赤色アイドルが恋人でした。

□言えなかった言葉
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それから2分と経たないうちに、翔さんが現れた。


先輩が来るまでは今か今かと待っていたのに、先輩の告白で、私はすっかり放心状態だった。


「ごめん、待った?」


待ち合わせの3分前に、翔さんは現れた。



「え?あ、ああ!全然大丈夫です!」


翔さんに対してまったく準備ができてなかった、私。


「じゃあ、タクシー待たせてるから、行こっか。」


翔さんが半身になって、歩き出した。


「はい。」


まだ先輩の顔が頭に残っていた。


「大丈夫?行きたくない?」


ふと翔さんを見ると、不安そうな顔をしていた。


私はそこではっとした。


今は翔さんと一緒にいるんじゃん。


「そんなわけないです!すっごい楽しみにしてました!」


私は大きく首を振った。


「よかった。無理してるかと思った。」


「そんなことないです!早く行きましょう!」


私は翔さんの手を引いて、タクシーに乗り込んだ。


「今日急にごめんね。クリスマスなのに。」


翔さんは腰低く手を合わせた。


「そんなの気にしないでください!翔さんに誘ってもらえて本当にうれしいです!」


私は首を振って、頭を下げた。


「そう言ってもらえると。今日行くところ、よくテレビなんかにも出てる、日本で有名なフレンチだから期待しててね。なんか嫌いなものとかある?」


翔さんが私をまっすぐ見ているだけでどきどきしてしまう。


「フレンチだったら、大体なんでも行けますよ。」


「本当に!よかったー!」


翔さんが大きな安堵のため息をついた。


「翔さん、今日、どうして私を誘ってくれたんですか?」


昨日からずっと不思議だった。


華やかな人たちと過ごすものだと思ってたから、一晩いろいろ考えた。


「いやー…えっと…なんとなくるいちゃんの顔が浮かんだんだよね。」


「なんですか、それ、めっちゃ嬉しいじゃないですか。」


「母親でも誘うおうかなと思ったけど、父親と過ごすって言うし、クリスマスにフレンチ食べるの、るいちゃんな気がしたんだよね。」


翔さんがにっこりほほ笑んだ。


「翔さん、冬休みはちゃんとあるんですか?」


「あるある。結構長いんだよ。だから群馬帰って、親戚団らんかな。」


前に翔さんとうちは田舎が近いということがわかってから、翔さんに勝手に親近感を持っている私。


「そうなんですか?私も群馬帰りますよ。親戚団らんです!」


「そっか、るいちゃんも群馬なんだもんね。たまに行くとすごいいいよね。」


翔さんが嬉しそうに話し始めた。


「わかります。どこに行くのでも車だし。東京と風景全然違うし。」


「わかる!」


翔さんは人差し指を突き出した。









そうこうしてる間に、窓の外は洗練された風景に変わった。


「わあ!すごい!」


外には一面のイルミネーションが広がっていた。


私は窓にかぶりついた。


「すごいね。」


翔さんが後ろからそう言った。


「今年、あんまりイルミネーションとか見に行けなかったんですよ。」


「そうなの?いろんなところでやってるじゃん。」


「そうなんですよねーテレビでやってて行きたいなーとは思ってたんですけど…」


「俺、撮影で、テレビ局の屋上にイルミネーション設置したんだけど、大学の食堂くらいの大きさあるのに、15分とか設置しちゃってすごかった。」


「ええ!すごい!でも表参道のイルミネーションとかも一晩で現れますもんね!」


私は思わず振り返った。


「そうなんだよ。すごくてさ。」


私たちは他愛のない話をしながら、レストランに到着した。


通されたのは綺麗な個室だった。


普段は食べられないフレンチのコースに舌鼓を打つ。


「なんですか、これめっちゃおいしい!」


「すごい、おいしいね。」


翔さんが食事をする様子を見ていると、テーブルマナーとかちゃんとできてて、感心してしまった。


「こんなの久しぶりで、俺、幸せすぎるわ。」


「翔さん、忙しそうですもんね。でもおいしいもの食べるチャンスはテレビとかであるんじゃないんですか?」


「あるんだけど、なんか仕事だと本当にリラックスしてできないじゃん。ゲストとかいたら気使わなくちゃいけないし。こうやって、本当に気を置ける人と好きに食べられるのは幸せ。」


