GYM熱(完結)

□告白
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勾玉と共振するように私の心は振るえていた。
どうしよう。
私、やっぱり永倉先生のことが好きだ。

「千鶴ちゃん、疲れちまったか?」

赤信号で車を停めた際に永倉先生が私の顔を覗きこんだ。
溢れ出した気持ちに戸惑って、口数が少なくなっていたことに気づく。

「今日、夜勤明けだったんだろ?寝てていいぜ?」
「い、いえ!大丈夫です。」

永倉先生に気を遣わせてしまったことが申し訳なくて、慌てて首を横に振った。

夜勤と言えども、交代で仮眠をとる時間はある。
先輩ナースの皆さんは短い時間で効率よく眠っているようだけど、私は仮眠用のベッドに横になってもウトウトする程度でぐっすりと眠れたことはない。
夜勤明けは必ず目の下にクマができいて、自分でも酷い顔だな…と思う。
だから今日は、永倉先生に睡眠不足の顔を見られたくなくて午後からの約束にしたのだ。
お昼前まで眠って、出掛けに熱いシャワーを浴びてきたから眠いわけではない。
というか、むしろ目は冴えている。

「まだ30分はかかるからよ。眠くなったら寝ちまって構わねぇからな?」
「はい。ありがとうございます。」

信号が青に変わり、車が滑らかに動き出す。
車の振動に合わせて、永倉先生が作ってくれた勾玉のペンダントが胸元で揺れた。


ゆらり ゆらり


まるで私の心の中を表すように揺れるそれにそっと触れた。











「なんだ。今日は店休日かよ。」

目的地は、高校のすぐ目の前にある“手打ちラーメン一番星”というラーメン屋さんだった。
安くて美味しいと男子に評判のお店で、ずっと気になっていたけれど、女子だけでは入りにくくて、食べそびれたまま卒業を迎えてしまった。
博物館から出て夕食をどこかで食べようということになり、ぱっと浮かんだのがこのお店だった。
永倉先生に頼んで連れてきてもらったのだけど、残念ながら店休日だった。

「このお店とは、なかなかご縁に恵まれないみたいです。」
「また連れてきてやるからがっかりすんなって。それより……ちょっと寄ってかねぇか?」

永倉先生が悪戯っぽく高校を指さした。

「え?いいんですか?」
「さすがに校舎の中はまずいが、敷地内を散歩するくらいだったら職員の俺が許す。」
「ふふ。頼もしいです。」



職員駐車場に車を置いて、薄っすらとピンク色に染まった西の空を眺めながら永倉先生の少し後ろを歩く。
校舎の裏手には自然散策路があって、そこには四季折々の植物が植えられている。
今の時期は緑が少ないけど、もう少ししたら競うように花が咲き始めるはず。
私は、遊歩道の脇にある木製のベンチに駆け寄った。

「わぁ。懐かしいです。ここでよくお弁当を食べました。」

春に薄紅色の花を付ける木の下にあるベンチに座って、記憶の中のそれよりも少し大きくなった木を見上げる。

「卒業以来だろ?卒業しても遊びに来るやつが多いのに、千鶴ちゃんは一度も顔を見せなかったからな。元担任としては寂しかったんだぜ?」
「す、すみません。」

…実は一度だけ。
大学の生活に慣れた頃に、元気でやっていることを伝えたくて永倉先生に会いに行ったことがある。
でも、新入生だろうか…知らない女子生徒達に囲まれて楽しそうに笑う先生を見て、もうここに自分の居場所はないのだと感じ、逃げるように学校を後にしたのだ。
告白する勇気もないくせに、ヤキモチだけは一人前の自分に嫌気が差した。
そうだ。
私はあの時、自分の気持ちに完全に蓋をしたのだ。



----------家にありし 櫃にかぎさし 蔵めてし 恋の奴のつかみかかりて

家にある櫃にかぎをかけてしまっておいた恋がいつの間にか櫃を抜け出して私を苦しめている。



高校の古文で習った万葉集の歌。
テストに出るぞって土方先生に言われて、このベンチで友達と一緒にお弁当を食べながら覚えたっけ。
テストのためだけに覚えた歌だけど、今は、その歌の意味がよく分かる。



私は、今日一日バッグに忍ばせておいた小さな紙袋を出して、隣に座る永倉先生に差し出した。
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