毒舌芸人が恋人です。

□どうしても守りたかった
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ヒロは仕事が大変とか、身体の調子が悪いとか、なかなか口にしない。



自分で言ってきたときはものすごくやばい。



なにかいやなことがあっても、なかなか言ってはくれない。







今日はいつもよりだいぶ早い時間にヒロの家についた。



エントランスを抜けるとき、ちょうど、同じマンションの女性と一緒になって、彼女は私のあとにマンションのなかに入った。



私はそれをまったく気にも留めず、エレベーターに乗り込む。



すると、その女性も一緒にエレベーターに乗ってきた。



「何階ですか?」



「……」



女性は答えない。



「あの…」



「…有吉さん。」



「え?」


まさか彼女の口から出てくるはずのない名前に私は思わず聞き返した。



「有吉さんはどこですか?」



「あの…」




彼女の無表情が私の頭の危険信号を入れる。



「教えてくださいよ。」



彼女はゆっくり私に詰め寄って来た。



この人、完全におかしい。



目が死んでる。



私はエレベーターの壁に背をぴたっとつけた。




「どこ?」



ヒロを探してるみたい。



ストーカーかなにかだろうか、どう考えても、知り合いではない。




「し…知りません。」



「このまえ、有吉さんとしゃべってるところ見ましたよ。うそはつかないでください。」




彼女は笑ったり、無表情になったりを繰り返す。



そして、女性が自分のポケットから出したのは、カッターだった。



それを見た瞬間息が止まりそうになった。



この人、なに考えてるの




そのときエレベーターが止まった。



私、ヒロの階に来ちゃってるじゃん…



「教えて?」



彼女はまたにこっと笑った。



「だから、知らな…」



カリカリカリカリ



そう言いかけた途端、手の中のカッターの芯が音を出して現れた。



「ちょっと…」



「有吉さんに会わなきゃいけないの。」



女性の声は不自然なほどに穏やかで、逆に恐怖感を煽られる。



「教えなさい!」



しかし次の瞬間、彼女は急に金切声をあげ、ついにその腕を振りかざしてきた。



私はとっさにそれを避けるとエレベーターの外に出たが、腕に痛みが走った。



スーツがすっと切れている。



彼女からは人に刃物を向けることに躊躇が感じられなかった。





「あなたは有吉さんのなんなの?どうせ顔だけで、有吉さんをたぶらかしてるんでしょ!」



そう叫ぶと再びカッターを振り下ろした。



「きゃ!」



今度は顔を狙われた。



この人本当に…



「あなたがいなければ。私が…」




どうしよう…




助け呼ばなきゃ。




でも…




まずい、声が。




ヒロ!





