毒舌芸人が恋人です。
□禁煙男子
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夜10時
一日働いて、重くなった足をひきずり、ヒロの家に帰って来た。
いまだにヒロの家だという感覚は変わらないけど、なんだかんだ最近は実家に帰るのも月に1度程度になっている。
施錠されたドアを開けると、中が少し賑やかだった。
ごくたまにヒロが仕事仲間を呼んで、家で飲んでいることがある。
廊下を抜けて、リビングのドアをゆっくり開けると、案の定、ヒロがテーブルを囲んでいた。
「ただいまー…」
私は遠慮がちに、リビングに入ると、振り返った方々に頭を下げた。
「あ!こんばんは。お邪魔してます!」
すると、ヒロの周りに座っていた方々が腰を上げて挨拶してくれた。
そこにいたのは、私からすると、少し珍しい人たちだった。
「こんばんは。いつもと顔ぶれが少し違いますね。」
ヒロはもともと、家に誰かを呼ぶことが少ないし、呼んだとしても、いつも同じ事務所の後輩の方とかだった。
「どうしても、うちで飲みたいってうるせえから。」
そう言ったヒロはうんざりした顔をしている。
「いいじゃん。ゆっくりしてってくださいね。」
私はそう言って、寝室へ逃げようとした。
「え、るいちゃんも一緒に飲もうよ!」
そう言ったのは、山崎さんで、相変わらずの明るさだった。
「あ、でもちょっと着替えてくるので…」
「いいよ!いいよ!そのままで!」
そう言って、立ち上がり、山崎さんがこちらへ走ってくる。
「おいっ…」
ヒロが声を上げるが、山崎さんが私の腕を掴んで、引き込んだ。
「もう…」
私は呆れながらも、山崎さんに引かれて、席に着いた。
「とりあえず、ビールでいい?」
竹山さんがグラスを出して、ビール瓶を傾けた。
「もう飲んできたのでやめておきます。」
「飲んできたの?それにしては帰り早いね。」
ヒロが言った。
「うん、接待だったからね。」
「代理店の人ってどこと接待するの?テレビ局?」
竹山さんがそう聞いた。
「それもありますけど、今日のは事務所さんですかね。」
「うちのタレント使ってくださいってことですか?」
「そんな感じです。」
私は頷いた。
「なんか、お前、タバコ臭い。」
ヒロがあからさまにいやそうな顔で私を見た。
「本当に?今日、珍しく喫煙席だったからね。となりの人、ずっとたばこ吸ってた。」
「接待の席でたばこ吸うやつなんているんすか。」
そう言ったのは綾部さんで、その隣にいるのは、坪倉さんと金田さん。
この人たちが珍しい。
「います、います。ちなみに今日の接待は、綾部さんたちの事務所でしたけど。」
「え、まじですか!よろしくお願いします!」
綾部さんが腰を上げた。
「家に帰ってきてまでやめてくださいよー!ちゃんと考えてます。」
私はニコッと笑った。
そのときヒロが、鼻を啜って、不機嫌な顔をした。
禁煙してから、ヒロは煙草の匂いを嫌がるようになった。
「やっぱり着替えてきますね。」
私は腰を上げた。
ヒロが無言で頷く。
「いやいや!いいじゃないですか!」
なぜかやたらと止めに入る山崎さん。
「なんでおまえは止めるんだ。」
「なんかおもしろいから。」
山崎さんがとても楽しそうな顔をしている。
「有吉さんってなんでたばこやめたんすか?すげえヘビースモーカーでしたよね?」
金田さんが言った。
「40になったから。」
「本当にそれだけなの?」
竹山さんが続けた。
「るいちゃんがなんか言ったとか?」
「全然ないですよ。」
私は首を振った。
「長生きするつもりなんですか?」
「いいだろ、なんでも。とにかく、着替えて来てよ。なんか違う銘柄のたばこの臭いがやだから。」
「有吉さんも結構独占欲あるんですね。」
「ねえよ。」
笑顔の村上さんの言葉にヒロが睨み返した。
「やっぱりちょっと、着替えてくるので、みなさんで楽しんでてくださーい。」
私はそそくさと、リビングを抜け出して、寝室に入った。
着替えを済ませて、リビングに戻ると、話はさらに盛り上がっていた。
私はヒロの隣に座った。
「なんか私服だと雰囲気変わりますね。」
綾部さんが私を見て言った。
「そうですか?」
「うん、なんか…」
「お前、まだ執行猶予中だからな」
綾部さんの言葉を遮って、ヒロが言った。
綾部さんが真顔になって、黙り込んだ。
「やっぱお酒もらおうかな。」
私は手を延ばして、ビールとグラスを目の前に持ってきた。
「なんかるいちゃん、ビールのCM出来そうな感じだね」
竹山さんが言った。
「えー!本当ですか?なんかうれしいです。」
「本当のOLだもんね。」
「いいなー、俺もこんな美人な彼女欲しいです、有吉さん。」
村上さんが項垂れた。
「無理だよ」
ヒロが小さな声で言った。
「有吉さんから行ったんですか?」
金田さんが言った。
金田さんの言葉にヒロがクスッと笑って、視線を下ろした。
「どうなの?最終的には有吉から?」
竹山さんが続けた。
私もヒロを見た。
「…まあ、そうだね。」
ヒロが小声でそう言って、小さく頷いた。
「すげえ!」
村上さんが声を上げた。
「ん?」
そのとき不意にヒロが私の方を振り返った。
「何?」
「いや、着替えたら、すごいるいの匂いしたから、なんか幸せな気分になった。」
ヒロはそう言って本当に幸せそうに笑った。
そのとき私を含め、そこにいた全員が黙った。
二人のときは別として、後輩の前で、しかも唐突にそんなことを言うから、私はきょとんしてしまった。
「有吉さん…」
「何時から飲んでるの…?」
やっと出たのはそんな言葉。
「…うるさいよ。」
いまさら自分のセリフに気付いたのか、ヒロが笑ながら言った。
おわり