赤色アイドルが恋人でした。
□僕たちの距離
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ある日、初めて、二人だけで、構内スナップを取ることになり、私はものすごく緊張していた。
これまでも何度かパンフレット用の撮影で一緒になったことがあったが、櫻井さんはさすがプロで、いつも2,3枚取って、素敵な写真が撮れて、慣れていた。
しかし、私は素人も素人。
今回集められたのは素人と言っても、読モやってる子とかが多かったので、私はダントツで素人だった。
いつも広報部の人にああでもないこうでもないと言われて、なんとか撮影していた。
櫻井さんの貴重な時間を私が取るわけにはいかないのにな…
高校の時から、彼にとっては普通なのだろうが、仕事をしながら、大学に通うっていうのは簡単なことではないはず。
最近偶然見つけると、テスト勉強をしているか、台本を覚えているか、無駄な時間が一秒もないというのがふさわしい人だった。
私は集合時間の30分前について、そわそわしていた。
すると10分くらい過ぎた時点で声をかけられた。
「おはよう、るいちゃん。」
顔をあげると、相変わらず綺麗な顔の櫻井さん。
「お、おはようございます!早いですね。」
「一番だと思ったら、るいちゃん居たんで驚いたよ。」
「櫻井さん待たせるわけにはいかないので。」
「ははは。ごめんね、気使わせちゃって。」
「とんでもないです!櫻井さんに比べたら、私なんて本当暇人なので!」
「サークルとかやってないの?」
櫻井さんはまっすぐ私を見て、そう聞いてきた。
「やってます。広告研なので、文化祭の時期は忙しいですけど、普段はそうでもありません。」
「バイトとかは?」
櫻井さんって、目を見て話す人なんだ。
「カフェでバイトしてます。」
「カフェいいね。大学生っぽくて。なんか広報してる子、モデルやってる子が多くない?」
「そりゃかわいいですからね。自分のスタイルで稼げるし、たくさん洋服着れるし、できるなら、みんなやりたいんじゃないですか?」
「るいちゃんはやらないの?」
「私はそんな大した見た目じゃないですし、恥ずかしくてできないです。」
「そっかー」
「櫻井さんはすごいですよね!最近よく見させていただいてます。」
「ありがとう!」
櫻井さんは、石台に腰を掛けて、鞄の中を漁り始めた。
「ごめんね。ちょっと、覚えなきゃいけない台本があるんだ…」
二人きりで台本を開くのが申し訳ないのか、櫻井さんは眉を垂れ下げて言った。
「もう全然気にしないでください!私ちょっと、そこにコーヒーショップ行ってきます!」
「ああ、いってらっしゃい。気を付けてね。」
気を付けるほどの距離ではないのだけど、櫻井さんの笑顔で言われたら、思わず大きく返事をしてしまう。
ガラス張りのコーヒーショップの中から、櫻井さんの姿が見えた。
目をこすり、あくびしながら、台本を睨んでいる。
本当、すごいなあ。
何かをあんなにがんばったこと、私今まであったかな…
高校時代のテニスくらいかな…
いや、あんなの櫻井さんに比べたら、全然…
やっぱりあれだけのことができる人は、それだけ努力してるんだと、そんな風に思いながら、櫻井さんを眺めていた。
私は櫻井さんの分のコーヒーも持って、戻った。
それでもまだ集合時間までは時間があった。
「あ、あの、櫻井さん!」
集中している櫻井さんに声をかけるのはすごく気が引けたが、意を決して私は名前を呼んだ。
「ん?」
櫻井さんがゆっくりと顔を上げた。
その目はとっても綺麗で、女子の私が羨ましくなるほどで、思わず見とれてしまった。
近くで見ると、本当、羨ましい顔してる…
「あ、あの…コーヒー、櫻井さんも食べますか?」
「…コーヒー…食べるの?」
櫻井さんは小さく噴き出して、笑いだした。
「え、あ、違くて…飲む?」
「本当にいいの?ありがとう!ごめんね、わざわざ。」
櫻井さんは台本を傍らに置いて、ショルダーバックの中をまさぐり、財布を取り出すと、私に500円を手渡した。
「あ、すいません…」
私はその場で頭を下げてそれを受け取った。
「すげえ眠かったから、めっちゃ助かった。」
「眠そうだったから、買ってきました!」
「気が利くねー!」
これが櫻井翔さんとちゃんと話した初めてのことだった。
キャンパスは違うから、普段会うことはほとんどなかったが、それからも広報部の仕事で月に2回くらい会う生活が続いた。
クラスメイトからも、あの櫻井翔さんと顔見知りであることを羨ましがられたし、私自身も、櫻井さんと会うときは、いつもウキウキ気分だった。
見れば目の保養になるし、話せば気さくだし、こんな完璧な人いるんだなーっといつも感心している自分がいた。
そうしているうちに半年近くが経っていて、今年の広報部の活動が終わり、打ち上げをすることになった10月。
私は文化祭の準備に追われる中、打ち上げに参加した。
正確には遅刻して行った。
広告研のミスコン準備は今佳境なのだ。
指定された飲み屋の前に着いたときには8時を回っていた。
