打ち上げに参加した。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