毒舌芸人が恋人です。
□どんなに面倒でも
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ヒロと付き合ってることは、基本的に誰にでも言えることじゃんくて、ヒロの仕事仲間くらいしか知らないこと。
ただ、共通の知り合いで、付き合ってることを言ってない人もたくさんいるし、私の知り合いはみんなもちろん、ヒロをテレビで知っているけれど、まさか付き合ってるとは言えない。
別に結婚してるわけじゃないし、言わなくてもいいと思うんだけど、たまに面倒なことになることもある。
―――仕事早く終わったんだけど、おまえ今日遅いんだっけ?
夕方、ヒロからそんな連絡があった。
最近、仕事詰めで疲れてたから、ヒロにすごく会いたかった。
だけど、今日は、夜、飲み会に誘われている。
ちょっとコンパっぽい感じが、ものすごくドタキャンしたいのだけど、そんなことはできない相手。
―――ごめん!今日は仕事で飲み会があるから、帰れるの11時くらいになると思う。
夜7時
飲み会のため、早めに会社を出た私は、指定された時間ちょうどにお店についた。
今日はある芸人さんに呼ばれて、一緒に飲むのはテレビ局のプロデューサーさんと聞いている。
なんか、ヒロの影がちらついて、少しいやな予感がしていた。
「失礼します。」
個室に入ると、すでに局の人らしき2人がいた。
「こんばんは〜どうぞ入ってください。」
二人に促され、座敷の中に入った。
簡単に挨拶を済ませて、他の人が来るまでの間少し雑談をしていた。
「今日は、アナウンサーとモデルとあと代理店勤務の方が来るとだけ聞いてるんですけど、るいさんは…モデルさんかな?」
二人が目を見合わせてから私を見た。
「そうなんですか。私は代理店勤務の方ですよ。」
「えっ!!そうなんですか!絶対モデルさんかと思いました。まあ代理店の方は美人が多いですからね。」
「まあ、派手な人は多いですけど、派手なのは、男性の方が多いですよ。」
「芸能人のスキャンダル相手ってことが多いですよね。」
「知り合いでもいますけど、そういう人は、もう本当嫌な人が多いですよ。」
「そうなんですか!」
二人が手を叩いて笑った。
そのとき、個室の戸が叩かれた。
「よお。お疲れ。」
そう言って入って来たのは、今日の主役?、今田さん。
そして、さきほど、言っていた、他2人の女性。
「るいちゃん、久しぶりやね。」
「ご無沙汰してます。」
私は腰を上げて挨拶した。
今田さんが到着して落ち着くと、いろいろ話が弾んだ。
「今田さんは結婚相手に求める条件、厳しすぎるんですよ。」
今田さんと飲むとだいたいいつも同じような話になる。
ヒロと付き合う前は結構一緒に飲みに行っていた。
「るいちゃんだって厳しいわけやないけど、変わった男好きになるやないか。」
「そうですか?」
「今、彼氏とかいるの?」
一人の男性がそう聞いてきた。
「はい、一応。」
「どんなやつなの?」
「どんな…かわいくて、優しくて、かっこいいです。」
「めっちゃ好きやん!」
今田さんがげらげら笑っている。
ヒロのことどんな人と言われてもうまい言葉が見つからないけど。
「なんの仕事してる人?」
ああ、一番聞かれて困る質問。
「まあちょっと特殊な仕事ですけど…」
「へえ、スーツ着てする仕事?」
「うーん、まあ。…そうですね。」
…司会とかしてるし。
「えーやくざ?」
甲高い声で女性が言い放った。
「違いますよー」
苦笑いするしかない。
「前はなんかモデルと付きおうとったよな。今度はうまくいっとるんか?」
今田さんがそう聞いた。
もう5年以上の付き合いになる今田さんにはいろんなことを話している。
「まあ…そうですね。もう3年目になりました。」
「そっか。もう3年か。モデルの後、わりと間髪入れずに付き合いだしたんよな。」
「まあ、そうですかね。半年くらいはありましたけど。」
「代理店で働かれてて、モデルとどこで会うんですか?」
自分もモデルをやっている女性が聞いてきた。
「仕事で会うときもありますけど、その人は、友達の友達で、こういう感じで飲みに行って会いましたね。」
「今の彼氏はどうやって会ったん?」
「えーっと…、初めて会ったのは、もう6年くらい前で、私が社会人1年目で研修してるときに、紹介されたんですよね。」