やばーい、みっちゃんに怒られる…
私は嫌な予感を感じながら、お店に入った。
「あれ、るいちゃん?」
そのとき後ろから声をかけられて、振り返ると、そこにいたのは櫻井さんだった。
「さ、櫻井さん!打ち上げ来たんですか?」
櫻井さんは大学の飲み会に来ないというのが、大学の都市伝説のようなものだったため、私は必要以上に驚いてしまった。
「そうだよ?なんでそんなに驚いてるの?」
櫻井さんはいつものように笑っていた。
「いや、来ると思わなかったので…」
「俺も、るいちゃん、広告研て聞いてたから、もう会えないかなと思ってたよ。」
まるで残念そうに言ってくれた櫻井さんの言葉に私の胸が高鳴った。
「今、すごく忙しいんですけど、広報部の人たちには今年本当にお世話になったので。」
「俺も普段はあんまりこういう飲み会には来ないんだけど、予定空いたし、広報部の仕事結構楽しかったから、来ちゃった。入ろうか。」
櫻井さんと一緒にお店に入って、私は店員さんに案内してもらった。
宴会は思った通りかなり盛り上がっていて、みっちゃんも上機嫌だった。
「もう!るいさん遅いですよ!」
「ごめんて。」
「おお!るいさん来た!」
そう言って立ちあがたのは、トモ。
この半年ですっかり仲良くなって、二人で飲みに行ったりもした。
「トモだー!もうめっちゃ酔っ払ってるじゃん!」
「るいさんがおそいからだよ!」
トモがおもむろに私の肩に腕を回して、肩を組んだ。
「トモとるいがそんなに気が合うと思わなかった。」
みっちゃんは意外そうに私たちを交互に見た。
「翔さんも忙しいのにありがとうございます!」
みっちゃんはそう言って、櫻井さんにお酒を注いだ。
すると、今度は別の女の先輩が、櫻井さんにごはんをとりわけ始めた。
広報部を仕事を手伝い始めて思ったのは、櫻井さんだろうと、トモだろうと、みんな慣れてミーハー心はないはずなのに、それでもやっぱりみんなを引き付ける力を持っているのだ。
顔がいいとかスタイルがいいだけじゃなくて、そういう人がスターになるのではないかと、大学生ながらに少し考えていたりした。
「櫻井さんは相変わらずモテモテだなー」
「いつもなら、トモも悪くないのに、櫻井さん来ちゃったら、トモも霞んじゃうね…」
「るいさんは、また厳しいこと言うな…」
トモは眉間に皺を寄せてそう言った。
「女子って好きなものを見ると本当に目の色が変わるんだなと思ったの。ケーキ見たとき、セール見たとき、そしてイケメン見たとき。」
「間違いないな。でも、るいさんは変わんないの?」
「私は…ここにいるみんなと違って美人でもないから、そんながつがつ行けないよ。」
「…るいさんってさ、十分美人なのに、なんでか必要以上に下がるよね?全然ミスコンとか出れるし、女子アナでもなれそうなビジュアルだよ。」
トモはそうきっぱりと言った。
「え?それはないよ。私は絶対一番じゃないし、ここにいる人たちなんかに比べたら。」
「誰と比べてるのかわからないけど、もっと自信持てよ。」
トモは納得いかなそうにそう言った。
トモがお世辞とか言わない人なのはわかるけど、私は明らかにそんな器ではない。
到着して1時間ほど経ったころ、櫻井さんが私のとなりに来た。
「るいちゃんもお疲れ様。モデルやったことないって言ってたのに、るいちゃんの写真、どれもすごく良かったよ。」
櫻井さんが優しい笑顔でそう言ってくれた。
「あ、ありがとうございます!たぶん櫻井さんが、初めて2人きりで撮影したときにいろいろ教えてくれたからです!本当わたし素人なんで。」
「それもあるかもしれないけど、やっぱるいちゃんは素材がいいからね。」
櫻井さんがそう言ってビールを一口飲んだ。
「全然そんなことないです。先輩たちとか、櫻井さんもみんなすごいかっこよかったので、悪目立ちしそうで…」
「何言ってんの!るいちゃんは本当に綺麗だったって!」
「え…」
きっぱりと、少し必死そうに言ってくれた櫻井さんの言葉に私の胸がまた大きく唸った。
「…あ。」
櫻井さんの声が漏れた。
「ありがとうございます!」
私は頭を下げて、御礼を言った。
「いや…」
櫻井さんが目を逸らした。
「櫻井さんってビール好きなんですか?」
「え、ああ、うん、好きかな。」
櫻井さんがぎこちなく頷いた。
「私も好きです!」
「そうなんだ。女の子じゃ珍しいんじゃない?」
「そうかもしれないですね。かわいい甘いお酒が飲めなくて…」
「そうなんだ。他に好きなお酒は?」
「ハイボール好きなんですよ!」
「あ!俺も好き!麻布にすごい良いハイボールバーがあってよく行くんだよね。」
櫻井さんの声が興奮でワントーン上がった。
「ハイボールバー!?すごーい!いいなー!」
私もそれに合わせて声が高くなった。
「行きたい?全然連れていくよ!」
思ってもみない言葉だった。
まさか櫻井さんにバーに誘われるなんて。
体温が少しだけ上がったような気がした。
「ほ、んとですか?」
私は恐る恐る聞き返した。
「…うん。」
櫻井さんがゆっくり頷いて私の目を見た。