お宝紹介

□月の雫
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ひんやりとした空気が剥き出しの肩を冷やして寝返りを打つと、新八さんがもそりと動きそっと布団を掛け、そのまま私の身体を引き寄せた。


「朝晩随分涼しくなってきたな…」


小声で囁かれ、閉じた目をぼんやりと開けると夏の空のような新八さんの瞳が私を優しげに覗き込んでいた。


「悪り。つい夏の気分のまま裸で寝込んじまってた」


触れ合う新八さんの素肌の熱さがじんわりと心地よく身体を包み込む。


「いえ……。すみません、私もつい寝てしまって」


恥ずかしさを堪えながら呟くと、髪に鼻をうずめるようにくっつけ「いや、かまわねぇよ…。そんな千鶴ちゃんがたまらなく可愛くてよ」と嬉しそうに笑った。


「もう朝、ですか?」


障子がうっすらと表の明るさをうつし、一番鶏の鳴く声が今にも聞こえそうで慌てて身を起こす。


「お部屋に戻らなくては……」


「ん?もう行くか?」


名残惜しそうに腕を引かれ、何となく頬が熱くなる。


「後朝の別れ、ってか」


そんな私にニカッと笑って見せ、「どれ。目も覚めちまったし、俺も早起きして稽古でもするか」と新八さんも身体を起こす。


脱ぎ捨てた着物を手繰り寄せ、手早く羽織って準備を整えると、乱れた髪を新八さんが優しく撫でてくれた。


「また、来いよ?」


「…………はい」


小さく頷く私に、そっと新八さんは口付けを落とす。
無骨な男の意外なまでに優しい口付けに私の心はほんのりと温かくなった。


戸を開けて外に出ると庭の草花が夜露に濡れてきらきらと輝いていた。


「もう、こんなに夜露が降りるんだな。道理で千鶴ちゃんの肩が冷たくなるわけだ」


驚いたように新八さんが瞬き、そして少し悲しげな顔になる。


「夜の間に月が零していったのはなんなんだろうな……」


その言葉に含まれた意味に気付き、とくんと胸が痛む。


月の女神が持つという、若返りの薬の名


それは『変若水』


その名をもつ薬に翻弄され、新選組は大切な人をたくさん紛い物の鬼に変えてきた


新八さんにはそれが本当に耐え難いこと。


「人間いつかは死ぬために生きてんだ。妙なもんで命を永らえるなんて道理に背いてるぜ」


山南さんや平助くん、そして沖田さんが次々と羅刹に生まれ変わるたび、言葉には出さないけれど握った拳が震えるくらい悔しさを堪えてきた。
そんな新八さんの気持ちを知っているからこそ、その言葉の重さがわかってしまう。


沈黙の後、「だぁぁぁっ!!辛気臭ぇこと言っちまったな!!早ぇこと稽古に行って妙なモン払拭してくるわ」とバリバリと頭を掻いて、心配すんなとニカッと笑った。


「すまねぇな、千鶴ちゃん。せっかくの後朝の別れが台無しになっちまった」


小さく微笑んで無言のまま首を横に振る。


そんな私の頭を引き寄せ、もう一度軽く抱きしめる。


「んじゃ。行ってくる。上手い朝飯、楽しみにしてるぜ?」


「はい」


後ろ手を振って去っていく大きな背中に、ふと不安が込み上げる。


あの背中をいつか見送らなければならないような、そんな気がしたから……





朝餉の支度を済ませ、広間にせっせとお膳を運ぶ私の耳に、賑やかな足音が聞こえてくる。


「いい汗かいたぜーーー!!今日の朝飯は腹いっぱい食ってやるっ!!」


「お前はホント、無駄に朝から元気だな………」


原田さんの呆れた声が重なり、いつもの新選組の朝が今日も訪れる。


廊下の先から私を見つけ、新八さんが大きく手を振った。


「よう!!飯の支度は済んだのか?」


「はい!もう広間に準備できてますよ」


そう言うと嬉しそうに笑って空を指差す。


「なあ千鶴ちゃん!!見ろよっ!!空がめちゃくちゃ高いぜ!?もう秋だなぁっ!!」


原田さんと三人で眺めた真っ青な朝の空はぐんと高く、澄み渡った風が心地よく頬を凪いだ。





【終】











2013年の夏に北海道に行った際、小樽・札幌・月形と新八めぐりをしてきました。
一緒に旅したのは特に幕末に興味ナシの家族だったので、新八への愛を語り合えずに気持ちは不完全燃焼のまま。
そんな時に出会ったのが春月梅さまの運営するサイト【春の月】でした。
春月梅さまの書かれる小説を読ませていただき、どれだけ新八愛が燃焼したか分かりません。

当サイトと同じタイトルの小説『月の雫』をいただけるということで、遠慮なくお持ち帰りさせていただきました。

春月梅さま、この度は相互リンクありがとうございます。
そして、今後もよろしくお願いいたします。
 

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