毒舌芸人が恋人です。

□間違いなく君
1ページ/2ページ

先日初めてお会いしたマツコさんとお会いして、今日は早くも2度目のごはん会。


休日の夕方、まだ明るい時間から3人で集まった。



3人集まったところで、なんだかヒロものすごく目を泳がせていることに気付いた。


「どうしたの?」


「やっぱり、まだマツコさんと飯食うの慣れないっすね。」


「まあね。今までなかったものね。」


マツコさんも頷いた。


「そうなんですか?」


「あなたが呼ばなかったら、有吉さんが呼んでくれるわけないじゃない。」


「俺とマツコさんが二人で飲んでたら怖いでしょ。」


そりゃ周りは驚くだろうけど。



「それより聞きたいのはこの前の喧嘩のことよー!!」


マツコさんが待ってましたとばかりに箸を置いてそう言った。



「…やめてくださいよ。」


ヒロを見れば、うんざりしている。


「結局、あなたが許した?」


マツコさんが私の方へ身を乗り出す?


「許すなんて大したものじゃないですよ。ただ酔っ払って虚言を吐いたので、ちょっと連絡取らなかっただけですから。」


「さすがね。」


マツコさんがニヤッと笑った。


「ヒロは私がいないとさびしくて仕方ないらしいです。」



私は笑顔でそう返した。



「わああああああ!はい!私これで3日間は安眠できるわ!」


マツコさんは上を見上げた。



「それいわないでよ…」



ヒロが声を潜めて言った。



「いいじゃん、マツコさんなら。」



私がそう言うと、ヒロが笑ってため息をついた。



「でも、三十路になって、彼氏とケンカできて、なんか楽しかったです。」


「それは女子の発想だよ。」


そう言ってるヒロを視れば、なんだかとても疲れた顔をしている。


「ある程度大人になると、けんかとかもしないか。」


マツコさんが言った。


「はい。私たちも10日間も連絡取らなかったの初めてですからね。」


「今までけんかは?」


「あんまりないですよ。ヒロは結局優しいので。」


私はヒロを一瞥した。



「そう…なんか本当だったら悔しいところだけど、私、あなたには幸せになってほしいわ。」


マツコさんは頷いた。


「ヒロって意外に愛されてるよね…」


私はマツコさんを見て言った。


「それがこの人の強い所よね。」


「本当、この笑顔がなかったら、とっくに消えてますよ。」



私はヒロ見て言った。



「なんだよ、それ。」


「あ!」


「何!?」


「え!?」


マツコさんが急に声を上げて、私とヒロは飛び上がった。



「あのときはどうだったのよ。有吉さんが、ガールズバーで酔っ払って、階段から落ちたとき!」



マツコさんが大音量でそう言った。



「ああ…」



私は声を漏らしたが、ヒロを視れば、心底いやそうに目を伏せている。


「あの時はもう付き合い始めてたんでしょ?」



「はい、…でもまだ4か月?くらいだったと思います。」


私はそう答えたが、ヒロは未だだんまりだった。


「ちょっとあれは、有吉弘行史上に残る大失態でしょ?」


マツコさんの言葉に私は軽く頷いた。


「昔の話はやめてくれ…」


ヒロは頭を抱えていた。



「ケンカにならなかった?」



「ケンカはしてないですけど…」



「話さなくていいんじゃない?」



ヒロが半笑いで私の肩に手を乗せて制止した。



「でも私、今までヒロとのことって人に話せなかったから、マツコさんに聞いてほしいです!」


「ああ、そうよね?お友達とそういう話をするときは?」


マツコさんが大きく頷いた。


「彼氏がいるとは言いますけど、…まあエピソードだけ話したり。何の仕事か聞かれるの、一番困りますけどね。」



「まあ彼氏いないって言うと、男が寄ってきそうですものね。」


「そんなこともないですけど。」


私は首を振った。


「いやいやいやいや!有吉さんはどうしてるの?」


「僕は基本的には彼女いないって言ってます。もう嗅ぎまわられるの嫌なので。」


ヒロが大きく頷きながら言った。


「その変わり、常に女を寄せ付けないように生きてます!」


「そうね。あの事件のとき、あなたはどうしたの?」


「聞いてくれますか?」


ヒロはまだ嫌そうな顔をしていたが、私は続けた。








ヒロと付き合うことになって4か月ほど発った初冬のころだった。


朝起きるとヒロからメールが入っていた。



――― 階段から落ちてケガした。大丈夫だけど、今日は病院に泊まる。



階段から落ちたという言葉に身の毛がよだったのは今でも覚えてる。



大丈夫だけど、とさりげなく入れるところがヒロらしい。



でも、余計にけがの具合とかがわからなくて不安になった。



骨折してるのかな。



歩くのに不自由するようになるとかじゃないよね。


病院に泊まるって言葉使ってるけど、つまり入院だよね。




なにもわからなかった私の思考はどんどん悪い方へ転がっていく。




それをなんとか止めて、なんとか冷静を装って返事をした。



――― え、それ本当に大丈夫?今日、仕事早めに終われるけど、洋服とかいる?




付き合い始めて4か月。




やっと、ヒロの彼女になれて、やっと彼女らしくなれたのに、もし今ヒロになにかあったらと思ったら、全身の毛が逆立つような心地だった。




――― 本当に?いる。ちょっと俺の家行って一日分持ってきてもらえる?



