帰り路をなくして(未完)

□第3話【苦労性の鬼】
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若くして家督を継いだ西の鬼の頭領が独り身でいるとなれば、嫌でも縁談が舞い込んでくる。

「気の強い女は好きだが、気位が高すぎる女は好かん。」

次から次へと来る縁談に、半ば辟易したように風間が呟いた。

「跡継ぎを残すことも頭領の仕事のひとつです。妻にしたい女がいないのなら妾を置いてみてはいかがですか。」

風間ほどの立場の男だったら、妾の一人や二人、傍に置いても何の問題もない。

「ふん。愛妻家で名が通ったお前がよく言うわ。………俺は妾はいらぬ。」
「何故。」
「正妻に子ができた時に妾との間の子がいては、家督争いの種になろう。」

もう、この話は終わりだとばかりに風間は仕事をする時の顔に戻り、薩摩から送られてきた書状に目を通し始めた。
こうなったら風間は口を開かない。
仕方がないので、先方から送られてきた一族の家系図が添えられた釣書を丁寧に畳んでから風間の執務室を後にした。










人のように男女の比率がほぼ1対1で生まれて来れば問題ないのだが、鬼の場合は、どういうわけか女が生まれにくい。
その比率は3対1といったところか。

男鬼は、年頃になると世間勉強のために隠れ里から街に出て人に紛れて暮らす風習がある。
そこで人間の女と懇ろになる者が多く、その女を連れて鬼の里に戻ってくる者もいる。
結果として、どんどん鬼の血が薄まっていくわけだが、強い血を残したくても肝心の女鬼が少ないので、如何ともしがたい。

一方、女鬼はというと。
血筋のよい家で純粋の女鬼が生まれると、一族総出でその娘を蝶よ花よと可愛がって育てる。
可愛がるだけではなく、娘が名家に嫁ぐことを想定して、名家の奥方にふさわしい教養や立ち居振る舞いなどを徹底的に教え込む。
姫君を不埒な男鬼に連れ去られたり、手籠めにされたりしないように屋敷の奥深くで育てるので、血筋のよい女鬼はとんでもなく世間知らずの上、自分のことを稀有で特別な存在だと思っているふしがある。
そして、気位は聳える山のごとく高い。

大切に大切に大切に………一族が手塩にかけて育てた姫君を風間の嫁に!という申し出が後を絶たないということは、風間が西の鬼の頭領として並々ならぬ力を有している証拠でもある。
ありがたい話だ。
まさに入れ食い状態。
選びたい放題。
他の男鬼からすれば、何とも羨ましい話だろう。
しかし、当の風間は、

「自分の嫁くらい、自分で探す。」

の一点張りで、全く乗り気にならない。
一応、見合い相手の釣書の確認はするものの、風間の気を引くほどの女鬼はいないようで、いつの間にかそれらを断るのは自分の役目になっていた。

「自慢の娘なのだ。会えば必ず気に入るはずだ。どうか、お目通りを!」

などと、相手が引かない場合が多いので、断るのも一苦労だ。
一度、

「では、一晩のお情けを!子種だけでも!」

などと縋られたことがある。
自分の娘をそのように安売りしていいのかと疑問に思いながらも、相手は風間家と深い関わりのある名家なので無下にもできない。
この際、子種くらいくれてやってもいいのではないかと風間に進言すると、

「お前は俺を種馬にするつもりか!」

と激高する始末。
相手には何とかお引き取りいただいたが、この先もまだまだこのようなことが続くのかと思うと正直言って気が滅入った。










京に上って間もなく、風間が珍しく一人の少女に興味を持った。

雪村家滅亡の折りに一族と共に亡くなったと思われていた雪村本家の一人娘----------雪村千鶴。
かつて東国を束ねていた雪村家の娘であれば、家柄も血筋も申し分ない。
しかも長い間、人として育てられていたせいか、控え目で気が利き、優しげな性格をしているようだった。
見た目も悪くない。
今は、まだ幼さが残っているが、あと数年もすれば匂い立つような美女になりそうな気配を漂わせている。
そして何より、血筋のよい女鬼特有の気位の高さが微塵も感じられないのだ。

しかし。

“あの”雪村の娘。
“あの”千草様の娘。

血筋はよくても、千草様の娘を嫁として連れて帰ったところで風間の一族がすんなり首を縦に振るとは思えなかった。

だが。

正直言って、自分は風間の縁談を断ることに疲れ果てていた。
そろそろ、楽になりたい。

やや性格に難ありの風間に見初められた彼女を気の毒に思う。
しかし、珍しく風間が女に執着しているのだ。
逃すものか。
なんとしても彼女を風間の嫁に!
争い事は好まぬが、彼女を手に入れるために新選組の屯所を襲撃した。
自分は人間を殺めるつもりは全くないので、素手で対峙した。

「お前は俺の妻になる女だ。俺の子を産め。」

西の鬼の頭領の最高の口説き文句。
普通の女鬼だったら、くらりとよろめき首を縦に振るところだ。
しかし、雪村千鶴は一味違っていた。
自分が人間だと信じて疑わない少女は、鬼である我々を恐怖の眼差しで見つめた後、力強くその求婚を突っぱねた。

「ふられちまったなぁ。風間。」

不知火が苦笑いする。

「興が削がれた。また来る。」

風間が小さく肩を落として屯所を後にした。
傷ついた。
今、絶対に風間は傷ついた!
侮りがたし、雪村千鶴!!!










