GYM熱(完結)

□照準
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ジム帰りに寄ったいつもの定食屋の一角にあるテーブルの上に、千鶴ちゃんが申し訳なさそうに1枚の紙を広げた。

「ホワイトデーは、仕事になってしまいました。」

その紙というのは、千鶴ちゃんの3月の勤務表だった。

千鶴ちゃんは、看護師をしている。
三交代制なので、生活のリズムがかなり不規則だ。
俺が仕事をしている時間に寝ていたり、逆に俺が寝ている時間に仕事をしていたりする。

つき合い始めて、まだ半月。
高校卒業後、千鶴ちゃんがどんなふうに生きてきたのか。
好きな食いモンは何なのか。
マイブームは何なのか。
千鶴ちゃんのことが知りたくてたまんねぇこの時期に、会いたいのに会えないという生活は歯がゆいものがある。

「希望を出したんですが、その日は希望が殺到していて…。永倉先生も楽しみにして下さっていたのに、申し訳ありません。」

正直に言えば、俺もがっかりしている。
つき合って初めてのホワイトデーということで、実はかなり楽しみにしてた。
…けど、仕事なんだ。
駄々捏ねても仕方ねぇよな。

「まあ、仕方ねぇさ。…ん?22日と23日が連休になってるぜ?」
「あの…その日は、お彼岸なので久しぶりに両親のお墓参りに行こうと思っているんです。」
「泊まりでか?」
「はい。すごい山奥なので、日帰りはちょっと無理かと…。」

千鶴ちゃんの両親は、千鶴ちゃんが子どもの頃に事故で他界している。
確か親父さんの弟が引き取ってくれて、親代わりとして育ててくれたって言ってたな。
千鶴ちゃんて、何気に苦労してんだよな。

「あのよ。墓参りに俺も一緒に行っちゃまずいか?」
「え?でも、お仕事なんじゃ?」
「もともと22日の日曜は休みだしよ。23日は、もう春休みに入ってるし、たまに有給取っても文句言われねぇだろ。」
「えっと、あの……泊まりになりますよ?」
「あー……。まずいのか?」

泊まりということは、つまり“そういうこと”をするってことだ。
俺との“そういうこと”を想像したのか、千鶴ちゃんの顔がみるみる赤くなっていく。
お。
耳まで真っ赤にして、かわいいな。

「その日までに体重を元に戻せそうか?」
「!!!」
「ダイエットは順調か?」
「は…はい。なんとか…。」

千鶴ちゃんは、不規則な生活からくるストレスのせいで太っちまったそうでダイエット中だ。
体重が元に戻るまでは、俺との愛の営みはできねぇと宣言されちまった。
今のままの体型でも俺は一向に構わねぇんだが千鶴ちゃんの意志は固く、無理矢理に襲うわけにもいかねぇから、ぐっと我慢の日々を過ごしているわけだ。

「じゃ、決まりだな。旅行の計画立てようぜ?」
「旅行といっても、観光地ではないので期待しないでくださいね?温泉くらいしかない田舎ですから。」
「構わねぇさ。墓前で千鶴ちゃんの親御さんに挨拶するのが目的なんだしよ。たまには温泉でのんびりするのもいいじゃねぇか。」

ホワイトデーは残念だったが、照準を22日にずらせばいいだけのことだ。
よし。
頭の中が切り替わったぜ。

「ちょうど、あと1ヶ月後ですね。待ち遠しいです。」
「俺も。」

ふわりと微笑む千鶴ちゃんに、覚悟しとけよ?と俺は少し悪い笑顔を返したのだった。

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