毒舌芸人が恋人です。
□あけましておめでとうございます。
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「2015年、あけましておめでとうございます。」
「おめでとう。」
「昨年は大変お世話になりました、そしてたくさんお仕事お疲れ様です。」
「いえいえ、こちらこそ。るいさんも、本当お疲れ様。」
「2015年もどうぞよろしくお願いします。」
私は膝の上に手をおいて、頭を下げた。
「よろしくお願いします。」
ぷっ…
しばらく見つめ合ったら笑ってしまった。
今日は年明けてヒロと初めて会う日。
ずっと実家にいた私は、ヒロと外で待ち合わせて、二人で京料理を食べに来た。
いつものように、ヒロはずっと先に到着していて、2人には少し広い6人掛けの掘りごたつの個室で一人ビールを飲み始めていた。
そして、振り返った1週間ぶりのヒロは少しニコッと笑った。
そこで冒頭の会話に戻る。
ヒロの向かいに座った私。
「いつから休みだったんだっけ?」
ヒロがそう言ってから、ビールをごくっと飲んだ。
「おとといから。」
私のお正月休みはみんなより遅くくる。
年始を飾る生放送番組に立ち会い、3日から1週間のお休み。
そのため、ヒロと付き合い始めて、お正月休みが合った試しはない。
「年末年始毎日働いてたの?」
ヒロが実家に戻っていたこともあり、ほとんど連絡も取っていなかった。
「そうだね、ヒロが行ってからは毎日だったよ。赤坂で年越しして、それからお台場行って、夕方まで仕事して、眠たかったけど、会社の新年会に行った。」
「それ、全然寝れてないじゃん!」
「そうだよー。家帰らずに、2日も生放送立ち会ったから、初めて、テレビ局の仮眠室で寝たよ。悲しいお正月だったなあ。」
3が日にテレビ局のカプセルの中にいたときは本当になにしてるんだろうと思った。
「大丈夫?ブラック企業なんじゃない?」
「きっちり休日手当もらってます。ヒロはどうだった?久しぶりの実家。」
東京出身の私には、3・4年実家に帰らないことがないのでわからない。
「なんか久しぶりに観光っぽいこともして楽しかったよ。」
「弟さんと奥さんと姪っ子ちゃんはどうだった?」
弟さんに子供ができたのに、奥さんと会ったこともなかったヒロの今回のメインイベントは2人に会うことだったはずだ。
「姪っ子がね…かわいかったんだよ。」
ヒロは顔にしわを寄せて心底嬉しそうに言った。
「えー!写真ないの?見たい見たい!」
「あるよ。一緒に写真取ってもらった。」
ヒロが私に携帯を差し出した。
そこには姪っ子ちゃんを抱っこしたり、高い高いしたり、顔を摺り寄せたりしてるヒロ。
姪っ子ちゃんのかわいささながら、ヒロのかわいさに目を奪われた。
「かわいい。」
「だよね。びっくりしたわ。」
「ヒロはすごい小さい子得意じゃないと思ってた。」
意外に子供嫌いじゃないヒロだけど、まだ話せないような子をあんまり長い間あやしていることはない気がしていた。
「そうなんだけど、かわいかったね。」
ヒロがにやにやしている。
「やっぱ、少しそこに自分の遺伝子を感じるからなのかな?」
「かもね。いや、かわいかったー!」
ヒロはまた目を瞑って叫んだ。
「へえ。でもお母さん、喜んでだしょ。久しぶりにヒロが帰ってきて。」
「まあね。おふくろもまあまあ年だし。でも弟が孫見せてくれて安心したわ。」
「私もお兄ちゃんとこの子生まれたとき同じこと思った。」
「姪っ子いくつになったの?」
「2歳。今年七五三なんだ。」
私もなかなか姪っ子バカで、七五三となればまたいろいろ買ってあげたくなっちゃうのだ。
「そのくらいめちゃめちゃかわいいよね。」
「かわいいんだよね。るいちゃんとか呼ばれたら、なんでも買ってあげたくなっちゃう。」
「わかる。」
ヒロがそう言って何度も頷いた。
1時間くらい飲んだころ、ヒロが切り出した。
「あのさ、おふくろと弟に、結婚しないのって聞かれて、付き合ってる人いるって言っちゃたから。」
「えっ」
私も親にはヒロのことを話したことはなく、ヒロも親には一言も話してないと言っていた。
「え、だめ?」
「全然いいよ!ていうかびっくりした。ヒロがそう言ったことが。」
「俺も言ってから、言っちゃったって思った。忙しいから、広島までは来れないって言っといたから大丈夫。」
「本当に?」
お互い年が年なため、いくら忙しいとはいえ、挨拶しないのも気が引けた。
「なんか春に弟たちがおふくろ連れて東京来るらしいから、そしたら紹介させて。」
ヒロはいつも本当にやさしくて頼りになるけど、誰かに紹介とか、ましてや家族に紹介するなんていうことは避けてたから、そんな言葉がヒロから出るとは思わなかった。
「食事するだけだから。」
そう考えていた私が困惑してると思ったのか、ヒロがそう付け加えた。
「大丈夫、ヒロの家族に会えるなんて、すごい嬉しいな。ヒロ、あんまり家族の話もしないし。」