ヒロの返事はすぐに来た。



私はその日の夜、病院に向かった。



病室に入ると、ヒロがつまらなそうな顔でテレビを見ていた。



「ヒロ、来たよー。」



私はそのヒロに近づくと、ヒロがこちらを見た。



「わ。」


こっちを見たヒロの顔を見て、開いた口がふさがらなかった。



左の額は大きく腫れていた。



「ごめん。こんな感じで。」



ヒロは笑った。



「笑えないよ、その傷…」


私はヒロのベットの傍らの椅子に腰かけた。



「だよね。足もやっちゃって、合わせて、30針。」


「えっ!?」



私は口を押えて飛び上がった。



「顔!」


私は眉間に力が入りすぎた酷い顔をしていたのだと思う。



「そっか、おまえ血とかだめか。」



ぎょっとする私と、なんだかすごい笑顔のヒロとあべこべな気がする。




「ていうか、なんで階段から落ちたの…?酔っ払ってた?」



「久しぶりに上島さんと飲んでてさ。楽しくなりすぎて、飲み屋の階段を革靴で完全に踏み外した…」



「はー。ちょっと気を付けてよね。頭とか打ち所悪かったら、どうなるかわからないんだから…」



打ってる場所が笑いごとではないため、こっちは真剣になってしまう。




「全くその通りなんだけど…」



「本当、上島さんとってところがヒロっぽくていいけど。」



本当に大好きなんだな。



「革靴とかあんまり慣れてないのは雨の日は履いたらだめだよ。」



「気をつける。」



「仕事は?その顔じゃ出れなくない…?」



痛々しくて、テレビで見たい顔ではない。



「今日は飛ばした…でも明日から行く。」



そう言ったヒロは、今日一番真剣な顔だった。



仕事に対しての真面目さは私も勝てないなと思うことが多くて、要は今日の仕事を飛ばしたことをこの人はものすごく悔いているのだろう。



「明日…私が止めることでもないけど、大事にしてね。」



「そんな体使うんじゃないから大丈夫だと思うけどね。」



「そっか。」


それでもどうしても心配になる。



「荷物ありがとう。そこ置いといて。」



ヒロが急に笑顔になって、ベッドの傍を指差した。


「あーうん。」



私は紙袋をベットの下にしまった。



「なんか近くでみるとますます痛々しいね。そこ毛生えないんじゃない?おはげちゃんになっちゃうね。」



「そう。しかもここ生えないと後退したように見えるからいやだ。」


ヒロはチェストの上の鏡をちらっと見た。




「自業自得だから、仕方ないね。」


そんなことを話していたら、面会時間をとっくに過ぎていた。


「やばい!明日、朝会議だからもう帰らなきゃ。」



本当は退屈してるヒロともう少し一緒にいたかった。


「そっか。ありがとね。来週また連絡するから。」


「うん、待ってるじゃあね。」


私は病室を出た。



傷は大変そうだったけど、元気そうでよかった。


でもあのヒロが仕事飛ばすようなことするなんて、そんなこともあるんだ…


とにかく早く元に戻ってくれることを願うばかりだ。





そんな風に考えた私の気持ちを一遍させたのが翌々日に出たスポーツ新聞の記事だった。


「ガールズバー…」


飲み屋の階段と言っていたが、あれは、ガールズバーだったのか。


