毒舌芸人が恋人です。
□どうしても守りたかった
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運転手には悪かったが、急かしまくって着いた病院に俺は駆け込んだ。
人目を気にせず、正面玄関から入り、受付の女性にるいの名前を言った。
「るいって女性が急患で運ばれてるはずなんですけど!」
「え、あ!?」
女性が俺の顔を見てはっとした。
「処置中ですか?」
焦っていた俺は畳み掛けた。
「確認させていただきます。」
女性が、パソコンを操作し始めた。
その間、机を叩く指が止まらない。
「はい。只今救急で処置しております。」
「どこですか?」
俺はあたりをきょろきょろした。
「隣の棟になります。失礼ですが、有吉さんですよね?病院で騒ぎを起こすわけにはいきませんので、大変お手数ですが、こちらのマスクつけていただくこと可能ですか?」
そのとき俺はひどく怪訝な顔をしていたに違いない。
こんなときに、マスクで顔を隠せなんて。
それでも、女性は凛としていた。
彼女は自分の仕事をしているだけだし、確かに病院で騒ぎになったら洒落にならないのはわかる。
俺はそれを受け取った。
「ありがとうございます。それでは私がご案内します。」
別に方向だけ教えてくれれば…
…俺、方向音痴だった。
俺は大人しく付いて行った。
早足の俺に合わせて受付の女性も小走りだった。
そして、俺が通されたのは、静まり返った診療室。
処置が終わっている様子のるいが背中を向けて座っていた。
受付の女性は俺を通すとすぐにその場を去った。
「るい?」
俺は恐る恐る名前を呼んだ。
るいは怒ってないだろうか。
「え、ヒロ!?」
るいはくるっと振り返って、目を手で顔を覆って目を丸くした。
その頬には大きなガーゼが付いていて、俺は言葉がでなくなってしまった。
「どうしたの!?ていうか、情報早いし。」
「事務所から連絡あって…」
「そっか。」
「怪我は?」
俺はるいの隣にパイプ椅子を引っ張って行って座った。
「あ、全然大したことないよ。かすっただけだったし。」
るいは腕と頬を指して言った。
「腕も?」
俺はるいの肘あたりをつかんだ。
「大丈夫だよ。もう血止まったし。」
るいが優しい顔で俺を見た。
「結構出血したの?」
「ちょっとね。でもアドレナリン出てたから、痛くなったんだけどね。」
そう言ったるいが俺を気遣ってるのがわかる。
「実はあれ、俺にストーカー行為してた女で。」
俺は意を決してそう伝えた。
「うん。」
るいは口をつぐんで、頷いた。
「知ってたの?」
「あの女の人ヒロの部屋を探してた。エレベーターまで私に付いてきて、エレベーターの中でカッターを出してきたの。」
俺の眉がぴっくと動いた。
「カッターできられたの?」
俺はるいの頬のガーゼに触れて、顔を近づけた。
「ヒロ…」
「怖い思いさせて本当ごめん。痛かったろ?」
こうして無事でいてくれて本当によかった。
「もう大丈夫。ヒロの家教えるわけにいかなかったし。」
るいは首を振った。
「そんなことどうでもいいんだろ…危ないと思ったらそんなの言ってもいいんだよ。家なんて引越しゃいいんだから!…おまえが怪我するほうがずっと俺は怖い。」
俺は強い口調で言った。
「家言っても刺されたかもしれないし。」
「そうだけど…」
「…確かに私もムキになってた。」
るいは少し間を空けて、悟ったように言った。
「俺を守ろうとしてくれたのは嬉しいけど、自分のこと考えてよ。」
「…ごめん。」
るいの顔がしょんぼりする。
「いや、謝らなくていいよ。」
るいが悪いことなんて一つもないんだ。
ヒロが今にも泣きそうな顔をしていた。
「ごめん。」
今度はヒロがそう言って、項垂れるように私の肩に顔をうずめた。
「大丈夫だよ。」
私はヒロの髪をくしゃっと撫でた。
「俺のせいで。」
膝に置かれたヒロの手を真っ赤になるほど強く拳を握っていた。
「ヒロのせいじゃない。」
私は首を振った。
「もっとちゃんとしなきゃいけなかった。るいのこと考えられてなかった。」
「まさかこんなことになるなんて誰もわからなったよ。」
私はそうやってヒロの言葉に返し続けた。
ヒロが本当に泣いちゃうんじゃないかって思った。
「守れなくてごめん。」
ヒロが腕を背中に回して私を抱き締めた。
これだけで、怖かったこととか全部忘れられる気がする。
「こうやって飛んできてくれただけでうれしい。」
私は笑った。
「でも、るいが元気で本当によかった」
ヒロがすっと顔を上げた。
だけどその手は強く拳を握っていた。
「ヒロ、ストーカーされてるとか、一言も言ってくれなかったよね。」
「…心配すると思ったし。」
「ヒロ、いっつもそう…」
私はため息をついた。
「今は、その話じゃなくってさ、るいの怪我…」
「心配させてよ。この怪我したのだって、私は全然気になんかしてない。私はヒロのそばに居たくているんだから!」
「…ありがとう。もうこんなこと一生起こさせない。」
「うん、信じてる。」
ヒロはいつだって約束を守ってくれたから。
その日のうちに俺たちは病院を出て、タクシーに乗った。
「傷、残ったりするの?」
俺はるいの顔を見た。
「ほっぺのは本当かすり傷だから、大丈夫だけど、腕のはちょっと残っちゃうかもだって。でも若いから消えるかもだって!」
「ちゃんと、包帯と変えるんだよ。」
そう言ったのは自分のためでもあった。
るいに残る傷を見る度、俺は涙が出てしまう気がしたから。
「わかってる。綺麗な肌でいて欲しいのね。」
るいがうんうんと頷いた。
「俺は別にどんなでもいいけど」
「本当に?」
「嫁入り前の女の子に傷つけちゃった責任は取りますよ。」
言ってから、なんでこんな風にしか言えないんだと思った。
「ふふ」
案の定るいには笑われ。
「じゃあ、助けに来てくださいね。」
「努力します。」
結局いつもこうして冗談半分なことしか言ってやれない。
「そうだ。帰ったら警備員さんにお礼言わなきゃ。廊下のカメラ見て、飛んできて、あの人を取り押さえてくれたの警備員さんなの。あの時は動揺しててお礼言えなかったから。」
るいが俺に一生懸命説明した。
「それは俺も一緒に行く。」
ポンコツな俺の失態からるいを守ってくれたわけだし。
「本当に、刺されるところだったから…」
るいが小声でそう呟いた。
平気そうな顔してるけど、一人でカッター突きつけられて平気な女性なんているはずがないんだ。
「俺…」
「ヒロ、」
るいが俺の言葉を遮って名前を呼んだ。
「ん?」
「私、どんなことがあっても、ヒロのそばにいる自信がついたかもしれない。」
まっすぐ迷いなく、るいは俺を見ていた。
澄んだ目を俺が直視できないほどに。
「だから…んっ」
俺はるいの言葉を遮るようにキスをした。
愛おしくて、堪らなくなった。
こんな俺をやっぱり愛してくれる。
そして俺もやっぱり愛してる。
「俺も…どんなことがあってもるいを守る決心ついた。」
自分でもすごい硬い表情をしてるに違いないと思った。
「うん、私、嬉しい。」
るいが幸せそうに微笑む。
「なんか飯食ってく?」
俺はそう切り出した。
「そうしよっか。らーめん食べたい。」
るいがさらにニコッと笑った。
「いいね。」
こうしていつもの夜に少しずつ戻っていく。
おわり