毒舌芸人が恋人です。
□仮面舞踏会(隣の個室シーリズ)
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ヒロはよく家で、行きたくない飲み会が最悪だとか、番組の打ち上げほど嫌なものはないとか言っているけど、お酒好きのヒロだから、別にどこだって楽しいんじゃないのかとかと思う。
今日もまた、ヒロは飲み会らしい。
今日は女が多いからとか嫌そうな顔して行ったが、女の子がいたほうが絶対楽しいはずなのに、変な話だ。
ヒロが帰ってこないならと、私もその日は取引先のプロデューサーさんやマネージャーさんとの飲み会に参加した。
私はもそこまで、付き合いがいい方ではないので、たまにはこういう商業的な飲み会も悪くないと思う。
「るいさん、いつもはなかなか来てくれないから、うれしいよ。これからの仕事の話もいろいろしたいしね。」
「そうですね!」
そうして芸能人な匂いがするお店に入店する。
この人たちいつもこんなところで晩餐してるのか。
個室に入るとやたら隣の個室がうるさいことに私は気づいた。
「今年はるいさんも芸人使ったりして挑戦だったんじゃないの?」
「そうですね!初めて仕事する方が多かったです。」
私がそう言い終わった途端に、隣で大笑いする声が聞こえた。
「なんかすごいですね、隣の個室。」
一人が隣との壁を見ながら、言った。
「あのCM、社内コンペでも結構いいとこ行ったんでしょ。」
「まあ、あれは企画がよかったので、私の力ではないですよ。」
「いやいや。」
「私本当芸人さんってわからなかったので、すごい新鮮でした。」
そのとき、また隣から大笑いする声がした。
「なんかこういう店でああいう騒ぎ方してるのって、同業者な気がするわ。」
いやそうな顔をして言った一人の男性。
「そうなんですか?私は学生の集まりかと思いました。」
「こんな店、大学生は来ないですよ。意外に芸人とかだったりして!」
「ありえますね!この大きな笑い声!」
日ごろ、テレビ局で働く二人はそう言って笑っていた。
芸人さんとか言って、ヒロの知り合いなんていたら面倒だわ…
私は正直そんなことを思いながら作り笑いを浮かべていた。
そうして、次の仕事のきっかけがいくつかできたころ、一人の男性がトイレに立った。
残された私たちは変わらず話を続けていたが、話題はヒロの話へ。
「有吉は今年も大活躍だったね。下降傾向なんて言われたけど、一年終わってみれば、帯番組やってる人たちと同じくらいテレビでて、冠番組もキープしてるし、どこまでいくかね。」
「まだしばらくはこのフィーバー状態続くんじゃないんですか?この状況が終わっても、もう仕事がなくなることはないでしょ。」
二人がそう言った。
「るいさんとかはあんまり一緒に仕事しないと思うけど、客観的にはどう見えてる?」
「どうですかね。私はあんまりわかんないですけど、彼の場合本人が一番自分のことわかってるのが強みな気がするので、仕事がまったくなくなるなんていうのは想像できないですし、芸風的にも50歳になっても続けられそうですし。」
「わからないっていう割にはよく見てるね。さすが。」
同じ会社の先輩が、頷いた。
彼は私と違ってよく芸人さんなんかと仕事していて、私よりずっとお笑いに詳しい。
「…そうですか?」
「これからは、るいもどんどん芸人たちつかっていけばいいよ。有吉なんて、最近は女性人気もすごいんだから。このまえのCMだって、俺はてっきり有吉使うと思ってたよ。」
「…はあ。」
「今、芸人界で一番モテるって言われてますよね。」
「えっ!?」
私は思わず声を上げた。
「何?そんなに驚いた。」
そりゃ驚くわ。
寝耳に水だ。
「…はい。…そんな風には…見えないので…」
「そう?顔だって悪くないし、何と言っても、ギャップの塊みたいな男だからね。」
先輩がうんうんと頷いて話す。
「…はあ。」
そんなことになってるなんて聞いてない。
もしかして私、もっと危機感を持たなきゃいけないんじゃないのかな。
なんだかどきどきしてきた。
確かに、テレビのヒロを見ている人には、相当なギャップ萌え?
いや、私でさえギャップにやられてる?
