歳三くんと私(未完)

□文月の章
1ページ/8ページ

文月の章【1】


✻ ✻ ✻ ✻ ✻


「え…。合コン、ですか?」
「千鶴ちゃん、今日は定食屋さんのバイトが休みって言ってたわよね。よかったら、この後どうかな?」

蘭姉が雪村千鶴を合コンに誘ったのは、梅雨が明けてすぐのことだった。
合コンの主催者は蘭姉と、その彼氏である佐藤君とやららしい。

「せっかく誘っていただいたのに申し訳ないのですが、私には彼氏を作る時間とお金の余裕が…。」


----------そうだ。断っちまえ。


俺は百人一首の解説書を読むふりをしながら思いっきり聞き耳を立て、雪村千鶴が断るように密かに念を送った。
ちなみに百人一首は、夏休み中に百首丸暗記してこいという課題が学校から出たので、仕方なく取り組んでいる。

「別に千鶴ちゃんに男の子を紹介しようってわけじゃないのよ?出席するはずだった女の子が急用で欠席になっちゃったの。その子がドタキャンは申し訳ないからって会費を払ってくれてね。人数合わせで出てくれると私も助かるし、千鶴ちゃんはタダで美味しいご飯を食べられる。つまり、一石二鳥ってわけ。どう?」
「タダで、ですか…?」
「そう。タダで。」
「行きます!ぜひ行かせてください!」


----------行くのかよっ!


思わずツッコミを入れたくなるほどの潔さで雪村千鶴は合コンへの出席を決めた。
タダでメシを食うためなら気が乗らねぇ合コンへの出席も厭わねぇ女っつぅのもどうなんだよ…。

「よかった!じゃあ19時までに女子寮の近くの“リロリロ亭”に来てね。場所は分かるかな?」
「はい!美味しいイタリアンのお店だって友達が言ってました。でも、本当にタダでいいんですか?」
「いいの、いいの。がっつり食べてちょうだい!」
「では、お言葉に甘えさせていただきます。蘭先輩、お誘いありがとうございます。」

雪村千鶴は蘭姉に満面の笑みを見せ、それに納得したように蘭姉がニッコリと微笑んで頷いた。


----------余計なこと、しやがって。


セッティングのために少し早めに会場入りするとかで、迎えに来た佐藤君とやらと上機嫌で家を出た蘭姉に、俺は心の中で悪態をついた。





例のカンニング事件の後、代替の授業を最後に雪村千鶴は俺の家庭教師を辞めた。
鬱陶しい存在だったはずの雪村千鶴に惹かれ始めていたのだと自覚したのは、彼女がバイトに来なくなってからだった。
その気持ちが恋なのかどうかは分からねぇが、少なくとも、貧乏でもへこたれねぇ彼女の前向きさを面白いと思ったことは確かだ。





受験に向けてもう一度、雪村千鶴に家庭教師として来てほしいと蘭姉に頼んだのは7月に入ってからのことだった。
携帯を持っていない雪村千鶴をつかまえるのは至難の技だったらしく、蘭姉がようやく彼女に会えたのは一週間ほど後のことだったそうだ。

「今は前期の試験に集中したくて…。本格的に受験勉強をするなら私ではなくてプロの方に頼んだ方がいいのではないでしょうか?」

ということで……今回、雪村千鶴は、家庭教師のバイトに食いついてこなかったらしい。
俺は、会いたいと思っているのは俺だけかよ……と密かに落ち込んだ。
だが、狙った獲物は逃さないのが蘭姉のいいところで。
“時給500円up”と“前期試験が終わって夏休みに入るまで待つ”という条件で雪村千鶴を落としたらしい。





雪村千鶴は、夏休み中は昼と夜に定食屋のバイトが入っているそうで、その合間である15時から17時に俺の勉強を見てくれることになった。
今日は、夏休み限定・全15回の家庭教師の初日ということで、俺としては久しぶりに雪村千鶴に会えるのを楽しみにしていたのだが、彼女はどこかそっけなく淡々と授業を進めた。
そして、授業が終わったところで蘭姉から合コンの誘いがあったわけで…。
俺は胸の中に悶々とした気持ちを抱えながら寮に帰る雪村千鶴の背中を見送ったのだった。





19時。
蘭姉が出かける前に作ってくれたカレーライスを食いながら考えるのは、雪村千鶴のことだった。
雪村千鶴は蘭姉とメシを食いに行っただけだ。
別に男漁りに行ったわけじゃねぇ。
なのに…なんでこんなにムシャクシャするんだ?


20時。
風呂に入って体はサッパリしたが、気持ちは相変わらずモヤモヤしたままで…。
俺は煙草に手を伸ばし、一服することにした。


21時。
百人一首の解説書を読んでも一向に頭に入ってこねぇ。
少し早ぇが、そろそろ寝るかとベッドに横になったものの、脳裏に雪村千鶴の顔がチラついて、いつまで待っても安らかな眠りはやってこなかった。


----------なんだってんだ。一体。


イラついた俺はベッドから身を起こし、Tシャツとジーンズに着替え、自転車に乗って夜の街へと向かったのだった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