ふられたものの諦めきれない様子の風間は、たびたびこっそりと彼女の様子を見に行っているようだった。
彼女のことは欲しいが、無理矢理連れ去るのは風間の鬼としての矜持が許さないらしい。

そして、いつしか風間は彼女を餌に新選組と遊ぶことに夢中になっていった。
幼い頃から風間家の跡取りとして育てられた風間に、本気で喧嘩を吹っ掛けるような命知らずの馬鹿な鬼はいない。
家柄の差、血筋の差、そして力の差。
圧倒的に他者を超越した存在の風間は、子どもの頃からいつも一人だった。
そんな自分を殺そうと死にもの狂いで向かって来る新選組に対して、風間が興味を覚えるのは至極当然のことのように思えた。

では彼女は、新選組と遊ぶための餌という存在に成り下がったのかというと、そういうわけでもないらしい。
以前、島原で芸子の姿で潜入捜査をしていた彼女を偶然見かけた風間は、

「やはり俺の目に狂いはなかった。」

などと呟き、文字通り呆けていた。
普段、風間は、あまり表情を表に出さない。
完全に彼女に心を奪われた様子の風間に、こんな表情もするのかと苦笑したものだ。
そんな風間を見た八瀬の千姫に、

「そんなに好きなら、千鶴ちゃんに好かれるように努力しなさいよね!」

と叱咤されたものの、今まで努力などしなくても女の方から言い寄られ続けてきた風間は、どう努力すれば彼女が振り向いてくれるのか分からない様子だった。










慶応4年が明けて、大きな戦が始まった。
時代が大きく動き始めている。
薩摩への恩義は十分に返したはずで、ここが引き際だと感じられた。
我々は、宇都宮に密書を届けるのを最後の仕事とすることを決めた。

風間は、淀で土方に鬼としての自尊心をひどく傷つけられたことを根に持っていて、どうしても決着をつけたいようだった。
童子切安綱を腰に下げて嬉々として宇都宮城に向かう風間の後ろ姿に、深く溜め息をついた。

なぜ、燃え盛る炎の中に向かおうという気がおきるのか。
新選組が絡むと風間は、冷静さを失うことが多い。
まるで鬼の頭領としての立場を忘れたかのような振る舞いに、さすがの自分もカチンときた。

風間が一族の後ろ楯をなくし、はぐれ鬼となろうと、もう知らぬ。
風間に対して、十二分に忠義は尽くした。
半ば切れかけて、自分も城内に入った。

そこで、まさかの事態が起きた。
土方が千鶴殿を風間に託したのだ。
まさに大どんでん返し。

最後の最後に僥倖をくれた土方をここで見殺しにするのは忍びない。
風間に斬られて動けない土方を煙が蔓延した城内に放置すれば、この男は程なくあの世へと旅立ってしまうだろう。
自分は、瀕死の土方を背負って彼を仲間の元へ送り届けることにした。
すると、背中で土方が絞り出すように声を出した。

「……“おのれは疾う疾う女なれば、いづちへも行け”」
「平家物語ですか。巴御前にしてみれば、最後の最後で義仲に裏切られたと思ったでしょうね。」

長い沈黙の後、ぽつりと土方が呟いた。

「女に男の気持ちが分かってたまるか。」
「分かりにくい愛情表現ですね。」
「巴が生きてくれんなら、自分を恨んでくれて構わねぇと義仲は思ったんだろうよ。」

土方は、義仲に自分を重ねているのだろう。
そして、千鶴殿を巴御前に見立てている。

やはり2人は恋仲だったのだろうか…。
愛しい女を敵対している男に託さなければならない気持ちは、如何ばかりか。

「千鶴殿を我々に託してくださったことに感謝いたします。必ずや幸せにいたします。」
「まるでお前さんが千鶴を娶るような口振りじゃねぇか。」
「いえ。私には妻がおりますので。」
「風間に………千鶴を泣かせんなつっとけ。」
「ご安心ください。ああ見えて風間は、女には誠実な男ですから。」
「…そうか。」

無事に城内を抜け出し、土方を土塁の上に立つ大きな銀杏の樹の根元に下ろした。
相当苦しいのだろう。
銀杏の樹に身を預け、目をきつく閉じて浅い息を繰り返している。

遠くから“土方さん”と呼ぶ声がする。
煙の向こうから、数人の人影が近寄ってくる気配がした。

「お仲間がいらしたようです。」
「…行け。千鶴を……よろしく頼む。」
「お任せください。御武運をお祈りしております。」

この男は己の誠を信じて、どこまでも駆け抜けて行くのだろう、と思った。
土方に一礼して、その場を去った。

そうして。
火を放たれて逃げ惑う人の波を掻き分けながら、風間の待つ神社へと向かったのだった。





【続】







今回は、天霧さんの苦労話の巻でした。
そして、チラっとオリキャラ登場。
千草さんとは千鶴ちゃんのお母さんのことです。
彼女は、この物語のキーパーソンの1人だったりします。
最後に出てきた大銀杏は、現存している「旭町の大銀杏」です

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