幕末の物語

□恋の仕方は知らないけれど
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元治元年5月。
私が新選組の屯所である八木邸に軟禁されて5カ月が経った。



私の最近の楽しみは、庭の軒先に巣を作ったツバメを観察することだ。
ツバメはカラスやヘビなどから身を守るために、人目につきやすい場所に巣を作るのだという。
でも、ここは泣く子も黙る新選組の屯所。
ツバメは新選組が怖くないのかな?
私は、カラスやヘビよりも新選組の方が怖いけどな。

ここで生活しているうちに徐々に信頼してもらえるようになり、屯所内であればある程度自由に動いても文句を言われなくなってきた。
見張りなしでは部屋から一歩も外へ出られない時期に比べれば格段に行動範囲が広まり、こうやって濡れ縁に座ってツバメの観察をしていても誰も私を咎めたりしない。

あ。また親鳥が巣に戻ってきた。
孵った雛鳥は3羽。
親鳥が餌を運んでくるたびに、雛鳥達は大きな口を開けて餌をねだる。
2羽の親鳥は、休む暇もなく代わる代わる巣に餌を運んでは大空へと戻っていく。
子を思う親の愛情は、ツバメも人間も同じなのかな?
そして親を思う子の気持ちも……。
…父様。
今、父様はどこで何をしているの?

いつまでこんな生活が続くんだろう。
そろそろ父様を探しに外に出られないものかと思うけれど、一人で屯所の外へ出るなど論外だろうし、かといって忙しい幹部の皆さんに護衛を頼むことなんてできるはずがない。
いや。
そもそも外出許可さえ出してもらえないというのが現状なのだ。
白い髪に赤い目をした人達を見てしまったあの夜から、屯所の中だけが私の世界の全てになってしまった。



そんなある日。
私は、斎藤さんに小太刀の腕試しをしてもらえることになった。
自分の身は自分で守れるということを証明すれば、私の外出を前向きに考えて下さるのだと言う。

私は江戸にいた頃、小太刀の道場に通っていた。
お師匠さんに筋がいいと誉められたこともある。
男装して江戸から京へやってきたのは、自分の腕に多少なりとも自信があったからだ。

「遠慮は無用だ。どこからでも打ち込んで来い。」

そう言われましても…。
斎藤さんが刀を抜いていないのは何故?
真剣白刃取り…?
いや、そんなまさか。

幹部である斎藤さんに敵うわけないって分かっているけれど、万が一、私のせいで斎藤さんが怪我でもしてしまったら……と思うと怖い。
私が習っていたのは護身術で、人を傷つけるための技ではない。
刃物を人に向けるなんて、できない。

「どうしても刀を使いたくないと言うなら峰打ち来い。」

峰打ちとは言っても、鉄の棒で強く叩かれれば痛いですよね…?
中庭に面した濡れ縁では、沖田さんが笑みを浮かべながら事の成り行き見守っている。
もしかして、沖田さんは斎藤さんが負けるわけないって思ってる?
ならば、本気で打ち込んで行っても平気?
……こんな機会は、もう二度と来ないかもしれない。
私は、小太刀を持つ手に力を込めた。

「お願いします!」

挨拶をして斎藤さんに向き合った。
敵わぬまでも、一太刀。
息を整えて、私は。
斎藤さんに向かって小太刀を振り上げた。


ギン


という金属が交わる音と共に重い手応えを感じた次の瞬間、まるで瞬間移動でもしたかのように斎藤さんが私の至近距離にいた。
しかも、煌めく白刃が私の喉元に突きつけられている。

今、斎藤さんが寸止めしてくれなかったら確実に首が落ちていただろうと思う。
スパッと。
呆気なく。

「驚いた?はじめ君の居合いは達人級だからね。」

呆然としている私の耳に沖田さんの声が響いた。
居合いの達人…?

私は、白刃からゆっくりと視線を移して斎藤さんの顔を見た。
物静かな黒い人という印象しかなかった斎藤さんの顔をまじまじと見たのは、多分これが初めてのことだと思う。
藍色の光彩の真ん中にある漆黒の瞳孔が綺麗だと、この場にそぐわぬ素っ頓狂なことを考えていたら、斎藤さんが、ふ…と微かに笑った気がした。

「師を誇れ。お前の剣には曇りがない。少なくとも外を連れて歩くのに不便を感じさせない腕だ。」
「はじめ君のお墨付きかぁ。これってかなり凄い事だよ?」

一太刀交えただけで分かるものなの?
でも、居合いの達人がそう言うのだから、ここは素直に喜んでいいのだろうと思う。

「ありがとうございます!」

私は深々と頭を下げた。










雪村は素直な娘なのだろう。
考えていることが顔だけでなく太刀筋にも表れていた。
俺に向かって真っすぐに振り下ろされる剣には迷いがなかった。

スッと伸びた背筋。
構えも悪くない。
そして何より、雪村には男にはない身の軽さとしなやかさが備わっていると感じた。

自分の身を守る程度の剣術は持ち合わせていると判断した俺は、雪村を巡察に同行させても問題ない旨を副長に報告した。
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