そう言ってる翔さんの顔が本当に幸せそうだった。


「そーだ、翔さんに言うの忘れてた。」


「ん?」


「メリークリスマス。今年もお疲れ様でした。って言っても、まだまだ大事なお仕事ありますよね。」


「ありがとう、るいちゃんもメリークリスマス。今日、一緒に来てくれて本当ありがとうね。」


「とんでもないです。お礼を言うのはこっちの方です。」


「るいちゃん、おいしそうに食べるよね。本当誘ってよかったわ。」


翔さんが笑って私の顔を見ていた。


「もうそろそろ出よっか。」


翔さんがそう言って、私は頷いた。


時間は9時


楽しいクリスマスだった。


「家、送っていくね。」


「大丈夫ですよ!帰れますから!」


来るとき迎えにきてもらったというのに、帰りまで甘えるわけにはいかない。


「いやそういうわけにはいかないから。ていうか、外のイルミネーション見に行かない?今年全然見に行ってないって言ってたじゃん。」


翔さんが外を指差した。


「え、いいんですか?」


「うん、俺も見たいし。」


私たちはクリスマスの夜、イルミネーションで光る人ごみの中に繰り出した。


「うっわぁぁぁぁ!」


タクシーの中で見るのとは比べられない景色だった。


一面に広がる電飾


周りが浮足立つ空気が移るのもあるのかもしれない。


「すごいね。」


後ろに立つ翔さんも目を見張った。


「それにしてもすごい、人ですね。」


行きかう人で、立ち止っているのが大変なほどだった。


「そうだね…あ、るいちゃん危ない。」


不意に人の流れで体が傾いた。


そのとき翔さんが手を出して、私の腕をつかんだ。


「わ、ごめんなさい。」


翔さんに引き戻されて、腕をつかまれたことに私はまだドキドキしていた。


「るいちゃんにけがさせるわけにいかないからね。」


すると、翔さんが私の手を取った。


え、


翔さんの手がとっても暖かかった。


「あ、ご、ごめん!」


ぽかんとしている私を見て、翔さんはあわてて手を離した。


「大丈夫…です。」


私は翔さんを見詰めて固まった。


翔さんも私の目をじっと見ている。


「じゃあ、手、つないでも…」


雑踏にかき消されそうな声で翔さんがそう言った。


「…大丈夫です。」


翔さんは申し訳なさげに、私に手を差し出した。


私はその手にゆっくりと自分の手を近づけた。


すると翔さんがその手を取った。


翔さんと目が合って恥ずかしくなる。


胸の鼓動がおさまらないんですけど。


翔さんがさっと目を逸らして、歩き出した。


「るいちゃんって、何してるときが一番楽しいの?」


「うーん、学校で、みんなとわいわいやってるときですかね。」


「そっか。そうだよね。」


「翔さんは?」


「うーん。…やっぱり仕事してるときかな。」


「そうなんですね!いいですねえ!翔さんはきっと日本一のアイドルになると思います。」


「…それは言い過ぎだけど。応援してくれる人がたくさんいるって、最近やっとわかってきたから。」


「応援してくれる人、私にもいます。家族と友達とか…でも、翔さんはそれがたくさんいるんだから、本当にすごいです。…私も応援してます。」


私は翔さんを見上げた。


頭上にはイルミネーションが光る。


「…仕事してるときも楽しいけど、俺今、すごい楽しい。」


「クリスマスくらいは、トップアイドルも楽しまなきゃだめですよ。」


「そうだね。」


翔さんが頷く。





「…あのさ…」


少しの沈黙を破って、翔さんが口を開いた。


イルミネーションにくぎ付けになっていた私は、視線を戻した。


「なんですか?」


翔さんは私の顔を見ると固まってしまった。


「…翔さん?」


私は首を傾げた。


「えっとさ、驚かないで聞いてほしいんだけど…」


「なんですか?」


さっきまでとは様子の違うの翔さんを私は不思議に思った。


「俺さ、ずっと…、」


何かを感じた私の心臓は早く鼓動し、周りの雑踏が掻き消えた。


「いや!やっぱ、なんでもないわ。ごめんね。」


翔さんは困ったように笑って、歩き出した。


「あ、はい。」


私は付いて行った。


ちょうど横目には、翔さんがビルの上のポスターから笑っている。


そうだった、翔さんって、櫻井翔なんだった。


いつの間にか、私の両手は冷たくなっていた。

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