GYM熱(完結)
□仮装
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千鶴ちゃんの部屋でお気に入りの緑のジャージに着替えた俺は、千鶴ちゃんと一緒にコタツでぬくぬくしながらハロウィン限定のドーナツを食い始めた。
ダイエット中は菓子類を食べるのを控えていた千鶴ちゃんだが、今日は甘い物の解禁日なんだそうで、実に満足そうにドーナツを頬張っている。
その姿を可愛いと思いながら、何気なくテレビをつけると、仮装した者達でごった返す渋谷の様子が映し出された。
「みんな仮装に気合い入ってんなぁ。年々ヒートアップしてんじゃねぇか?」
「そうですね。皆さん、渋谷に集まってますけど、どこに向かってるんでしょう。どこかでハロウィンのイベントでもやってるんでしょうかね?」
「よく分かんねぇけど、盛り上がってることは確かだな。」
今やバレンタインを凌ぐほどのイベントに成長したハロウィンの今年の経済効果は、なんと1200億円なのだという。
日本の人口が1億3000万人弱だから、1人あたり1000円近く使ってるってことか。
そう考えると、すげぇな。
「千鶴ちゃんは、仮装には興味あんのか?」
「え…と、仮装…ですか?あ!大学の時に、サークルでクリスマス会があったんですけど、その時にトナカイの格好をしました。」
「ミニスカサンタじゃなくて?」
「う…。そういうのはスタイルがいい人がするものだと思います。」
「そうか?千鶴ちゃんも、なかなかイイ線いってると思うぜ?」
そう言いながらウエストの辺りを撫でれば、
「もう!くすぐったいです。」
千鶴ちゃんが身を捩った。
やべぇ…。
スイッチが入っちまいそうだ。
そのまま押し倒して軽くキスをすると、千鶴ちゃんが俺の唇の端をペロリと舐めて笑った。
「クランベリーソースがついてました。」
「ん?あぁ、ドーナツについてたソースか。鶴(crane)のベリー(Berry)なんて、まるで千鶴ちゃんみてぇな名前だな。」
「クランベリーの名前の由来は、蕾の姿が鶴に似てるからだとか。鶴の好物って説もありますね。」
「随分と詳しいな。」
「だってベランダで育ててますもん。」
「そうなのか?」
「はい。この前、赤くて可愛い実がなったので食べてみたら…。」
「美味かったのか?」
「逆です。酸っぱすぎて食べられませんでした。生食には向いてないみたいです。」
「ナマで食えないなんて、ますます千鶴ちゃんみてぇだな。」
「へ……?」
千鶴ちゃんは“何のことか分からない”といった表情をした数秒後、俺の言葉を理解したらしく顔を真っ赤に染めた。
「そ、それは!結婚式を挙げるまで待つって…!」
「分かってるって。」
クスクス笑いながら啄むようなキスを繰り返す。
このまま寝技に持ち込むのもいいが、せっかくのハロウィンなんだ。
思い切って、おねだりしてみっか。
「あのよ…。今日は“仮装の日”だって知ってたか?」
「“仮装の日”…ですか?」
「そう。だから、今夜は千鶴ちゃんの仮装を見せてくれ。」
「私、何の準備もしてませんよ?」
「制服。クローゼットの中に高校の時の制服があるだろ?あれを着てくれ。」
「ええっ?制服を取ってあるって、知ってたんですか?」
「この前、千鶴ちゃんがクローゼット開けた時に見えちまったんだよ。もう一回、千鶴ちゃんの制服姿が見てぇんだ。いいだろ?」
「でも私…もうすぐ24ですよ?年増の女の制服姿なんて…。」
千鶴ちゃんは、かなりゴネた…。
でも結局、俺の願いを聞いてくれることになり“着替えが終わるまで見ないでくださいね?”と言って寝室に入った。
制服姿の千鶴ちゃんとスるっつぅのは俺にとって悲願というか何というか……。
制服姿で乱れる千鶴ちゃんを想像し、どうにも我慢できなくなった俺は待ちきれずに寝室のドアを開けた。
「……きゃ!」
千鶴ちゃんが驚いたような表情で振り返った。
高校時代よりも少しだけ大人っぽくなった千鶴ちゃんの制服姿にグッときて言葉が出てこねぇ。
しかも。
ご丁寧に、あの頃と同じように耳の横で髪を結ってシュシュまでしてくれている。
「やっぱり、変ですよね?」
黙ったままの俺を見て、千鶴ちゃんが困ったように眉を下げた。
「違っ!なんつぅか…感無量でよ。」
手を伸ばして制服姿の千鶴ちゃんを抱き締めようとすると、千鶴ちゃんがそれを制した。
「ちょっと屈んでください。」
黙ってそれに従うと千鶴ちゃんが俺の額に白いタオルを巻き、眩しそうに目を細めた。
「ふふ。“永倉先生”の出来上がりです。」
ハロウィンの夜、久しぶりに“教師”と“生徒”に戻ってクランベリーソースのように甘酸っぱい時を過ごしたことは……俺達だけの秘密だ。