毒舌芸人が恋人です。
□×マツコ様
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今日は、先輩のご家族の不幸で、急に新しいCMの撮影に立ち会うことになった。
朝から、資料メールに目を通す。
タレント起用のCMなので、時間にも制限がある。
ほとんどすることはないが、企画内容を頭に入れなくてはいけない。
そして、撮影の前にヒロにメールを入れた。
―――
これから、急にマツコ・デラックスさんのCM撮影に立ち会うことになりました。
―――
そう、ヒロのテレビでは毎週見ていて、大好きなマツコ・デラックス様に会えます!
話せないかもしれないけど、見れます!
ヒロが小さく見えるサイズ感。
マツコ様だけは、本気でヒロに会わせてほしいと頼もうかと思っていたくらい好き。
マツコ様だから、こんな急な仕事引き受けたのだ。
しばらくすると、ヒロからの返信があった。
―――
よかったな。念願のマツコさん。
マツコさんに、連絡しとくよ。
―――
私が大好きと知っていて、なかなか会わせてくれないヒロは、いつもマツコ様との仕事のとき、地味に私に自慢してくるのだ。
ただ、そういうとき、なぜかものすごくヒロの芸能人性を感じる、私。
―――
えー!?
私がマツコさん好きって?
うん。
写真付きで。
ありがとう
ヒロ大好き!
ヒロすごい!
おまえ、たまに現金だよな
ごめん笑
マツコさんと息ぴったりで仕事してるヒロを私は尊敬してるんだから。
それでは俺はるいが尊敬しない若手芸人共と仕事して来ます。
…がんばってください。
―――
まるで、私が若手芸人を見下しているような、言い方だと、少しイラっと来たものの、マツコ様に連絡しておいてくれるという大きな借りがたるため、今日は応戦しない。
私はうきうき気分で現場に向かった。
「何?るいさん、今日は機嫌がいいね。」
現場でマツコ様を待っている間、最終確認をしていると、カメラマンさんが私を見て言った。
「マツコ・デラックスさんだからでしょ?急な交代を了承したのだって、タレントがマツコさんだったからじゃないの?」
同僚の一人が笑って言った。
「…実は、そうなんです。これまで一度もお会いしたことなくて。」
私がそういうと、みんなが笑って言った。
「マツコ・デラックスさん入られます!」
その声が上がった途端、私は勢い良く立ち上がって、入り口を見た。
そこに現れたマツコさんは、テレビで想像していた通りの迫力。
おっきい…
「わあ…」
思わず感嘆の声をあげてしまった。
マツコさんはスタッフに丁寧に挨拶している。
あと4人、3人、2人、1人…
「よろしくお願いします……あら。あらあ!?」
私にまで挨拶をしてくれたマツコさんが、顔を上げると、私の顔を見てはっとした。
「あなた、あれよね?さっきメールもらったんだけど。」
マツコさんは私にぐっと詰め寄った。
ヒロ、本当に大好きです!!!
「はい!そうです!今日はどうぞよろしくお願いします!」
私は大きく頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくね。ちょっと後で楽屋きて頂戴ね。」
マツコさんが声を潜めて言い、セットの中へ入って行った。
撮影中のマツコさんをただ眺めて、言動に小さく歓喜する私を、同僚が呆れた顔で見ていた。
撮影後、緊張しながら、マツコさんの楽屋に行った。
いくら呼んでいただいたとはいえ、緊張する。
しかもヒロに頼んでもらったのだから、おこがましい…
でもどうしても会いたい気持ちが勝って、私はドアをノックした。
「どーぞぉ?」
「失礼いたします。」
私はゆっくりと、ドアを開き、深く頭を下げた。
イメージかもしれないけど、礼儀とかに厳しそうな、マツコさん。
ヒロの顔もあるし、失礼はできないと、久々に心から緊張した。
「あら、こんにちは。」
マツコさんは顔をバッと上げて、目を見開いた。
「こんにちは。初めまして。」
何度も頭を下げていると、マツコさんが座って座ってと、メイク台の隣の席を指した。
私は失礼しますと言って、座った。
「なんかごめんなさいね。普通なら、3人で会うわよね。」
「いえいえとんでもないです。私、もともとマツコさんの大ファンなんですよ。」
「えー!そうなのー?あの人、そんなこと一言も言ってなかったわよ?」
マツコさんが大げさなくらい口元を押さえて、のけ反った。
「そういう奴なんですよ。私がマツコさんのファンだって知りながら、あっそで済ませるやつなんです。」
「私にも、あなたのこと何にも話さないのよ。もう付き合い始めて、結構経つのよね?」
マツコさんが私を見て真剣に話してくれるなんて、すごい感動がある。
「そうですね。もう2年は経ちましたね。」
私は頷いた。
「そうなんでしょー?最近まで、彼女がいることも言わなかったのよ。そしたらこないだ、急にいるって言うからびっくりしたのよ!」
