赤色アイドルが恋人でした。

□ピンク色のハイボール
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―――本当に飲みに行くの?

―――うん!今日ね、ミスコンのステージ裏にいて、誘ってもらったの!

―――そっか、まあ楽しんで来いよー

―――ありがとー

その夜、私はトモとそんなメールをしていた。







櫻井さんとの約束の日、朝からそわそわが止まらず、この日のために洋服をそろえてしまった自分に苦笑いした。

彼氏はいたけど、高校も女子高で、あまり装いを気にしたことなかった私にとって、生まれて一番のおしゃれかもしれない。

私は例のごとく、言われた時間の20分前に店の前に着いた。

大学が一緒で、広報部で一緒になったからと言って、やっぱり、あの櫻井さんが私なんかと飲みに行ってくれるなんて、と思い、身体の温度が少し上がった。

11月も終わりに近づき、今思えば、肌寒かったはずなのに、残っているのはぽかぽかした春のような記憶だった。

「わ!」

「うわあ!」

10分が経った頃、櫻井さんがいきなり私の視界に入ってきた。

声を上げた私に、櫻井さんはマスクを下げて、意地悪な笑顔を浮かべた。

「ごめんね、待たせて。寒くなかった?中にいてくれてよかったのに。」

「全然寒くなかったですよ!それに、まだ待ち合わせ時間じゃないですからね。私たち早すぎです。」

「本当だ!まだ10分前じゃん!なんだー、焦ったわ。」

櫻井さんは笑いながらため息をついた。

「入りましょうか?」

「うん、予約してあるから。」

噂には聞いていたけど、本当に几帳面な人なんだな。

私は感心しながら後ろをついて行った。

今まで年上の人と二人でご飯を食べに行くこともほとんどなかったため、いろんなことが新鮮だったことを覚えている。

櫻井さんの名前で通されたのは個室だった。

「すごい素敵なお店ですね。」

私は雰囲気よく飾り付けられた個室を見回して言った。

「ごめんね、バーなのに個室で。ここ、時間になると結構、人が集まるんだよ。」

「人気店なんですね。全然知らなかったです。」

「るいちゃんはいつもどんなとこ飲みに行くの?」

「普通の学生飲みなので、チェーン店ですよ。こんなとこ、来たことないです!」

「でも彼氏が連れてってくれたりとか。」

「彼氏がですか?」

私は目を丸くして聞き返した。

「え、なんでそこで驚くの?」

櫻井さんが笑いながら言った。

「いや、去年まで高校時から付き合って人がいたんですけど、同い年だったので、おしゃれなお店とか全然行かなかったですよ。」

「そうなんだ。なんで・・・別れちゃったの?」

「大学入って、彼が結構遊び始めたりしたのが、発端ですかね。」

「なるほどね。なんか初めから、こんな話でごめん。」

櫻井さんは申し訳なさそうに言ってから、微笑んだ。

「いいですよ、全然。もう終わったことですしね。」

「よく考えたら、俺も女の子と二人で飲みに行くなんて久しぶりだわ。」

「櫻井さん、忙しいですもんね。彼女とかいたこともあるんですか?」

「ほとんどねえな。そんな余裕もなかったし。」

「おんなじですね!」

「そだね。」

それぞれ一杯ずつ、ハイボールを頼み、大学のことなんかを話始めた。

「櫻井さんって、テレビで見てるときよりも、こうやって二人だとすごい話しやすいですね。」

飲み始めて、早1時間。

櫻井さんもお酒がすすんだせいか、いつもよりよく話している。

「そうかな?それってテレビ出てる人間としてはだめだよね。」

櫻井さんは苦笑いした。

「なんていうか、櫻井さん、もうずっとテレビ出てるはずなのに、緊張してるように見えます。」

「まあ、…当たってるかなー。」

櫻井さんが恥ずかしそうに笑った。

「日本には櫻井さんの味方がたくさんいるですから、緊張なんてしなくていいのに。」

「そうなのかな。ていうか、櫻井さんって止めてよ、名前で呼んで。俺だけ名前呼んでたら、感じ悪いみたいだから。」

「そうですか?じゃあ、翔さんって呼びます。」

「おっけ。」

「翔さんって、東京出身ですか?」

「厳密には群馬なんだよね。幼稚舎上がるまで、群馬だったから。」

「え!!私もお父さんの実家群馬ですよ!」

思いもしない言葉に私は大声を出してしまった。

「まじで!?え、群馬のどこ?」

「高崎です。」

「俺、前橋!」

「ああ、じゃあ、ちょっと敵ですね。」

私は笑いながらそう言った。

「なんでよ!群馬仲間だろ。」

「そうですけど、高崎と前橋はずっと仲悪いじゃないですか。」

「まあね。」

翔さんは楽しそうに笑った。

その笑顔がやっぱりものすごく綺麗で、女である私が見惚れてしまった。

「どうしたの?」

その視線に気づいたのか翔さんが首を傾げた。

「え、いや…翔さんの笑顔、すてきだなと思って。」

「面と向かって行われると、すごい恥ずかしいわ。」

翔さんは上体を引いて、言った。

「確かに、いまさらわざわざ言ってくる人なんていないですよね。」

「思ったこといえるるいちゃん、うらやましいわ。」

「そうですか?」

「るいちゃんは言われないの?」

「え、なんてですか?」

「かわいいとか、綺麗だね、とか。」

「言われないですよ!少なくとも素面ではそんなこと言う人いないです。」

私は大きく首を振った。

「友達同士じゃそういうのないか。」

「櫻井さんのことは、みんないつもかっこいいって言ってますけどねー」

私はからかうように言った。

「今、櫻井さんって言った。」

