毒舌芸人が恋人です。
□いったい何の冗談で
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わけのわからない喧嘩売られて、なんとか買わずに済ませてから10日間。
なんでこんなにあっという間なんだろう。
ヒロがいないと、つまらないから、毎日がゆっくり進むのかと思っていたのに。
一人でいると、むしろもっと早くて、もう10日も経ってしまったなんて嘘みたいだった。
明日連絡しようと毎日思うのに、結局送信できないメッセージ。
最初の3日はちょっと頭を冷やしてもらおうと思ってた。
ヒロが酔ってて普通じゃなかったのはわかってたし、ヒロだって冷静になればどれだけばかばかしいことかわかるだろうから、そんな大した喧嘩でもない分、適当に仲直りできればいいなんて思ってた。
だけど、そのときヒロが言ってた、例の記事を目にした。
記事になってたのは知ってたけど、最近はそんなの気にすることなんてなかった。
だけど、なんでか、あそこまで言われると、よくよく記事を読んでみたくなって。
記事を読んでいると、確かにヒロと仲良さそうだなとか、ちょっとだけ思ったりして。
しかもそれをあの時本人から気にしろみたいに言われた私は、なんだかどんどんいらいらしてきて。
ああ、ヒロがあのとき苛立ってたのはこんな感じのイライラかと理解した。
そんなこんなで、ヒロと同棲を始めた一年前以来、こんなに会わなかったことはたぶん初めて。
ただ久しぶりに一人の生活も悪くはなくて、実家で親孝行する毎日を送っている。
生放送を見つつ、ヒロが生きてることは確認してるし、たまには別居も悪くないかもなんて思っていた別居10日目。
今日は最近ちょっと有名になった大学の後輩と久しぶりに飲みに行くことになった。
彼女は就活のときから知っているけど、最近、ヒロとも仕事をするようになって、うちでヒロと彼女の話をすることなんかもたまにある。
ただ、彼女にも、私たちが付き合ってるなんて言っていないから、いつも彼女からヒロの話を聞くのが楽しくもある。
私がレストランに到着すると、すでに到着していたらしく、奥の方に通された。
仕事仲間との飲み会では来ないような、イタリアンレストランに少しわくわくした。
「先輩!おわり久しぶりです!」
私を見つけるなり立ち上がった彼女は相変わらずにこにこしている。
「久しぶりだねえ。ミト。」
「先輩、やっと会ってくれましたね。」
「いや、忙しかったのそっちでしょ。」
私は店員さんに案内されて、席についた。
「そんなことないですよ!たぶん局アナの中ではそんなに忙しくないんですよ。」
ミトは大きく手を横に振って否定した。
「まあ、朝遅いからね…」
「そんな働いてないみたいに言わないでくださいよ。」
ミトがテーブルにひれ伏して言った。
「相変わらずなんかおもしろいね…」
「なんですかそれ。先輩、私最近どうですか?」
会う度に聞かれる謎の質問である。
「どういう意味?」
思わず笑ってしまった。
「やっぱり先輩はイメージ調査とかよくやってるから。」
「私、ミトのことナンデスでしか見ないからなー…」
それから、あれこれイメージについて聞かれて小一時間が経っていた。
そこでなんとなく、10日間見ていないヒロのことを聞いてみようと思った。
「そういえばこの前、あれも見たよ。有吉ゼミ。」
「え!ありがとうございます!どうでしたか?」
「そうだねえ…有吉さんと仲良さそうだった!」
「あれはテレビでだけですよ!裏でほとんど話してくれないんですから!」
「えー?でももうナンデスではずっとやってるでしょ。」
「まあ少し話してくれますけど、なんかいくら仕事してもよくわかんないです。」
「そっか。」
「特に、今週すごい機嫌悪いのか、全然話してなかったですね。」
「そうなんだー」
ちょっとは薬が効いてるのかな。
「有吉さんみたいな人ってどうしたらいいんですかね?私はすごく大好きなんですけど、全然心を開いてくれないんですよ。」
「こっちが心開いてないと思ってるだけで、実は結構ミトのこと信頼してるんじゃない?」
「そうですかね?そうだといいんですけどね…でも、このまえ、大島さんとお話ししたときに、有吉さんとうまくやる方法を話なったんですよ。」
なんて迷惑な男なんだ。
「へえ、どんなの?」
「仲良くなろうと思って、近づいていくと遠ざかるから、もうなにもしないで、距離を保つっていう。」
ミトが笑いながら言った。
「それ、友達いない人じゃん…」
「でも有吉さんのことはみんな好きですから。」
「ふーん。」
「先輩、有吉さんと仕事したことありますか?」
「CM一本やったのと、太田プロとの接待で会ったことあったりとか。」
「出演者で飲みに行くって言っても、来なかったり、すぐ帰っちゃたりするんですよ。」
「そういう人だよね。」
「知ってるんですか?」
「全然。」
なんか口が滑ってしまう。
「でも、うちの大学の人とよくテレビ出てますよね。」
「うん、そうだよね。」
「昨日の夜有吉ゼミの収録で会いましたけど、金曜より負のオーラがあったんですよ。竹山さんがいたんですけど、なんかプライベートでなんかあったあらしくて。」
そう言ったミトの顔がニヤニヤしていた。
「そっか。どうしたんだろうね。」
「でも有吉さんって、プライベートで悩むこととか少なそうじゃないですか!だからメイクさんと女絡みじゃないかって噂してたんですよー」
「ああ…そうなのかな…」
「だとしたら、大ニュースですよね。有吉さんの彼女さんってどんな人か気になりませんか?」
「うん…まあまあ」
かわいい後輩をだましてる場合じゃないよ、私。
「まあ、とにかく、有吉さんには早く元気出してほしいですよ。カメラ回ったらそんなことないんですけど、竹山さんとかすごく心配してたので。」
「そっか…」
早く連絡して来いよー、有吉。
ミトと別れて、帰路についた私は、実家へと足を向けていた。
地下鉄の中、ヒロの家の最寄駅が次であることに気付いて、目を伏せた。
意地を張ってる私もよくないけど、今回はあきらかにヒロが悪いのだから、ヒロから連絡がかかってくるまで私は連絡しない。
そう思って、その駅に停車した電車の中ぼんやりとホームを見ていた。
すると、ある一つのシルエットが目に留まった。
こんな駅にいるはずがない。
10日会ってないだけで、そんな影を探すなんて、私も結構…
そう思いながら、無意識にその影を追っていた。
しかし、似ているというにはあまりにも、背中の丸まりかたとか、足の感じとか、洋服とか…
まさか…
そう思った時には、電車を飛び降りていた。
「ヒロ?」
そして、その人の腕をいつの間にかつかんで引き留めていた。
「え?」
そうして、振り返ったのは、10日ぶりのヒロだった。
「るい…」
目を丸く見開いたヒロの声は、電車が走り去る音でかき消された。
「ヒロ…」
突然飛び降りたから、言葉が出なかった。
「…久しぶり。」
「…ああ。」
ヒロの瞳が小刻みに揺れていた。
「珍しいね、ヒロが電車…うわっ!」
なんとか見つけた言葉は、急に抱きしめられて、遮られた。
ヒロの腕の力がどんどん強くなって、骨がきしみそうになる。
「…るい…」
かすれたヒロの声が私の名前を呼ぶ。
「ん?」
「帰ろう。」
「うん…」
私はヒロの背中に腕を回し、その背中を撫でた。