マツコさんはそう言いながら、私の分のコーヒーを用意してくれた。
「一応、私が一般人だからって、言わなかったみたいです。」
「ちゃんと考えてるのねえ。でもあんな忙しい人と付き合ってて寂しいこととかない?」
「でも偶にお休みもあったり、夜は時間あったりするので、そんなにさみしくないです。」
「でも長いお休みとかお正月くらいでしょ。」
「そうですね。でも、休みが取れないのは私も同じなので。」
「広告代理店で働かれてるのよね?あの人、いつ自分の仕事が無くなっても大丈夫な女性と結婚したいって言ってたけど、本当なのね。結構お忙しの?」
そう言われると苦笑いしかできないが、さすがマツコさん、ずばっと言う。
「そうですねえ。なかなか、会えないですね。」
「じゃあ、あの人が寂しいのは本当なのね。」
「そうですねえ」
ヒロは私には寂しいとかそういうことは絶対に言わない。
「でも大変でしょ?あんな人と付き合うなんて。」
「みなさん、そう言いますけど、普段、あんなじゃないですからね。」
「そうだけど!周りは少なからず、ゲテモノの世話してるって目で見られるわけでしょ?」
「ゲテモノじゃないですよ!」
マツコさんの言葉に私は笑ってしまった。
「なんか色々細かいじゃない?これがだめ、あれがだめ、とか。」
「ああ、それはたまに面倒ですけど、あんまり気にしないようにしてます。いやだって言われたら、しないようにはしますけど、合わせられないものは、諦めます。」
自分でも自分の適当さに笑ってしまった。
「なんだか、納得だわ。」
マツコさんがなめまわすように私を見て、頷いた。
「なにがですか?」
私はその視線に少し慄いた。
「素で明るくて、清潔で綺麗で、礼儀正しいし、自立してるし。あの男が好きなのはあなたみたいな人なのね。」
少し綺麗って初めて言われた。
「本当そんなことないです。どっちかっていうと、私も色々文句言われるんですよ。」
「そうなの?どうせ丸まったナイフでかするくらいでしょ?」
「まあ、プライベートですからね。」
「ちょっと、今度ぜひ、3人で会いましょうね。有吉さんのでれっとするところなんて見れたら、私それで3日間安眠できるわ。」
「ぜひぜひ。」
マツコさんがテレビ見てる通りだったために、私はウキウキが止まらなかった。
「でも、お忙しいんでしょ?あ、お家はどのあたり?」
「一応、今実家なんですが、ほとんど有吉さんの家に住んでます。」
「え!?一緒に住んでるの!?」
マツコさんが口元を押さえて、驚いた。
マツコさんの前だから、いつもは絶対に言わない有吉さんなんて呼び方をしてしまった自分を、心の中で笑った。
「なかなか会えませんので、1年前から一緒に住み始めました。」
「えっ!もしかして、あの人が健康に気を使い始めたのって、それが原因なの?」
「それは単純に40歳になったからだと思いますよ。」
私は首を振って否定した。
確かにヒロはこの一年で、やっと健康に気を使うようになってくれた。
「いやいや、だって、結婚も子供も考え始めたら、それは私なんかとはモチベーションが違いますよ。」
「でも、本当最近、私が自分用に作ったサラダボールとか食べちゃうんですよ。」
「えっ?あの人、人が作ったもの食べるの?」
マツコさんは目を丸くして聞いた。
「全然食べますよ。」
マツコさんがへえと声を上げた。
「外食でいいと言ってくれるヒロに結構甘えてるんですけど、最近本当にメタボ体型だよってことを言い続けてたら、サラダとか朝つまむようになったんですよ。最近は毎朝、そっと冷蔵庫にサラダボウルを入れて置きます。」
「まあ、あなただって、子供産むとなれば、旦那には長生きしてもらわないとでしょ?」
「私は…まだそんなこと、…考えてませんよ。」
自分で声に自信がなくなったのがわかった。
「ええ?失礼だけど、あなたももう30歳になられたんでしょ?全く考えないことないでしょう。」
マツコさんは目線を少し下げて、私に合わせ、諭すように言った。
「正直…有吉さんの…ヒロの妻になる覚悟はまだないです。ヒロを幸せにする覚悟が。もう絶対地獄なんて見せたくないし、さびしい思いもさせたくないです。でも、私にできるかわからなくて」
マツコさんなら、答えをくれるんじゃないかと思った。
「そんなこと、気にしなくていいと思うけどね。」
マツコさんが眉を顰めて言った。
「…そうですか?」
「あれでしょ?彼が、自分を必要としてるのかとか、幸せに出来ているかってことでしょ?それ普通は男が思うやつよ。まあ、あの人は自分じゃなかなか幸せになれないだろうから、気持ちはわからないでもないけど。」
「そうかあ…」
私は真剣に考え込んでしまった。
「時間が解決してくれるわよ。ずっと一緒にいれば、ああ、もうこの人しかいないって思うんだから。って私に言われても仕方ないでしょうけど。」
マツコさんが眉間にしわをよせて言った。
時間か…