「あ、ごめんなさい。」

私は口元を抑えた。

「るいちゃん、もう一杯飲むよね?」

「あ、はい、お願いします。」

「ハイボールにもいろいろあってさ、どれがいい?」

「軽井沢あるんですね!」

蒸留所が閉鎖されて、なかなか飲めないウィスキーがハイボールで飲めるなんて贅沢。

わ、でもさすがに高い…

「そうだね、じゃあ、俺もそれにしようかな。」

「あ、いや、やっぱトリスのが口に合うかも。」

私は店員さんを呼ぼうとした翔さんを呼び止めた。

「え?」

翔さんが不思議そうに私を見た。

「…俺に遠慮なんかしなくていいから。」

翔さんはそう言って、とっとと二人分の飲み物を頼んでしまった。

2杯目は本当においしくて、すぐに飲み終わってしまった私たち。

すぐに3杯目を頼み、だいぶ出来上がってきていた。

「るいちゃん、好きな男性芸能人とかいるの?」

「ええっ…」

翔さんに聞かれるとなんだか答えずらい。

「なになに、気になる!」

「あんまりないんですけど、そうですね、俳優さんとか、タレントさんで言ったら、ベタですけど…木村拓哉さんとかかっこいいですよね。」

私がそう言うと、翔さんは大きく頷いた。

「ああ、やっぱかっこいいよね。」

「かっこいいです。」

二人で同時に大きく頷いた私たちは笑ってしまった。

「スマスマ、毎週見てるんですよ。」

「面白いもんね。」

「ジャニーズであんなにおもしろい人たち初めてじゃないですか?私、SMAPさんみんな好きなんですよ。」

「やっぱ、アイドルでもあのくらいバラエティできないとだめだよね。」

翔さんが急に頭を抱え始めた。

「翔さんだって全然できると思いますよ!」

「いや、俺、わっかんないんだよね。」

翔さんが頭を掻いた。

「台本ないから、自分で考えなきゃいけないのはわかってるんだけど、いざ出てみるとどうしていいかわかんなくて。大変なことも多いから、これやるべきなのかとかいろいろ考えちゃうし。かと言って評価高いわけでもないし。」

翔さんの声が急に真剣になった。

私にはわからない世界だ。

「るいちゃん、どう思う?」

お酒を飲んで、少し不安そうな目をした翔さんが、私を見てた。

私は一瞬うつむいた。

「えっと・・・」

「ごめんね・・・んなこと言われても困るよね。」

翔さんがはっとしたようにそう言った。

「これしたらいいとか、あれしたらいいとか、私はなんいも言えないですけど、一年前の翔さんより、今の翔さんのテレビのほうが私はおもしろいので見てます!」

私は翔さんの目を見て、そういった。

「・・・本当に?」

「はい、それは絶対です!翔さんは成長に満足してないのかもしれないですけど。それでも、私は出会ってからのこの数か月でも、翔さんは少しさらにかっこよくなった気がしてました。」

お酒飲んでなかったらこんなことは言えなかった。

「まじか・・・」

翔さんは少し驚いた様子だった。

「私、嫌なこといいました?」

だったらどうしようと、心配しながら、私はそう言った。

「その真逆だよ。俺、すげえうれしいわ。」

「・・・よかったー。」

私は肩をなでおろした。

「もうちょっと苦しまないと、日本一のアイドルにはなれないってこなのかな。」

「誰だって、SMAPさんだって最初からできる人なんていないですよ。」

翔さんがうなづいてくれた。

「すごいですよね、アイドルって。歌ったり、踊ったり、話したり、かっこいい格好したり、いろんなことでみんなを楽しませて。一番なんでも屋さんかもしれないですよね。」

「これからもっとなんでも屋さんになるような気がするよ。中居さんなんて、紅白の司会やったんだから。」

「中居さんは本当すごいですからね!」

 そんな話をしていたらいつのまにか日付が超えそうな時間になっていた。

「うわっ気づかなかった。ごめんね!明日授業ある?」

翔さんは腕時計を見ながら焦ったように私を見た。

「大丈夫ですよ、午後からなので。」

「よかった。送ってくから、出ようか。」

「え、大丈夫ですよ。遠くないですから。翔さん、家近いんじゃないか?うち来たら遠回りですよ。」

「そういう問題じゃないよ。こんな時間に女の子一人で帰らせられないから。」

翔さんはジャンバーを羽織った。

「…じゃあ、お願いします。」

あまり頑なに断っても失礼かと思い、私は頭を下げた。

「うん、言うこと聞きなさいよ。」

「はい!」

私は大きな声で返事した。

「いい子いい子。」

そのとき翔さんが私の頭をぽんぽんと叩き、お酒ですでに上がっていた私の心拍数がさらに上がった。

「子供扱いですかー?」

私は口をへの字にして、翔さんを睨んだ。

「かわいいなー」

翔さんが小さな声で言った。

お店の前からタクシーを拾った私たちは、うちへと向かった。

「でも広報部の活動終わったら、会わなくなるかもね。」

「キャンパス違いますからね。」

トモの言ってたとおり、短い夢で終わってしまうんだ。

そう思った途端、今夜の時間がとても貴重だったと改めて感じた。

「また、連絡する。」

翔さんが少し高めの声でそう言った。

「え?」

「今日さ、俺、本当に楽しかったから、また飲みたい。」

翔さんがなんだか一生懸命にそう言ってたのが印象的だった。

お互い酔いが回っていたから、饒舌になっていたと思う。

「私は暇なので、翔さんが都合いいときにいつでも呼んでください!」

「うん。」

翔さんが嬉しそうに頷いてくれた。

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