物語の欠片
□雪見酒
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人肌のぬくもりを感じて夜中にふと目を覚ました。
俺に寄り添うようにして女が眠っている。
いや、違う。
まるで逃がさねぇとばかりに俺が女を抱き締めながら眠っていた……という方が正しいかもしれない。
夕べ、俺は島原に出向いたんだったか……?
ここんとこ仕事が立て込んでて色事からは遠ざかっていたはずだが。
俺は、寝ぼけ眼で天井を眺めた。
見慣れた天井だ。
ここは屯所の自室であって、俺が今いる場所は島原ではない。
だったら、この女は誰だ?
俺は女を起こさねぇように注意しながら密着している体をそっと離すと、暗がりにようやく慣れてきた目を凝らすようにして女の顔を覗き込んだ。
女の顔を確認した俺は、一気に目が覚めた。
まだ幼さの残る寝顔ですやすやと眠っているのは…………雪村だ。
なぜ俺と雪村がひとつ布団で眠ってるんだ?
………………っつうか、裸じゃねぇか。
何も身につけていない。
俺も、雪村も。
俺は事の重大さに気づいて血の気がサーっと引くのを感じた。
これは……どう考えても事後じゃねぇか。
雪村は、訳あって預っている女であって遊女ではない。
だから、軽い気持ちで手を出すような不埒な真似はしてくれるなと幹部連中に口を酸っぱくして言っているし、俺自身もうっかり手を出さねぇように気をつけてきたつもりだ。
なのに、何がきっかけでこうなった?
きっかけは……そうだ、きっかけは酒だ!
夕餉の後、自室で仕事をした俺のもとに雪村が酒を持ってきたのが事の始まりだ。
“雪見酒でもいかがですか?”
と。
どうりで今夜は冷えるはずだと思いながら読みかけの書類を文机に起き、縁側に続く戸を開けてみた。
真綿のような雪がはらはらと舞い落ち、地面を真っ白に染め上げていく。
その光景はとても美しく幻想的で、この景色を肴に酒を飲むのも悪くないと思った。
しかし、酒は俺の弱点でもある。
情けねぇことに僅かばかりの酒でも飲むとすぐに酔っちまう。
けど、まぁ、舐める程度ならたまにはいいか……と思い、雪村の酌で一口、二口……と、ゆっくり酒を飲み進めていったのだ。
そうこうしてるうちにいい気分になってきた俺は、つい手元が狂って傍に置かれた銚子を倒しそうになった。
“あっ!”
雪村が慌てた声をあげて倒れかけた銚子を掴むのと、俺が咄嗟に伸ばした手で銚子を掴むのは、ほぼ同時だった。
幸い銚子は倒れず、酒は零れなかった……が、触れ合った互いの手に驚いて時が止まった。
先に我に返ったのは俺だった。
顔を真っ赤に染めて固まっている雪村が妙に可愛く思えて、俺の中に悪戯心が芽生えた。
それは、雪が降り積もった純白の庭に自分の足跡を残してみたい……そんな願望にも似た悪戯心だった。
俺は、くいっと杯を煽って酒を口に含むと雪村の顎を掴んで口を開けさせ、顔を傾けた。
雪村は、目ん玉を真ん丸くして俺を凝視している。
俺は笑いを堪えながらそっと雪村の唇を己のそれで塞ぎ、雪村の口内へと酒を注ぎ込んだ。
“んん……っ!”
雪村は口づけに慣れてないのか、それとも口づけすらしたことがないのか……そもそも俺と口づけするのが嫌なのか分からねぇが、くぐもった声をあげながら俺の腕の中でじたばたともがいた。
悪戯が過ぎたかと思い、唇を解放してやると、雪村がこくりと音を立てて互いの唾液が混じった酒を嚥下した。
胸元を抑え、ほうっ……と息をつく雪村。
その仕草が艶っぽく見えて……堪らなくなった俺は雪村の細い腰をぐいっと引き寄せた。
“土方さんっ……!?”
慌てて俺の胸元を押した雪村の手を取り、細い指先に柔らかく口づけた。
そして、嫌なら拒めと耳元で囁きながら指先を口に含んだ。
“………んっ”
その声が俺の中の男の部分に火をつけた。
絡んだ視線から逃れるように雪村が目を閉じたのを合図に再び唇を重ねる。
もはや悪戯では済まされない領域に足を踏み入れちまったことに気づいちゃいたが、後戻りする気にはなれなかった。
抵抗しない雪村の態度を“諾”と受け取り、口づけを深めながら俺は後ろ手で戸を閉めた。
“土方さん……土方さん……ぁ……んっ!”
愛撫に応えるように俺の名を呼び、あまつさえ甘い声なんか漏らしやがって。
あんまり可愛い声で鳴きやがるから止まらなくなって……最後までしちまったじゃねぇか。
初めての行為で疲れたのか、事が終わると同時にことんと眠っちまった雪村。
そして俺も、その柔らかな体を抱き締めて目を閉じたのだ。
事の次第をすっかり思い出した俺は、天を仰いだ。
俺を夢中にさせるたぁ、いい度胸じゃねぇか。
「雪村、てめぇ……責任取れよ?」
俺は独り言ながら布団に入り直すと、隣で眠る雪村の艶やかな黒髪を一房、手に取り口づけた。
【fin】