あのときのことを思い出すのは至極久しぶりのことだった。
もう6年も前になる。
まさかそのときは、この人と付き合うなんて思ってもみなかった。
「へえ、結婚とか考えへんの?」
「もう30なんで、考えるんですけど、今、仕事が結構大事なときで、もうちょっとだけ後にしたいんですよね。」
「え、でも結婚するとしたら、今の人ってこと?」
今田さんが念を押すように聞いた。
「そう…ですね…たぶん。」
自分でも笑いたくなるほど歯切れの悪い返事だったと思う。
改めてそう聞かれると、気恥ずかしくなってしまう。
「ふーん。」
今田さんが無表情で頷いた。
「彼氏忙しいんだ。じゃああんまり会ったりもできないの?」
男性がそう言った。
「そうですね…なんか土日仕事なのに、平日急に半休だったりするので、休みが合わないんですよね。でもまあ、それになりは会えてると思います。」
私がそう言うと、今田さんがぼそっと、なんか俺らみたいな仕事やな、と言い、ドキッとさせられた。
「じゃあ、一緒にするどるん?」
今田さんはそう言って目を見開いた。
「はい…一応。」
「ほんまか。」
今田さんは口に手を当てて、少しのけ反った。
6人での食事会は、全員がおしゃべりだったせいか、店を出ようとしたころにはすでに12時近くなっていた。
さらにもう一軒行こうという誘いを丁寧に断って、タクシーを呼び止めた。
「やっぱり、家で彼氏が待ってると付き合い悪いねえ」
今田さんが茶化すようにそう言った。
「そんなことないですよー。明日も朝から仕事なんですー。」
「あれ?そうなん?ほな俺も明日仕事あるから、帰るわ。るい送ってくで。」
今田さんがそう言いながら一緒にタクシーに乗り込んだ。
「え、大丈夫ですよ!本当に!今田さん家と違う方向ですから。」
「そんなん言うなや。」
今田さんは半ば強引にタクシーを出発させた。
「るい…前にも一度言うたけど、いっぺん俺と付き合わん?」
「…また、そういうこと言って。」
私はお酒がまわって、少し赤くなった今田さんを窘めた。
「まあまあ本気やで。」
「たまに会うからきっとそう思うんですよ。私は今田さんが好きになるようなできる女性じゃないですよ。」
「そりゃ付き合ってみんとわからんやろ。」
「彼氏いるって言いましたよね?私。」
なんとか笑顔で、少しずつ近づいてくる今田さんをまた窘める。
「でも、結婚悩んでるんやろ?俺やったら別にるいがどんな忙しくてもええで。」
別に忙しいからだめとか言うんじゃないんだけどな。
「いや…」
「彼氏んとこ帰るなや。」
「…帰ります…よ。」
「つれへんな…」
「今田さんのことは好きですよ。」
「おまえ、この状況でそんなこと言うて、頭悪いん?」
「えっと…」
「ははっ悪かったわ。気にせんといてな。」
今田さんはいつものように柔らかく笑って、急に素面に戻ったかのようだった。
それから、他愛のない会話をしていたら、うちの前についた。
今田さんはわざわざタクシーを降りて、マンションの前まで来た。
「じゃあ、今日はありがとうございました。また呼んでくださいね。」
「呼んでええん?」
今田さんが自嘲したように笑った。
「もちろんです!」
そして、今田さんが片手をあげて、帰って行ったとき、なんの偶然かちょうど今田さんの正面から、ヒロがマンションに向かって歩いてきた。
たぶん先に目が合ったのは今田さんと、ヒロ。
それから、ヒロが私に目を向けた。
「有吉。」
「え!今田さん?お疲れ様です!お久しぶりですね。」
「久しぶり、おまえここ住んでんのか。」
今田さんは今一度、振り返ってマンションを見上げた。
「はい、さすがに引越しまして…今田さんどうしたんですか?」
「ちょっと飲みがあったから、送ってくてん。」
今田さんが私を見たが、気まずいことこの上ない。
「ああ、そうですか!偶然ですね!」
そんなヒロの言動もすべてが不自然なものに思えてしまう。
「まあ、また仕事しよな。」
今田さんはそう言って、ヒロとすれ違った。
「るい、おまえ、有吉と同じマンションってどんだけいいとこ住んどんねん。」
今田さんは私にそう言って、またタクシーに乗り込んで帰って行った。
今田さんのタクシーが見えなくなったころ、ヒロを見ると、こっちをじっと見ている。