「確かにタレントも女子アナも、好きな芸人聞いたら、3位にはだいたい有吉いますね。」
テレビマンにそう言われると、信じざるを得ない。
「…そうなんですか…」
ヒロと付き合い始めて3年、ヒロがまあまあモテるのは知っていたが、そんなことになってるなんて一度も気づかなかった。
ヒロのことなんて、みんな見てないだろうと思ってた。
でもそれは出会ったころの話で、いまや、そんなわけもないのかもしれない。
そのとき個室を出ていた一人が戻ってきた。
「ねえねえ、やっぱ隣、タレントの打ち上げだったよ。俺、見つかっちゃった…」
そう言って戻ってきた彼は、バラエティー番組のプロデュースをしているため、前も飲み会のときに偶然芸能事務所の人間に出くわして、私も一緒に、しつこい営業を受けたことを覚えている。
「え、また営業されるんですか?」
私は、心底いやな顔をして、彼を見た。
「いや、今回は大丈夫だよ。でも、どうしてもっていうから、一瞬ね。みんなと一緒にいるって言ったら、奢るから、一瞬来てほしいってよ。」
一瞬とか言って、絶対一瞬なわけがない。
また営業されて全然楽しくない飲み会になる気がする。
結局みんな隣に行ってしまい、私はテレビマンの男性と二人、個室に残された。
名前は確か若森さん。
ディレクターをしている年上の男性だ。
「隣、行かないんですか?」
「俺、しつこい売り込みとか嫌いだから。」
彼はそっけなく返した。
「しつこいって、いいじゃないですか、一生懸命、自分を売るのは。」
「いやだ。そういうるいさんは行かないの?今年は、芸人とも仕事したんでしょ?」
「はい…でも芸人さんと仲良くなると大変そうなんで…」
「俺のこと言えないじゃん。」
「確かに…」
「るいさん、彼氏いるの?」
彼は、机に肘をついて、そう聞いてきた。
「…いますけど。」
「なんだ、残念。」
代理店の人もだけど、テレビ局の人も、こういうところが苦手。
「なんの仕事してるの?」
うわ、最初からやな質問。
「えっと、一応、この業界です…」
「え、タレント!?」
「いや、…違いますけど…」
「ふーん。」
彼は一気に興味が冷めたような顔をした。
隣では、なんだか営業活動が繰り広げられてるような声が…
『おまえ、腰低すぎだよ!』
その時となりかた漏れたその声に、どきっとした。
まさか…
「あれ、有吉いるのかな?その辺いるんだったら俺も行ってこようかな。」
目の前の彼が腰を上げた。
「今の有吉さんの声ですかね?」
「そんな感じじゃなった?」
彼は目を丸くして言った。
こんな偶然ありますか、神様。
どうしよう…
行くべきなのか。
でも目の前のこの人が行ってしまって、私だけここに残るのも逆に不自然すぎるしな…
「るいさん、いいの?」
「い、行きます。」
答えてしまった…
私は後ろに付いて隣の個室の前に立った。
「おお、来た!おまえらも入れよ。」
先にいた、会社の先輩が私たちを招き入れる。
「俺たちだっておやじだけで飲んでたわけじゃないからね!女もいるんだから。」
先輩にそう言われて入った瞬間に、ヒロと目が合った。
本当にいた…
え、なんで…
お互いの目がそう言っていた。
「るい、お前、奥入れ。」
タレントの前だからなのか急に命令口調の先輩に少しイラッとしながらも、私は笑顔で従った。
「るいは今年、企画で芸人30人使ってCM作ったから、みんなも営業しといたほうがいいよー」
先輩が大声でそう言ったが、正直余計なことだと思った。
そこにいた何人かの目の色が変わった気がしたから。
「有吉くんは、あんまりCMとかやってないよね」
「来ないですからね。」
ヒロが真顔で返した。
「いや、本当は使いたい人たくさんいるよね?」
先輩が私を見てそう聞いてきたので、私はやんわり笑顔を返した。
「じゃあなんで来ないんですかね。」
「スケジュールじゃないんですか?」
先輩はあたりさわりなく、そう言って、周りの女の子や後輩芸人も頷いていた。
「るいさん、どう思う?」
そこで一人が、余計なことを聞いてきた。
「え?」
「この前のCMでなんで有吉くん使わなかったの?」
完全に、有吉弘行を私が今後一切使えないように貶めようとしている、この人。
なぜか、今、この人が彼氏でよかったと思った。
「うーん、高いからですかね?」
私は迷いなくそう答えた。
ヒロは噴き出していたが、質問した彼は、私があまりにもあっさり言ったのが腑に落ちないようだ。
「るいさんって、ずばっと言うんだね、いいね。」
そう言ったのは若森さんだった。
「いや、まあ冗談ですけど。」
「女の子たちも、るいにアピールしといたほうがいいよ。こいつは、女性向け商品のCM女王だからね。」
「先輩、ごめんんさい、初めて言われました。」
「え、本当に?でも、化粧品とか、シャンプーとかすごいやってるよね。」
「そうなんですか?私、すっぴん行けますよ!」
女の子が一人、冗談ぽく言ったが、きっと彼女は本気なんだと思う。
「おまえのすっぴん見て誰も化粧品買う気起きねえわ!」
するとヒロが間髪入れずにそう言った。
「えー!酷い!」
甲高い声が個室に響く。
「有吉さんはそうでも、女の子たちは違うかもしれないじゃないですか!ね?」
彼女に強い視線を向けられた。
「…考えときます。」
私は静かにそう答えた。
「有吉くんは俺と仕事しようよ。」
一人の男性がそう切り出した。
「ああ、もうぜひ!」
こういうヒロを見たのは初めてでとても新鮮だったけど、本当にいくらでも仕事を受けるんだな。
「ののかなんか、アシスタントにどうよ?」
プロデューサーらしきその男性は向かいにいたおのののかを見て言った。
彼女も嬉しそうにヒロを見る。
近くで見るとかわいいなー、若いし。
最近、普通に自分より一回り近く違う子がばんばん仕事をしているのに感心することが多い。
「それはもう、お任せしますよ。」
「有吉さん、だれがいいとか言ってくれないですよね。」
おのののかちゃんは悲しそうな顔で言った。
「いや、だれが合うとか、芸人ならわかるんですけど、アシスタントとかはね…」
ヒロが眉を顰めた。