毒舌芸人が恋人です。
□おじさんの憂鬱
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「るいが好きなんだよお…」
俺はカウンターに突っ伏し、るいを見上げ、小さく囁いた。
酒が入ってるせいでいつもより、ハイな気分かもしれない。
山アが煽り、綾部がひっきりなしに酒を入れ、吉村がわけのわかんねえことをして、俺の酒を進ませたせいだ。
こんなメンツで飲んでも、ロクなことがない。
山アの言った一言が頭の中で繰り返される。
「若い子が熱しやすく、冷めやすいっていうのは常識でしょ!!」
るいが一般的な若い子かどうかはよくわからないが、俺からしたら、10個年下の'若い子’の一種であることは確かで。
全ての女がそうではないかもしれないが、少々年の離れたるいと付き合っているせいか、その言葉が内心気になって仕方がない。
自分でいうのもなんだが、俺は欠陥ばかり男だ。
るいならいくらでも、もう少し年の近い、まともな男が言い寄って来てるだろう。
もちろん俺は彼女を手放す気などない。
もし、この関係が終わったとして、とても俺に次があるような気もしないし。
結構るいにどっぷり惚れ込んでいる自覚もある。
「ヒロ、お酒くさい」
顔をあげればそのるいが、怪訝そうな顔をしている。
「当たり前だろ、呑んでんだから…」
綺麗な顔してるし。
「飲み過ぎだって。もうみんな帰っちゃったよ?」
優しいし。
「つーかなんでおまえいるんだっけ?」
いい匂いだし。
「はー?ヒロが呼んだんでしょ?」
そう言えば、酔っ払ってるいに電話して、近くで飲んでたから、呼んだんだ…
「連中に会ったのか?」
「会ったよ。ヒロ、寝てたけど。」
俺はるいと視線を合わせた。
「…なぁ、」
「ん?」
「るいはなんで、俺みたいなおじさんがいいの?お前なら、もっと年の近いピチピチの男がいるだろうに…」
最もるいに聞きたくない質問を口にする。
俺以外の男など、絶対選んで欲しくはないくせして。
「…急に、何言ってるの?」
るいは眉を顰めて、俺を見た。
まあ普通の反応だろう。
俺は何も答えなかった。
黙っていれば、るいは答えてくれるとわかってた。
「…年なんて関係ないでしょ?私は…ヒロが好きなんだから…」
少し照れたるいが困ったように俺を見る。
「でも、飽きないとは限らねえんじゃ…」
俺はすぐにそう切り返した。
本当はるいの言葉が嬉しいくて大手を上げて喜びたいのに、単純に喜べない自分もいて、身体の奥底から沸き起こったものを抑えることが出来なかった。
おじさんってこんなもんなんだ。
だってきっと、俺の方が彼女を好きな自信がある。
情けないくらいに…。
るいももうアラサーだけど、子供にそんなに執着もなければ、まだチャンスがあって。
るいは、やっぱり俺じゃなくても…
「ヒロッ!」
るいが、突っ伏している俺の肩を掴み、荒々しく起こした。
「え?うお!」
俺は後ろに倒れそうになるのをカウンターをつかんで止めた。
るいを見れば、眉間にしわを寄せて、俺を睨んでいる。
…怒ってる?
一気によいが覚めるような感覚だった。
るいはめったに俺を怒らないし、怒ったとしても、呆れたように俺を見るだけだった。
でも今は、完全に目が怒っている。
「るいっ、ンッ……」
そのときるいの顔がぐっと近づいてきて、俺の唇に唇を押し当ててくる。
俺は情けないことに目を見開いて、固まってしまった。
「………っ」
…るい。
るいがこんな大胆な事をすることはない。
キスは、いつも俺から…
「私はヒロが好きなんだから、私の気持ちにけちつけないで!ヒロでもだめだから!」
いつも白い肌を真っ赤に染めながら、興奮した声で俺に言い放つるい。
「…るい、俺……」
なんかまずいと思い、口を開いた瞬間、今度は抱きつくようるいが唇を塞いできた。
俺は、首に抱きつく彼女の背中に手を回した。
なんか酒のせいもあって、頭がおかしくなりそうだった。
るいの行動と言葉に、俺は胸が熱くなって、動揺していた。
こんなにも俺の中のるいが占める割合が、大きくなっている。
連中や若手に知られたら、いいからかいネタにされるな。
「俺も愛してるよ。だからお前さえ良かったら……ずっと…」
「えっ……」
「え、え、え?」
なんだかすごく思わせぶりなことを言って、ヒロはまたカウンターにひれ伏した。
その顔を除きこもうとすると、寝息が聞こえた。
しかも、近づいたことで、酒臭さが強調された。
「なに、今のセリフ…」
私さえ良かったら、ずっと…って…
めっちゃ気になるじゃん。
私はヒロの背中を強く叩いた。
もう、今日来なきゃよかったよ。
なんで他の男にしないんだ的なこと言われるし、こんな生殺しされるし。
なぜか2回も自分からキスしちゃうし…
意識が徐々に覚醒し、窓からの光が最初に目に入った。
なんとなくだるくて、頭も重い。
これは二日酔いだ
なんも覚えてない…
ふと隣を見ると、るいの寝顔があった。
あまりにも近かったから、なんとなく頬を指で押してみた。
すると、わかりやすく顔を顰めた。
しばらくいじり続けると、るいが目を開いた。
「ん〜おはよう。」
寝起きのいつもとは違う声とともに吐息が自分の顔を掠めた。
「…なんかさ、昨日おまえ、俺の飲み会来てなかった?」
昨夜の記憶を探るが、なぜだか、仕事仲間との飲み会にるいが来たような映像がある。
「行ったよ。てか、ヒロが呼んだんだよ…」
なんだかすごい呆れてる様子だ。
「え、ごめん。」
また、酔っ払って、連絡してしまったわけだ。
笑いがこぼれた。
「笑い事じゃないし…」
いつもなら、俺が笑えばもらい笑いしてくれるるいは、ちょっと嫌な顔をして、俺に背を向けるように寝返りをうった。
「え、なんかした?」
大概なんでも許してくれるるいにこんな態度をとられて、俺はその顔を覗き込もうと、後ろから覆いかぶさった。
「…おまえなんか、若い男と付き合った方がいいとかて言って…」
「え?え?俺が?」
まったく記憶がないが、いやな汗が吹き出た。
「冗談って感じじゃなかったなー…」
え、落ち込んでる?
怒ってる?
そんなにひどいこと言ったのか…
「まあ、いいよ。」
「昨夜はだいぶ飲んだからな…」
「でも、そのあと…」
「ん?」
「やっぱなんでもない。」
「なに?すげえ気になるじゃん。」
「いいの!」
それ以上にひどいことを言ったのか?
だけど、なんかさっきとは違い、ちょっと嬉しそうにしているるいを見て、なんか絶対恥ずかしいことを言ったと確信した。
「まあ、いいけど、他の男のとこなんか行くんじゃねえよ。」
「ふふ。行かないよ。」
酒に飲まれても、大事なことは覚えてよう。
若手に何言おうが知ったこっちゃないが、るいに何を言ったかは覚えとこう。
うん。
おわり