ヒロが育ったところ、私は全然知らないから。
「うん。」
ヒロが頷いた。
「ねえ、ヒロ」
二人きりの静かな個室で私は切り出した。
「ん?」
ヒロが優しい顔で、私を見た。
「そしたら私の家族にも会ってくれる?」
「当たり前でしょ。すぐ近くに住んでるんだから、本当だったらもっと早く挨拶しに行かなきゃいけなかったし。」
新年がヒロの背筋を伸ばさせたのかもしれないと思った。
「ありがとう。うちの親、ヒロが来たら、びっくりしちゃうな。」
私は手を組んで、お父さんの反応とかを想像する。
「ちなみに、お父さんとお母さんって、俺のこと嫌いじゃない?」
ヒロが小声で聞いてきた。
少し不安そうなヒロがかわいかった。
「全然。うちのお母さんなんて、ヒロのこと大好きだと思うよ。うちに帰ると、ヒロのテレビもよく見るし。」
私の言葉にヒロはため息をついた。
確かにヒロの芸風だと雰囲気で毛嫌いする人もいるから、そのあたりはセンシティブではある。
「よかった…」
「お父さんは明るい人だし、最近は早く結婚しろっていうくらいだから全然平気。私としては、ヒロが人見知りしないかの方が心配だよ。うちお兄ちゃん家族も住んでるから。うち来るなら、もちろんお姉さんたちもいるだろうし。」
私がそう言うとヒロの顔が曇った。
お兄ちゃんまではよしとしても、お姉さんや姪っ子とまで、いきなりヒロが溶け込めるのかって心配はある。
「会う前に、相手があれこれイメージしてると、すごいやりにくいときあるんだよな。」
「そのへんは私がフォローするよ。ヒロはそのままで大丈夫だから。ただ、お姉さんは結構お笑いとか好きだから、ミーハー心がでちゃうかもしれないけど。」
お姉さんとはたまに、お笑いライブなんかに行くくらいだ。
「それは、なんとかする。」
ヒロは難しい顔をしている。
「そんなに怖い顔しなくても、ヒロは笑顔かわいいし、礼儀とかもちゃんとしてるから、絶対大丈夫!うちの家族みんな鈍感で、おしゃべりだし。」
ヒロはそれは助かったという顔をした。
ヒロを家族に紹介するのに、不安はない。
少し驚かせちゃうかもしれないけど、きっとうちの家族ならぎゃーぎゃー言いながら迎えてくれる。
「あ、そういえば明後日から2泊同僚と新潟行ってくるね。」
直前に決まったユメとの旅行は、ヒロが実家に帰っていたため言いそびれていた。
「え、うちにいないの?」
「うん、こんな時期に休みの友達、ユメしかいなくて、二人で温泉とスキーしてくるの。」
少し驚いた様子のヒロに私はそう言った。
「そう、まあ気を付けて行ってきなよ。」
そう言ったヒロの表情はさえない。
「ごめん、なんかあった?」
「いや、せっかく帰ってきたと思ったら、今度はるいがいないとかって思っただけ。休みだったら、毎日うち来るかと思ってたから。」
確かにユメとの旅行が入る前は、読みたかった本でも買って、ヒロの家に閉じこもって、ヒロのうちの大掃除でもしようかと思ってた。
「ユメ、今年結婚するから、二人で旅行なんて行けるのも、しばらくないかもねって話になってさ。」
「そっか。思う存分遊んで来いよ。」
「うん!ありがとう。ヒロも仕事始め、調子狂わさないようにね。」
「はいはい。じゃあ明日はうちにいるの?」
「うん、ヒロは?」
「俺も実は明日オフで。」
「本当に!?丸一日!?」
ものすごく珍しい出来事に私は目を丸くした。
「うん。まだ収録ないのもあるから。」
「丸一日のオフが重なるなんて、いつぶりかな?夏休みに1回あったけ?」
私はあまりにも嬉しくて早口になっていた。
「あったかもな。」
「え、どうする?どっか行く?」
丸一日あるなんて、珍しすぎてどうしていいのかわからない。
「ああ、車でちょっと遠出するのも悪くないね。」
「でも、明日すごい寒そうだったよ。」
オフでヒロに風邪をひかせるわけにもいかない。
翌日からはまだ怒涛の仕事が始まるのだろうから。
「買い物とかいいの?初売りとかしてんじゃん。」
「昨日行ってきたから大丈夫だよ。ヒロはなんか行きたいとことかないの?」
ヒロは人ごみに行くとピリピリして休めないし。
「うーん、うちでるいの飯食いたいかな。」
何を言うかと思えば、至極意外な言葉だった。
「全然いいけど、本当にいいの?せっかく休みなのに。」
「よく考えたら、外じゃ、気持ち休まらないし、家なら好きにできるし。」
「まあ、お正月のテレビ番組見たいのたくさんあるから、私も嬉しいけど。」
「いいじゃんそれで。最高だよ。るいとテレビとうまい飯。」
ヒロは満足そうに頷いた。
「そっか…」
確かにうちでごろごろするのは私もリフレッシュにあるしいいかもしれないけど。
「じゃあ、帰りにちょっと良いスーパーよってもいい?おいしいもの作る。」
「よし!出資してあげる!」
ヒロはそう言って手を叩いた。
ヒロの言葉に私もヒロも笑った。
今年もヒロと笑って過ごせますように。
お願い、神様。
おわり