GYM熱(完結)

□刻印
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高校2年生の春。
今まで副担任だった永倉先生が担任に昇格した。
今までは数学の時間にしか会えなかった永倉先生に朝夕のホームルームの時間も会えるということで、私はかなり浮かれていた。
しかし、幸せな気分でいられたのも束の間で、私は程なく奈落の底に突き落とされたのだった。

「新八っつぁん、彼女ができたらしいぜ?」
「あ。俺、この前ショッピングモールで女と腕組んで歩いてるの見た!ボンキュッボンの派手目の女だったぜ?」
「そういや、新八っつぁん、昨日、首筋にキスマークつけてたよな?」
「マジかよ!ヤりまくってんじゃねえの?」

ゴールデンウィーク目前のある日、ふと聞こえてきたクラスの男子の会話に私は凍りついたように動けなくなってしまった。
昨日、永倉先生の首筋にあった赤い痣。
虫に刺されたのかな?と思っていたけど……あれはキスマークだったんだ。
異性とおつき合いしたことがない私でも、それがどういう状況の時に付けられるものかってことぐらい、知っている。


永倉先生……彼女さんがいるんだ。


その日は一日がやけに長く感じられた。
放課後、日直だった私は1人で教室に残って日誌をつけていた。
日誌をつけ終え、誰もいない教室でぼんやりと窓の外を眺めると、瑞々しい若葉をつけた桜の木が目に入ってきた。
桜の木は花を咲かせ終わったばかりなのに、次の春に備えて既に準備を始めている。
私も桜の木のように、次の恋に向かって歩き出せたらどんなにいいだろう。
思わず溜め息を漏らした時、

「なぁに。溜め息なんかついちゃって。」

一つ年上の幼馴染みの総ちゃんが教室に入ってきた。

「沖田先輩。」
「やめなよ、その言い方。」
「総ちゃん……部活は?」
「出るよ。これから。試合が近いから、さすがにサボれないよ。」

総ちゃんは剣道部に所属している。
確か一ヶ月後に、連覇がかかった大事な試合を控えていたはずだ。

「そ、そうなんだ。頑張ってね。私、先生に日誌を届けてくるから。」
「なんで逃げるの。」

慌てて帰り支度をする私をじっとりとした目で見ながら総ちゃんが言った。

「ああ。この前、僕が千鶴ちゃんのこと好きだって言ったから意識しちゃってるの?」
「……。」
「そういう態度取られると傷つくんだよね。普通にしててよ。」
「…分かった。」

つい先日、私は総ちゃんから好きだと告白された。
でも総ちゃんは私にとって、お兄ちゃんみたいな存在で。
それに私は……永倉先生のことが好きだから、恋人同士にはなれないとお断りしたのだ。

「なに見てたの?」
「桜が、散っちゃったなぁ…って思って。」
「ふうん。」

総ちゃんは、さほど興味ない、といった表情で窓の外を見た。

「桜は散っちゃったけどさ。ハナミズキが満開だね。」

総ちゃんの言う通り、ハナミズキが空いっぱいに手を広げるように薄紅色の可愛らしい花を咲かせていた。

「千鶴ちゃんの“果てない夢がちゃんと終わりますように”」
「そ、総ちゃん?何をお祈りしてるの?」

総ちゃんが、ハナミズキに向かって祈るような仕草をしてから私を見た。

「千鶴ちゃんが早く新八さんを見限って僕のところに来ますようにって。」

永倉先生に彼女さんがいるから諦めて総ちゃんとおつき合いするなんて器用なこと、私には到底できそうもなかった。
それに、そんなことをしたら総ちゃんに失礼だと思った。
総ちゃんには申し訳ないけど、やっぱりおつき合いすることはできないと顔を上げた。

「ごめんね。総ちゃん、私…。」
「千鶴ちゃん。キスしたい。」
「……へ?」

総ちゃんが首を傾げて近づいてきて。
私の唇に総ちゃんの唇が重なる。
柔らかくてフニフニした不思議な感触。
驚きのあまり、目を見開いたまま動けずにいる私の唇をペロリと舐めてから、総ちゃんがチュウと音を立てて私の首筋を吸い上げた。

「な…やだ!総ちゃんっ!」

チクリとした痛みに我に返った私は、総ちゃんをグイグイと押し返した。
ファーストキスを不意打ちで総ちゃんに奪われてしまった!
驚きとショックでじわりと涙が溢れそうになった。

「こういうことをさ。新八さんは千鶴ちゃんじゃない女の人としてるんだよ。それでも、新八さんがいいの?」

総ちゃんが、挑むような目つきで私を見た。
そんなこと、言われなくても分かってる。

「好きになった人に恋人ができたからって…そんなに簡単に諦めきれないよ!」
「それは、僕だって同じことだよ。千鶴ちゃんのこと諦めたくない。」

このまま総ちゃんの胸に飛び込んでしまえたらどんなにいいか。
私、どうして総ちゃんのことを好きにならなかったんだろう。
どうして永倉先生を好きになっちゃったんだろう。

ごめんね、総ちゃん。

私は、総ちゃんの腕をすり抜けて教室を後にしたのだった。

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