お宝紹介

□笑顔が見たくて
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「え?お花見、ですか?」 「おう」 彼の様子を見る限り、どうやら聞き間違いではないらしい。

私は少しだけ考えてから「次の春に、という意味ですか?」と尋ねた。
「いんや。まぁ、それもいいんだけどよ。でもそれまで待てねぇだろ?」 「それは…………はい」 「だから今だ」 「でも、」 「大丈夫だって!俺にどんと任せとけ!な?」 この屈託のない笑顔には敵わない。 私はこれ以上の質問を諦め、笑って頷いて見せた。






























「お花見かぁ。いいですね、楽しそうです!」
そう言って千鶴ちゃんが羨ましそうにしていたのは、つい先日のことだ。

試衛館時代。 庭にあった桜が見頃を迎えると、連日その木の下で宴会をしたものだ——という思い出話。

「お前ら花なんか見てたか?」と土方さんが鼻で笑い。 「見てましたよ、僕は。新八さん達はどうか知らないけど」と総司が呆れ。 「俺もちゃんと見てたぜ?新八や平助とは違ってな」と左之が得意げに微笑み。 「み、見てたって!なぁ?!新八っつぁん?!」と平助が慌て。 「……盃に花弁が散るのは乙だったな」と斎藤が懐かしそうに呟き。
そんな俺達の話を楽しそうに聞いていた千鶴ちゃん。 自分もその場に居たかったというように、とても羨ましそうに目を細めていたのだ。




どんな苦境にあっても希望を捨てない彼女の意思は、俺達をも照らしている。 そんな健気な千鶴ちゃんを愛おしいと思っているのは……恐らく俺だけではないのだろう。 こういうことは得意ではないし、女心に疎いだなんだと散々言われ続けてきたこともあって俺は中々に自分に自信がない。


だが、彼女が笑顔を見せてくれるのなら。 そのためになら。 何でもしてやりたいと思うのだ。

























——————


永倉さんが「花見に行かねぇか?」などと言い出してからちょうど7日後。



その日は珍しく土方さんからお仕事を命じられず、それを知っていたかのように永倉さんに声をかけられた。

「千鶴ちゃん。今日行くぞ」 「あの、永倉さん。お気持ちは嬉しいのですが、その……今は秋ですよ?」 「ん?そうだな?」 「桜なんて咲いていないんじゃ……?」 「そりゃそうだ!桜は春に咲くもんだからな!」 そう言って豪快に笑う彼。 この笑顔に、何度勇気付けられたことだろう。

「そうか。説明不足ですまねぇな!今日は桜を見に行くんじゃねぇんだ」 「えっ?桜じゃ……ないんですか?」 「おう。それは来年の春まで楽しみにとっといてくれ。んじゃ、行くぞ」





訳も分からずそのまま外に連れ出された。 (屯所を出る前に原田さんにお会いしたのだが、彼は私と永倉さんを見て微笑み、手を振って送り出してくれた)
















永倉さんは市中をどんどん進み、一軒の大きなお屋敷の前で足を止めた。 そして躊躇うことなくその家の裏手に回り、裏口を開けてなんと中に入って行ってしまったのだ。

「な、な、永倉さん?!」 「ん?どうした?早く来いよ」 「だって!そんな!勝手に!」 ぐいと彼の着物を引くと、その手をぐっと握られて胸が高鳴った。
「此処の家主とは知り合いでな。今日は留守にするってんで、裏口だけ開けといてもらったんだ。ほら」
熱くなった頬を隠すこともできず、握られた手を優しく引かれて屋敷の裏庭へ二人で入って行った。













「うわぁ!すごい……っ!」
そこには一面に咲き誇った色鮮やかな菊の花。
「どうだ?見事なもんだろ」 「はいっ!こんなにたくさんの菊の花、初めて見ました!」
きちんと手入れされた庭は、本当に見事だった。近付いて行って一つ一つの花をじっくりと眺める。 「本当に綺麗……」




「ごめんな、桜じゃなくてよ」 申し訳なさそうな永倉さんを慌てて見上げた。 「そんな!謝らないでください!私とても嬉しいです!ありがとうございます!」 そう告げると、永倉さんは本当に嬉しそうに笑ってくれた。








目を輝かせて菊を眺める千鶴ちゃん。 「ありがとう」と、最高の笑顔を見せてくれた。








——あぁやっぱり。 俺は。 私は。

この笑顔が大好きだ。
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