現代の物語
□ギャンブルはほどほどに
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腹が減りすぎて、力が出ねぇ。
5日前、競馬で大負けをしちまって、気づけば財布の中にあるのは小銭のみ。
昨日の夜から何も食ってねぇせいか、全く体に力が入らねぇ。
社員食堂のテーブルに突っ伏す俺の前に同期の左之が“本日のA定食”を差し出す。
今日は、鯖の味噌煮か。
甘辛い香りが俺の鼻腔をくすぐった。
「俺の奢りだ。食え。」
「すまねぇ。恩に着るぜ。左之。」
まずは、味噌汁を一口すする。
「うめぇぇぇぇぇっ!」
五臓六腑にしみわたるとは、まさにこのことだ。
「金がねぇって…。また競馬か?」
「おう。」
「貯金はねぇのか?」
「おう。」
食べるのが忙しい俺を見て、左之は呆れたようにため息をついた。
「…バカか?お前。いい大人が給料全部ギャンブルにつぎ込んでどうすんだよ?」
「……おう。」
「新八…。そろそろ千鶴に愛想尽かされんじゃねえか?」
「んぐ…。ぐほっ、ぐほ?」
痛いところを突かれた俺の喉に、鯖の小骨が刺さった。
実は、つき合って3カ月になる彼女…千鶴ちゃんから、俺は三行半を突き付けられていた。
着信拒否をされているのか、電話をかけても通じやしねぇ。
でも、約束を破っちまった俺が悪い。
千鶴ちゃんと出会ったのは、今から4カ月前。
大学時代のダチの結婚式に俺は新郎の友人として、そして千鶴ちゃんは新婦の友人として招待されていた。
桜色のワンピースを着た千鶴ちゃんの可憐で楚々とした雰囲気に一目惚れしちまった俺は、披露宴の後の二次会の席で何とか彼女の電話番号とメアドをゲットした。
“友達として”何度か会った後、俺は思い切って告白したのだが、
「お断りします。」
あえなく玉砕した。
理由は、
「ギャンブルをする方とはお付き合いしないことにしているんです。」
というものだった。
千鶴ちゃんの両親は、彼女が幼い頃に離婚したそうだ。
理由は、親父さんのギャンブルによる借金。
千鶴ちゃんは母親に引き取られ、女手一つで彼女を短大まで出してくれたそうだ。
母親の苦労する姿を見てきた千鶴ちゃんは、決してギャンブルをする男は選ぶまいと心に誓ったとのことだった。
「ギャンブルは人を狂わせます。」
優しかった親父さんがギャンブルにのめり込んで狂っていく姿が忘れられないのだと、千鶴ちゃんは言った。
「永倉さんと一緒にいると、とても楽しいです。素敵な人だと……思います。でも、永倉さんは競馬が趣味なんですよね?だから、恋人としてお付き合いすることはできません。」
そう言って、千鶴ちゃんは頭を下げた。
「だったら。」
どうしても千鶴ちゃんを諦めることができない俺は、
「今後、一切ギャンブルはしねぇ!だから、俺と付き合ってくれ!」
高らかに脱☆ギャンブル宣言をしたのだった。