ガールズバーに行くことに不満を持つような年でもないけど、そこで飲んで、騒いで、階段から落ちるって…


ヒロとは付き合う前から、ある程度知っているけど、こんなことはそり限り初めてだけど。


ヒロっていうのはそういう人なのか、なんだか少し不安になってきた。


それからまた翌々日、ヒロから連絡が来て、久しぶりに会うことになった。


ヒロが退院してから初めて会うことになるけど、ちょっと戸惑ってる自分もいた。








仕事のあと、待ち合わせのお店に行く。


こうして二人で外で待ち合わせるときは、ヒロと付き合い始めたことを実感して、まだドキドキしている私がいる。



ヒロはいつも、私よりずっと先に着いていて、今日も先に一人でビールを飲み始めていた。



いつもと違うのは、変装のためにたまにしているメガネをお店の中でもしてるということ。



「お待たせ。」



私は個室の襖をゆっくり開けて、ヒロを見た。




「おお、おつかれ。」



ヒロはビールを口にしながら、メニューを捲っているところで、私を見上げた。




「おつかれ様。怪我どう?」



私はヒロの顔を見ながら、腰を下ろした。




「うん、もうだいぶ平気。」




「それ、腫れてるからメガネかけてるの?」



「うん、まあ仕事終わったら外してもいいんだけどね。まだちょっと腫れてるから、気になるかと思って。」




「そっか…早く腫れ引くといいね。」



「どこに顔出しても笑われるからね。記事にされたから。」



「私も見たよ。」


私は笑って言った。


「見た?どう思った?呆れた?」



「だいぶ。」



「こんなことしょっちゅうあるわけじゃないからね。」



ヒロが念を押すようにそう言った。



「そう…だよね。」



「うん、心配させてごめんね。」



そう言ったヒロの顔が真剣だったから、ヒロを信じることにした。



「…いいよ。でも…本当気をつけてね。ヒロがもっと大きなけがしたら、私、今度こそ大泣きして、許さないから。」



「わかった。」



ヒロが頷いてから、ふとため息をついた。



「どうしたの?」



「ええ?…ああ、なんか怒られるかと思ってたから、拍子抜けした。」



「え?なんで?」



ヒロの少し緊張したような顔に、笑顔がこぼれた。



「ガールズバーで飲んで、楽しくなりすぎて、階段から落ちたから…」



ヒロの声が尻すぼみして言った。




「うん、だから、気を付けてって言ってるでしょ!今回はヒロだけが怪我して、しかも、命に係わる怪我じゃなかったからいいけど、誰か怪我させたり、もの壊したりしたら、本当に大変なことになるから。CMなんて全部無くなるよ?」



私は真剣な顔でヒロに訴えた。



「…うん。」



「でもヒロすごいよね。」



私はヒロが注いでくれたビールを見ながら言った。



「なんで?」



「なんか、今まで何度も命拾いしてるよね。」



「ふっ…そうでもないよ。」



ヒロは笑って言った。



でも、そんなにお酒飲みたくなるほど、どんなストレスと抱えているんだろうとあの時思った。


まだ私にはわからない、そう思った。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