帰り路をなくして(未完)

□第2話【紅蓮の炎の中で】
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目指す先で新政府軍と旧幕府軍との戦いが始まったと知ったのは、薩摩の使いで新政府軍の拠点となっている宇都宮へ密書を届ける途中のことだった。


-----------今や幕府が逆賊か。


将軍の御成御殿としての役目を担っていた宇都宮城が新政府側に着き、旧幕府軍を迎え撃つとは何とも皮肉な話だ。

宇都宮城のように平地に築かれた城は、山城よりも敵に攻め込まれやすい。
おそらく宇都宮城は遅かれ早かれ旧幕府軍に落とされるであろう。

予想通り、城の東西から挟み撃ちする形で侵入してきた旧幕府軍が優勢となり、二の丸から火の手が上がった。
辺りが闇に包まれる頃、夜明け前から続いた戦闘がいよいよ終焉の時を迎えようとしていた。

「そろそろ、城が落ちるな。」
「風間、なりませんよ。」

刀を握り、城に向かう俺に天霧が渋い顔を見せた。

「ふ。分かっている。我々の目的はあくまで密書を届けることのみ…と言いたいのだろう?少し、遊ぶだけだ。」
「風間!」

俺は、土方がいるであろう城内へと向かった。










「やれやれ。こんな所にまで来てやがったのか。」

土方が、呆れたように俺を見た。
長時間にわたって戦いの指揮を執っていた土方の顔には、疲労の色が滲んでいる。
羅刹となった体で動くのは、さぞかし辛かろうな。

「幕府の犬も、なかなかに大変そうではないか。」
「勘違いするな。俺は誠を貫くために戦ってんだ。腰抜けの幕府のためじゃねぇよ。」

土方の傍らにいるのは雪村千鶴。
こんな所にまで連れてきたのか。
否。
この男に付いてきたのか…。
震えながらも必死に俺を睨みつける栗色の瞳を見て、俺の中にどろりとした黒い感情が湧き上がった。
なぜ。
お前は俺ではなく、その男の隣にいる?

「淀での借りを返しに来た。」

腰から童子切安綱を抜いて土方を見据える。
この刀は、その昔、酒呑童子の首を落としたと伝えられる鬼殺しの刀だ。
この刀で斬られれば、まがい物の鬼などひとたまりもない。

「まがい物相手に、随分と御大層なものを持ってるじゃねぇか。」
「どんな相手にも全力を尽くすのが武士の作法とやらなのだろう?」

淀で対峙した際、羅刹化した土方は俺と互角の力を発揮した。
だからこそ、今回はこの刀を腰に下げてきたのだ。

だが戦で疲労が溜まっているからなのか、いつものような手応えがない。
俺は、刀を取り落した土方の胸元に切っ先を突き付けた。

「つまらんな。もう仕舞いか?」

そして、心の臓に狙いを定めて刀を構えた。
その瞬間、

「やめて―――!」

千鶴が叫びながら、土方を庇うように覆いかぶさった。

「どけ。お前まで殺すつもりはない。」
「いやです!」

死を覚悟しているのだろう。
俺相手に一歩も引けを取らない強い眼差しに、一瞬だけ迷いが生じた。

その時、足元がぐらりと大きく揺れた。
いよいよ城が落ちるのかと、天井を仰ぎ見たその刹那、


どおぉぉぉぉん


千鶴の背に、轟音を伴って無数の梁が折り重なるように崩れ落ちた。

「千鶴!」

千鶴を庇うことができなかった自分に内心舌打ちしながら、天霧と共に千鶴の上から梁を退けてゆく。
土方を庇ったことで受け身を取れなかったのであろう千鶴は、落下物を一身に受けて意識をなくし、ぐったりとしていた。

「女に庇われるとは、いい身分だな。土方。」

千鶴を腕に抱えると、虫の息の土方がの千鶴の袴の裾を掴んだ。

「待ちやがれ…。てめぇ…千鶴をどこへ連れて行きやがる。」
「この娘。いくら鬼といえど、お前と一緒にいれば近いうちに確実にあの世へと旅立つだろうな。」
「だから、連れてくっつうのか。」
「手を離せ、土方。己の誠とやらを貫くのはお前の勝手だがな。これ以上、この娘を道連れにするのは許さん。」

土方が大きく紫紺の瞳を見開き、何かに耐えるようにぎゅっと目を瞑った。
そして、よろりと立ち上がり、節くれ立った手で千鶴の頬を撫でた。

「連れて、行け。」

最後に、愛おしそうに親指の腹で千鶴の唇をそっとなぞった後、土方は呟いた。

「生きろ。」







城から離れたものの、町にも火が放たれており、逃げ惑う人々で宇都宮の城下町は騒然としていた。
俺は、戦場から少し離れた神社の裏手にある竹林に千鶴をそっと降ろした。
地面が湿っているので、羽織を脱いで頭の下に敷いてやる。

ようやく千鶴を手に入れたというのに、俺の心は晴れなかった。
目を覚ませば、土方の元へ戻ると言うのであろうと思いながら、俺は力なく横たわる千鶴の髪をそっと撫でた。








宇都宮の市街地は戊辰戦争で焼けている上、第二次世界大戦でも空襲を受けています。
そのため、宇都宮の市街地に幕末の名残はあまり残っていません。
宇都宮城は関東七名城の一つでしたが、現存しているのは、ほんの一部だけ。
ちょっと寂しいですね。

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