私はマンションの廊下を逃げた。




怖くて腰に力が…




相手は全速力でこちらに向かって走ってくる。




「来ないで…」



やっと出た声はとても誰かが来てくれるようじゃない。




廊下の突き当たりに追い詰められる。



面と向かった彼女は笑っていた。



その表情に底知れない恐怖を感じて、不意に涙が出た。




ヒロ…























今日も仕事が終わって楽屋で少し一休み。




あまりだらだらしねえで帰んねえとな。




今日は、るいも早いって言ってたしな。



俺は腰を上げた。



そのときを音を立てて、楽屋の扉が開く。



「おつかれ〜」



そこに入ってきたのは小木と矢作。



こいつらから来るなんて珍しい。



「なに。」



「これ、ハワイのお土産。」




そう言って小木が俺の前に紙袋を差し出した。




「お、さんきゅ」



俺はそれをもらい中を見た。




「それね、みんなにばらまいてんじゃなくて、有吉のためにちゃんと選んだんだよ。」



「きも。」



「きもいはないでしょ。」



小木が眉をしかめて言った。




「うそうそ。ありがとう。」




俺は笑って中身を取り出した。




「それね…」



そこから紙袋の中の品の説明とハワイの思い出話が始まった。



途中から若手も入ってきて、その話を聞いていた。



扉をあけて矢作が話しているため、どんどん人が集まる。



あれこれ聞いている間に30分




「よくわかった。ありがたくいただきます。じゃ。」



俺は話を切り上げて衣装を脱いだ。




「有吉さんも、飲みにいきません?」



パンツ姿の情けない俺にそう言ったのは澤部だった。



矢作やほかの若手で飲みにいくらしい。




「あー、今日はパス。」



俺は素早く着替え終え、ケータイを尻ポケットに入れて楽屋のテーブルに出ていたもの、小木のお土産を鞄にしまった。




「えーなんでですか!久しぶりに一緒になったのに。」



澤部が俺にそう言う。



「また今度ね。」



俺はそう言ってくつをはいた。




「有吉さん、予定あるんですか。」




性懲りもなくそう聞いてきたのは、平子。



「うん、まあ。」



「彼女ですか?」



ニヤッとする平子の頭を思いっきり叩いてやった。




「った〜…なんで叩くんですか!別に悪く言ってないでしょ!俺にもまた会わせてくださいよー」




一度会わせて以来、平子はるいにまた会わせろとうるさい。



既婚者だろうと、少しでも下心のある後輩と簡単に会わせることはない。



「じゃあ、今度また呼んでくださいね。」



「たぶんな。」



俺は気なく答えて、楽屋を出た。




なんだかんだこんな時間じゃねえか。




テレビ局の駐車場、俺は腕時計を見て舌打ちをした。










自宅まであと数十mにまで近づいたとき、俺は人だかりに気付いた。




「ん?」



こんな光景は引っ越してきてから初めてで、マンションの前にパトカーと救急車があった。



いつもと違う時間に帰ってきて見えばこれだ。



家でなにかあったんだろうか。




大事でないことを祈った。




そして地下駐車場に車を入れて、あの人だかりを避けるように、通用エレベーターに乗り込もうとしたとき、携帯がなった。



画面には事務所マネジャーの名前。



「はい、もしもし」



「あ!有吉さん!お疲れ様です!もう家帰られました?」



「え、うん。ちょうど今ついたとこだけど。」



俺は電話をしながらエレベーターに乗り込んだ。



「実は、前から言っていた、有吉さんに付きまとっていた女性なんですが…」



マネージャーが声を潜めた。



「どれ?twitterのやつ?」



そんなやつは軽いものから含めたら、数え切れない。




「そうです。」



「何?またなんか事務所に送ってきた?」



俺は吐き捨てるように言った。



そんなんでいちいち動揺してられねえし、もちろん相手にはしてられない。



「それが有吉さんの家をつきとめたらしくて、今日、有吉さんのマンションエントランスに不法侵入して警察に行きました。」




「は。」



正直予想以上だった。



まさか家を知られるとは。



どっかのテレビ局からずっと付かれてたんだろうか。



「そういえば今、外にパトカーが、なんか救急車もいたけど。」




行くとこまで行きやがって、目障りだな。




「事務所にもさっき連絡があったので、まだ移送中だと思います。それで、一つ問題がありまして。」




「なに?」




「有吉さんと同じマンションに住まわれてる女性の方がその容疑者のカッターで軽症を負われたみたいなんです。詳しい怪我の具合はまだ入ってきてないんですが、有吉さんからも謝罪をお願いするかもしれません。」



マネージャーの言葉で俺は顔を歪めた。



対応が甘かった俺と事務所のせいで、そんな被害者を出すとは…



「いいよ。俺が謝る。何階の人かとか、わからないよね?」




「ちょっとそこまでは、お名前なら貰っているんですが。」




このマンションの人、たぶん名前なんか聞いてもわかんねえな



「えっと、るいさん…」




俺は血の気が一気に引くのを感じ、目を見開いた。



「病院どこ!?」



俺は大声で携帯に怒鳴るように言った。



「え?えっと…」



マネージャーが慄いて、病院の名前を言うと俺は、一番近い階でエレベーターを止めようとするが、うまく行かず、結局自分の家の階まで行き、再び下に下りた。




さっきまであった人だかりは小さくなっていて、パトカーだけがまだそこにあった。




俺は走って裏口から出て、タクシーを拾った。




自分で運転したら、一瞬でどこかにぶつかりそうなほど頭に血が上っていた。




どうして、俺じゃなくてるいなんだ




お願いだから、無事でいてくれ。




俺はタクシーのいすに浅く腰掛けていた。




気持ちが競って落ち着かない。



俺がもっと早く帰ってきていればよかった。



楽屋であんな無駄話なんかせずに帰ってきてれば、ストーカーは俺を先に見つけたかもしれない。



まず、ストーカー行為に対して甘かった。



女でもアイドルでもないんだから、ストーカー女くらい襲ってきても返り撃ちにしてやろうくらいに思っていた。




家族同然にそばにいる、るいに危害が及ぶこととか、よく考えればわかったはずなのに。




大事な人を守れなかった。




俺は窓ガラスに映ったひどい自分の顔を見た。



こんな俺が唯一守らなくちゃいけない存在のはずなのに。




昨日のるいの笑顔が頭に浮かんで、鼻の奥がつんとした。





俺なんかのために笑ってくれる。




泣いてくれる。





るいがいるから、俺はいつもこんな幸せでいられれのに、俺と付き合ってるばかりにるいにひどいことをしてしまった。




るいすら守れなくて、俺は彼氏失格だ。
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