現代の物語

□密約の証
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「千鶴。今日まで部活休みだしさ。この前、千鶴がやりたがってたゲーム、うちで一緒にやらねぇ?」
「平助くん。ごめんね。今日は、ちょっと…。」
「用事あんの?」
「うん。ごめんね。」
「そっか。じゃ、また明日な。」
「またね。平助くん。」




せっかく誘ってくれた平助くんには申し訳ないんだけど、今日は静かに過ごしたい気分。

図書室の一番奥。
本棚の陰に隠れるように置かれた閲覧テーブル。
そこが私のお気に入りの場所。
カーテン越しのやわらかな光に包まれて静かに本を読むのが私は好きなのだ。

今日はテスト明け。
テスト勉強による睡眠不足とテストからの解放感からか、本を読み進めようと思うのだけど、どうしても瞼が下りてきてしまう。

あぁ。
気持ちいいな。

私は、そのまま目を閉じた。










あれ?
ふと、目を覚ますと図書室の中は真っ暗で。
カーテンの隙間から外を見ると、空に檸檬のような形をしたお月様が掛かっている。

「うそ…。」

今、一体何時なの?
鞄の中からスマホを取り出してディスプレイを見る。

18:58

もうすぐ19時?
私ったらどれだけ眠ってたの!

この閲覧テーブルは出入り口や貸し出しカウンターから死角になっている。
多分、司書の先生は私に気づかずに帰ってしまったのだろう。

あたふたと鞄とコートを手に取って図書室を出たのはいいけれど、校舎の中は真っ暗で、しん…と静まり返っている。
通路誘導灯をの灯りを頼りに鞄を抱きしめながら階段へ向かう。


……こ、怖い。


夜の学校って、どうしてこんなに怖いんだろう。
でも、この階段を降りれば昇降口まで一直線!
私は、早く校舎の外に出たい一心で足早に階段を降り始めた。

「誰だ?」
「きゃっ!」

階段の下からいきなり声を掛けられ、びっくりした拍子に足を踏み外してしまった。
咄嗟に手すりに掴まったので、何とか転落は免れたものの、足を挫いてしまったようで、右足首にビリリと感電したかのような痛みが走った。

「痛っ!」
「雪村?」

声の主は土方先生だった。

「お前、こんな時間まで何やってんだ……捻ったのか?」

蹲る私を見て、土方先生の眉間の皺が深くなった。

「すみません…。だ、大丈夫ですっ。」

痛みに耐えて何とか笑顔を作る。
そのまま立ち上がってみたものの、右の足首に全く力が入らずガクリとバランスを崩しそうになり、慌てて手すりにしがみついた。

「ちょっと見せてみろ。」

土方先生は私を踊り場に座らせると右足を曲げたり伸ばしたりした。
その拍子にスカートが捲れ上がって太腿が露わになる。

「あ、あの。大丈夫ですから!」

私は、スカートを押さえながら後ずさった。

「おい、動くんじゃねぇよ。まさか、俺に何かされるとでも思ってんのか?」
「い、いえ…そういうわけじゃ、ないですけど……痛っ!」

先生が足首に触れた時、ビリビリと痛みが走った。

「骨は折れてなさそうだが、足首の靭帯が切れてるのかもしれねぇな。」

そう言いながら、土方先生が腫れ始めた足首をそっと撫でた。

「テーピングしてやる。立てるか?」

土方先生の手を借りながら、何とか立ち上がったものの、うっかり右足を床についてしまい、痛みのあまりバランスを崩して、その場にぺたりと座り込んでしまった。

「うぅ。」

もう一度立ち上がろうとしたけれど、片足ではうまくバランスを取れずに再び床にへたりこんでしまった。

「くくっ。生まれたての羊かよ…。」

土方先生が苦笑し、

「保健室に行って用具を調達してくるから、ちょっと待ってろ。動くなよ?」

そう言うと、足早に階下へと姿を消した。

土方先生が床を蹴る音が遠くなっていく。
そして、やってきたのは昼間の賑やかな世界とは正反対の、音のない世界だった。




こんな時に限って、まことしやかに語られる学園の七不思議を思い出し、ぶるると身震いする。

----------土方先生!早く戻 ってきて。

膝に顔を埋めて時をやり過ごす。
もしかしたら、それは数分にも満たない短い時間だったのかもしれない。
でも、私にはとてつもなく長い時間に思えた。




ようやく土方先生の足音が聞こえてきて、顔を上げる。
そして、その姿を確認した時、安堵感から涙腺が弛み涙が溢れてきた。

「ふぇぇ…。」
「お、おい。なに泣いてんだ。そんなに痛むのか?」
「ちがっ!怖くて。1人で、待ってるのが、こ、怖くて…。」

土方先生は私の隣に腰を下ろすと、私の頭をそっと自分の胸に引き寄せた。

「!!」
「せめて電気点けていくんだったな。悪かった。」

煙草の匂いと微かに香る甘いフレグランスに頭がくらくらする。
とくとくと規則的に脈打つ土方先生の心音がやけに大きく聞こえた。
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