帰り路をなくして(未完)

□外伝【鬼火の路】
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【語り手:千草】



私は、東の鬼を統べる雪村本家の一人娘として生まれた。
純血の女鬼としてこの家に生まれた私の使命は、血筋のよい鬼の子を産むこと。
物心つく前から、そう教え込まれて育ってきた。

私と西の鬼を統べる風間の頭領-千速-との縁組がまとまったと父から聞かされたのは、17の早春のことだった。
雪村本家の一人娘である私が風間家に嫁入りしてしまっては雪村家を継ぐ者がいなくなってしまうため、この縁組は通常のものとは異なり、あくまで子をなすための縁組とのことだった。
千速が子作りのために里を留守にするわけにはいかないとのことで、私が風間の里へ行って千速に子種を授けてもらい、懐妊したら雪村の里に戻る…ということで話がついたらしい。

「千草、納得してくれるな?」

頭領である父からの問いかけに、私は無言で頷いた。
正式な婚姻も結ばずに子種だけ授けてもらうなんて、まるで種牝馬のようだと思ったが仕方ない。
雪村と風間の血が交われば、必然的に強い鬼の子が生まれる。
強い子を残す…という観点から見れば、これ以上の良縁はないことくらい私にも分かった。
私は意図的に口角を上げ、笑顔を作ってから父に尋ねた。

「出立はいつ頃になりますか?」
「雪解けとともに、と考えている。」
「承知しました。」

冬の間、雪に閉ざされる雪村の里は雪解けの後に一気に季節が進む。
私の名の由来となった種々の草-千草-が雪村の里に一斉に芽吹く様を今年は見ることができないのか…と残念に思った。
私は一礼して父の部屋を辞し、自室に向かって歩き出した。





自室に戻った私は、広足(ひろたり)の太腿の上に頭を乗せて、ぼんやりと天井を見上げていた。
広足は父の弟の忘れ形見で、私にとっては従弟にあたる。
幼くして両親を亡くした広足を父が引き取ったのは今からちょうど10年前のことで、私が7つ広足が6つの時だった。
以来、私達は同じ屋敷の中で姉弟のように育ち、今日に至る。

「この世の終わりみたいな顔しちゃって。」
「……そんなことはない。」
「千草が逃げたいっていうならつき合うけど?」
「……逃げる、とは?」
「千草が鬼とか雪村とか関係ない場所で、素性を隠して人間として生きていきたいっていうならつき合ってもいいよ?」
「私に鬼としての…雪村の娘としての誇りを捨てて生きろと?捕まれば、お前もただでは済まされぬ。」
「いいよ。千草と一緒なら死んでもいいかなぁ…って程度には千草のこと好きだし。」

死んでもいい程度に好きとは、どういう意味なんだろうか…?
死ぬほど私が好きだという意味なんだろうか…分からぬ。

「どうする?千草は、俺のことが好き?」

どうするもこうするも広足のことは、ずっと弟だと思ってきた。
好きか嫌いかと問われれば、もちろん好きだと答えられるのだが…。
団栗のように丸く黒目がちな瞳は、まるで仔犬のようで……“男”として好きかと聞かれれば違う気がした。

「悪いが、広足のことをそのように見たことはないし、ここから逃げる気もない。だが、広足の傍は落ち着く。広足が一緒に風間の里に行ってくれれば百人力なんだが…。」
「は?千草が俺以外の男に抱かれる姿を間近で見てろって?……勘弁してよ。」

そう言って私を見下ろす広足の顔が妙に大人びて見えて、なんとも気恥ずかしくなった私は、寝がえりをうって広足の太腿に顔をうずめた。

「ちょ…千草!」

広足が慌てたように足をばたつかせたので、ずるりと頭が床に落ちた。
ゴン…と鈍い音の後に、落ちた衝撃で目の前がチカチカした。

「痛いっ。なぜ逃げる?」
「あのさぁ。俺だって男なんだけど。」
「だから何なのだ?」
「男には色々と事情があるってこと。もう子どもじゃないんだから、少しは察してよ。」
「私の癒しの太腿が…。」
「もう貸さない。これからは風間の頭領にやってもらいなよ。」
「無理だ。広足以外の男に甘えるなど、考えられぬ。」

しばし睨み合った後、広足はふいっと私から目線を反らした。

「千草は狡い。そういうふうに言われると諦めきれないじゃないか。」
「……諦めろ。私は風間の頭領の子を産む身。広足の想いに答えてやることはできぬ……が、たまに膝は貸せ。」
「……………千草って男前だよね。」
「そうか?目鼻立ちが整っているとはよく言われるが。」
「それ、自分で言っちゃう?確かに千草は美人だからいいけどさ。ああ、もう俺、千草の側室でもいいや。」
「側室?わけの分からぬことを言うやつだな。」

私が笑うと、広足が困ったような顔で笑った。
広足への思いは恋ではないが、私が心を許す唯一無二の存在であることに変わりはない。
私が雪村の家督を継ぐ際には、側室…ではなく、側近として傍にいてほしい、と思った。
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