毒舌芸人が恋人です。

□どんなに面倒でも
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「ただいま。コンビニ行ってたの?」




ヒロの手元を見て、私はそう言った。




「うん。今日の飲みって今田さんとだったんだ。接待?」




「いや、ほとんどプライベート。」



ヒロが私の前を歩き、エントランスを開錠した。




「え、仕事って言ってなかった?」




「プライベートという名の仕事だよ。今田さんのお誘い断れないでしょ。」




「まあ、そうだな。でも、昔から仲いいじゃん。」




「そう…だね。会社入って初めて接待の席に呼ばれて居たのが今田さんだったから。」





「俺ならただ接待されただけで、名前呼び捨てにしないわ。」




なんか、口調に棘が…




「あれは、酔っ払ってたからで、普段は呼び捨てになんてされてないし、今田さんってそういう人だし。」




「ふーん。それに今田さんはどうでもいい女を家まで送るような人じゃないとおれは思うけどね。」




エレベーターの中、そう言って、私を見るヒロの目は疑いとかではないけど、なんというか、感情のない目をしていた。




「…」



「ちゃんと帰ってきたからいいけど、おまえは俺と違って誰にでもにこにこするからなー」




ヒロがため息をついた。




「でも、本当になんにもないよ?」




「わかってる。でも断るときはちゃんと断んねえと、男はわかんないからね。」




「はい。」




私が大きく頷いたのと同時にエレベーターが開いた。





「まあ、今田さんがおまえに気があるのは、付き合う前からなんとなく知ってたけどね。」




ヒロは冷静にそんなことを言った。





「えっ」




「何回か言われてるでしょ。」




まさかヒロがそんなこと思っていたなんて。




本当、ヒロってたまに侮れない。




「うん…」




「何でフッたの?俺と付き合う前もそういうことあったでしょ?」




「なんで知ってるの?…怖い。」




「俺も結構芸能界のゴシップ好きだからね。」




ヒロが一瞬ニヤッと笑った。





「えー!そんなこと今まで一言も言わなかったのに!」




「一応、気を使ってやってたんだよ。」




「うそ…」




「それで、なんで今田さんは振って、俺のはOKしたの?」




そう言って私を見るヒロの目は好奇心旺盛な子供のようだった。




「…なんとなく…」



「そんなんで納得するわけないだろ。」



「…ヒロの方が…」



「俺の…方が…?」



ヒロがせかすように言う。



普段、ヒロのどこが好きとか言いなれない私は、言葉に詰まった。




「優しい…から…かな?」



「…」



ヒロは納得してない顔で私を見ていた。




「いいじゃん!別になんでも!」



私は、強引に話を折った。




「まあ、それは今度ゆっくり聞くとするか。」




ヒロはなんだかとても楽しそうに笑っていた。




「でも、芸人に連絡先聞かれてもあんまり教えるなよ。面倒くさいから。」




そう言ったヒロは本当に面倒くさそう。




「教えてないよ。ヒロと付き合ってるでばれたら、なんか大変そうだしね。」



「俺って大変?」



「少なくとも、うちの会社の人にばれたら、結構大変。」



「なんか面倒くさいね。」



「そうかもしれないけど、私は全然気にしてないよ!」



「昔もっと面倒くさいのと付き合ってたから?」



ヒロが半笑いでそう言いながら、家の鍵を開けた。




「そういうことじゃないよ!」



「ていうか、教えてないってことは、連絡先聞かれることはあるんだ。」



ヒロがニヤ付きながら私を見た。



「なんで、そういう意地悪なこというかなあ。そういうこともありますよ。30歳で独身なんだから。ていうか、ヒロだって人のこと言えないじゃん!私に連絡先聞いてきたじゃん!」



「…それ言うなよ。」



ヒロがばつ悪そうに笑った。



「あと、」



ヒロが続けた。



「まだなんかあるの?」



「こんな時間に、今田さんとタクシーで帰ってきて、マンション入るとか、危ないから気を付けたほうがいいぞ。」



「……」




「俺との写真なら守ってやれるけど、今田さんと写真撮られてもどうにもしてやれないからな。」




ヒロはコンビニの袋に入ったものを冷蔵庫に入れて、背を向けながら私に言った。



「…はい。」




「こっちはいろいろ気を付けてんのに、お前はそんなこと知ったこっちゃねえって感じだよな。」



「そんなことないです…」



「やっぱ、面倒だな…」



その自分を嘲笑したような笑いは、見覚えがあるような気がした。



「そんなのわかって付き合ってるし。いまさらでしょ。」



「ま、そっか。」



「近い世界で働いてたら、大体こんな感じだよ。」



「業界内恋愛では、るい先輩には叶わないからなー」




ヒロが茶化すように笑って言った。



「また…そういうこと言って…」



私は呆れてため息をついた。



「面倒かとか、関係ないよ。逆に、面倒だから燃えるってのもあるしね。」




「るいさんには叶いませんね。」



私はキッチンのカウンター越しにヒロを見つめた。



「それにしても、11時に帰ってくるって言ったのに遅くね?もう12時半だから。」




ヒロが時計を見て言った。




「ごめんごめん。盛り上がっちゃって。これでも二次会断って来たんだから。」



「何でそんなに盛り上がるだよ」




ヒロがそう言いながらソファーに移動してテレビをつけたので、私はその横にジャケットを脱いで、その横に座った。



「なんだろうね。今田さんが結婚できない話とか?」



「ふーん。」



「あー、あと、彼氏と初めて会ったときの話になって、ヒロと初めてあったときのこと、久しぶりに思い出した。」




「初めてってあのテレビ局であったやつ?」




「そうそう!あのときはまさかヒロと付き合うなんて思いもしなかったけどね。」



「それはこっちも同じだわ。」



「だよね。なんかヒロ、今とは全然違ったし。」



「るいはあんまり変わってないね。」



「えー?そう?あれって、まだすごい仕事が増えるよりは前だったよね?」




「そう…だね。」




「すごい懐かしい。ねえ、私の第一印象ってどんな感じだったか覚えてる?」




私はヒロの顔を覗き込んだ。




「うんとね。……よく笑うなと思った。」



「すごい今、絞り出したよね。」



「まあまあ。るいは?」



「えー…お笑い…好きなんだろうな…かな。」




「おまえだって結構絞り出してんじゃねえか。」




「まあね…」




本当のことは、まだ秘密にしとく。




6年も前のことだけど、まだちょっと恥ずかしい。




「出会ってから、ヒロはどんどんすごくなってるよね。」




「そうね…この6年だとそうかもね。」




「あんまりすごくならないでね。私追いつけないから。」



「なんだそれ。」



ヒロが私の言葉を一蹴りした。



「性根が変わんねえから、置いて行ったりしないよ。」



そう言いながら、ヒロが私の頭を撫でた。




「なんか、今日ヒロ甘いね。」



会いたかったせいか、笑顔が止まらない。



「そうかね。」



ヒロが首を傾げる。




「やっぱりさっきの言葉、訂正する!ヒロがもっともっとすごくなって、みんながヒロを尊敬しますように!」



私は手を合わせて、なにかに祈った。




「おまえ、酔っ払ってるだろ。もう寝るぞ。」



ヒロは笑いながら、立ち上がって、私を引きあげて、寝室へ連れて行った。




やっぱり面倒だとか関係ないし、面倒を面倒だと感じないほどに、ヒロといられることが幸せです。




おわり
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