毒舌芸人が恋人です。

□禁煙男子
1ページ/1ページ

夜10時



一日働いて、重くなった足をひきずり、ヒロの家に帰って来た。



いまだにヒロの家だという感覚は変わらないけど、なんだかんだ最近は実家に帰るのも月に1度程度になっている。




施錠されたドアを開けると、中が少し賑やかだった。




ごくたまにヒロが仕事仲間を呼んで、家で飲んでいることがある。




廊下を抜けて、リビングのドアをゆっくり開けると、案の定、ヒロがテーブルを囲んでいた。





「ただいまー…」




私は遠慮がちに、リビングに入ると、振り返った方々に頭を下げた。





「あ!こんばんは。お邪魔してます!」




すると、ヒロの周りに座っていた方々が腰を上げて挨拶してくれた。





そこにいたのは、私からすると、少し珍しい人たちだった。





「こんばんは。いつもと顔ぶれが少し違いますね。」





ヒロはもともと、家に誰かを呼ぶことが少ないし、呼んだとしても、いつも同じ事務所の後輩の方とかだった。




「どうしても、うちで飲みたいってうるせえから。」




そう言ったヒロはうんざりした顔をしている。




「いいじゃん。ゆっくりしてってくださいね。」




私はそう言って、寝室へ逃げようとした。




「え、るいちゃんも一緒に飲もうよ!」




そう言ったのは、山崎さんで、相変わらずの明るさだった。




「あ、でもちょっと着替えてくるので…」




「いいよ!いいよ!そのままで!」



そう言って、立ち上がり、山崎さんがこちらへ走ってくる。




「おいっ…」



ヒロが声を上げるが、山崎さんが私の腕を掴んで、引き込んだ。




「もう…」




私は呆れながらも、山崎さんに引かれて、席に着いた。




「とりあえず、ビールでいい?」




竹山さんがグラスを出して、ビール瓶を傾けた。




「もう飲んできたのでやめておきます。」




「飲んできたの?それにしては帰り早いね。」




ヒロが言った。




「うん、接待だったからね。」




「代理店の人ってどこと接待するの?テレビ局?」



竹山さんがそう聞いた。



「それもありますけど、今日のは事務所さんですかね。」




「うちのタレント使ってくださいってことですか?」




「そんな感じです。」




私は頷いた。




「なんか、お前、タバコ臭い。」




ヒロがあからさまにいやそうな顔で私を見た。




「本当に?今日、珍しく喫煙席だったからね。となりの人、ずっとたばこ吸ってた。」




「接待の席でたばこ吸うやつなんているんすか。」



そう言ったのは綾部さんで、その隣にいるのは、坪倉さんと金田さん。



この人たちが珍しい。




「います、います。ちなみに今日の接待は、綾部さんたちの事務所でしたけど。」




「え、まじですか!よろしくお願いします!」




綾部さんが腰を上げた。




「家に帰ってきてまでやめてくださいよー!ちゃんと考えてます。」



私はニコッと笑った。





そのときヒロが、鼻を啜って、不機嫌な顔をした。



禁煙してから、ヒロは煙草の匂いを嫌がるようになった。



「やっぱり着替えてきますね。」



私は腰を上げた。




ヒロが無言で頷く。




「いやいや!いいじゃないですか!」




なぜかやたらと止めに入る山崎さん。



「なんでおまえは止めるんだ。」



「なんかおもしろいから。」




山崎さんがとても楽しそうな顔をしている。




「有吉さんってなんでたばこやめたんすか?すげえヘビースモーカーでしたよね?」




金田さんが言った。




「40になったから。」



「本当にそれだけなの?」




竹山さんが続けた。





「るいちゃんがなんか言ったとか?」





「全然ないですよ。」




私は首を振った。





「長生きするつもりなんですか?」




「いいだろ、なんでも。とにかく、着替えて来てよ。なんか違う銘柄のたばこの臭いがやだから。」




「有吉さんも結構独占欲あるんですね。」




「ねえよ。」




笑顔の村上さんの言葉にヒロが睨み返した。




「やっぱりちょっと、着替えてくるので、みなさんで楽しんでてくださーい。」




私はそそくさと、リビングを抜け出して、寝室に入った。











着替えを済ませて、リビングに戻ると、話はさらに盛り上がっていた。




私はヒロの隣に座った。




「なんか私服だと雰囲気変わりますね。」




綾部さんが私を見て言った。



「そうですか?」




「うん、なんか…」




「お前、まだ執行猶予中だからな」




綾部さんの言葉を遮って、ヒロが言った。



綾部さんが真顔になって、黙り込んだ。



「やっぱお酒もらおうかな。」



私は手を延ばして、ビールとグラスを目の前に持ってきた。




「なんかるいちゃん、ビールのCM出来そうな感じだね」




竹山さんが言った。




「えー!本当ですか?なんかうれしいです。」




「本当のOLだもんね。」



「いいなー、俺もこんな美人な彼女欲しいです、有吉さん。」



村上さんが項垂れた。




「無理だよ」




ヒロが小さな声で言った。




「有吉さんから行ったんですか?」



金田さんが言った。



金田さんの言葉にヒロがクスッと笑って、視線を下ろした。



「どうなの?最終的には有吉から?」



竹山さんが続けた。



私もヒロを見た。



「…まあ、そうだね。」



ヒロが小声でそう言って、小さく頷いた。



「すげえ!」



村上さんが声を上げた。




「ん?」




そのとき不意にヒロが私の方を振り返った。




「何?」




「いや、着替えたら、すごいるいの匂いしたから、なんか幸せな気分になった。」




ヒロはそう言って本当に幸せそうに笑った。




そのとき私を含め、そこにいた全員が黙った。



二人のときは別として、後輩の前で、しかも唐突にそんなことを言うから、私はきょとんしてしまった。



「有吉さん…」




「何時から飲んでるの…?」




やっと出たのはそんな言葉。




「…うるさいよ。」





いまさら自分のセリフに気付いたのか、ヒロが笑ながら言った。






おわり

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