歳三くんと私(未完)

□文月の章
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文月の章【3】


✻ ✻ ✻ ✻ ✻


体を固くした私の耳元で、

「あのさ。雪村さんて……処女?」

鈴木さんがとんでもないことを聞いてきたので、私は更に固まってしまった。

「俺の見立てだと処女。男とつき合ったこともあるかないか…違う?」

一瞬、頭の中が真っ白になった。
初対面だというのに、この人は一体何てことを聞いてくるんだろう?

「ど…どうして、そんなこと聞くんですか?」
「俺さ。人のお古って嫌なんだ。他の男とセックスしたことがある女の子とつき合うなんて考えられないんだ。だから失礼を承知で聞いてる。答えて。」

セッ…???
どうしてそんなことを平気な顔して言うの〜!

「答えられない?雪村さんが俺の見立て通りの人なら、俺は君のことをすごく大切にできると思うんだけど。」

鈴木さんは、じっと私を見つめた後、グイッと私の手を引いた。
抵抗する間もなく建物と建物の間の狭い空間に引きずり込まれた私は、あっという間に壁と鈴木さんの間に閉じ込められてしまった。
それは、まるで恋人同士が人目を忍んで逢引しているような体勢で……。
驚きのあまり鈴木さんの顔を見上げれば、その瞳は、まるで恋人を慈しむような甘さを含んでいた。
こ……これは。
俗に言う“愛の告白”というやつなんだろうか?
出会ってまだ数時間なのに、この展開の早さは一体…?

「雪村さんは、俺のこと忘れちゃった?」
「………鈴木さんとお会いするのは、今日が初めてだと思うのですが?」

鈴木さんとの距離が近すぎて頭がうまく回らない。
……ええと?
鈴木さんは相手が処女じゃないとダメな人で、私が処女っぽいから口説いてるってことでいいんだろうか。
“どこかで会ったことない?”的な話も口説きのテクニックのひとつと解釈していいのかな。

「何にも覚えてない?俺はね、覚えてるよ。雪村さんのことは前から可愛いって思ってた。でも前はナイト気取りの男達に囲まれてたから、手が出せなかった。」


“前”っていつのこと?
“ナイト気取りの男達”って何の話?


ああ。鈴木さんは多分、私を誰かと勘違いしてるんだ。
つまり鈴木さんが口説きたいのは私に似ている別の誰かということで、私ではないってことだよね。
なるほど、それなら納得できる。
そうと決まれば、丁重にお断りを……。

「私は今、お金も時間もないので、どなたともおつき合いするつもりがないんです。今夜は、出席するはずだった方の代打で来ただけで……。」
「それってフリーってことだよね?少なくとも今は彼氏がいないわけでしょ。」

うっ!
確かにその通りなので、言葉に詰まる。

「だ、だからっ。今は色恋云々という状況というか心境ではなくて、ですね。」
「じゃあさ。月並みだけど“友達から”っていうのはどう?今度、友達として遊びに行こう。携帯の番号、教えて?」
「持ってません。」
「本当に?じゃあ、直接会いに行く。いつなら暇?」
「バイト三昧の日々です。お気持ちは嬉しいのですが本当に…。」
「取りつく島もないってわけ?」
「口説いてくださってありがとうございます。こういう経験は初めてなので、いい思い出ができました。」
「へぇ…。初めてなんだ。」

……しまった!
これじゃ処女だって告白してしまったも同然!!
“してやったり!”と悪戯っぽく笑う鈴木さんと目が合う。
これは気まずい…というか、なんだか怖い。

「大事にする。俺とつき合って。」

甘い声で囁かれて、鳥肌が立った。
まさか、こんな場所で無理矢理…なんてことはないと思うけれど猛烈に貞操の危機を感じる。
本能が“早くこの男から逃げろ”と警鐘を鳴らしているのが分かった。










夢中だったので、どうやってその場から逃げ出すことができたのか覚えていないけれど、気づいた時は猛ダッシュしていた。
近くのコンビニに駆け込み、一息つく。
一気に走ったせいか、煌々と光る蛍光灯の灯りせいか分からないけれど、目の前がチカチカする。


----------怖かった。


無事に現実世界に戻ってくることができてよかった……などと、少し大袈裟なことを考えしまう。
鈴木さんは、駅に向かったのだろうか?
待ち伏せしてる、なんてことはないよね……自意識過剰かな。
でも外に出るのが怖い。
私は、時間を潰すために雑誌をパラパラとめくり始めた。

「雪村千鶴?」

フルネームで名前を呼ばれて……振り向くと、そこに歳三くんが立っていた。

「どうして、このタイミングで歳三くんが登場するんですか?」
「冷たい飲みもんでも買おうと思って……お、おい?なんで泣いてんだ?」
「き……緊張が解けただけ、です。」

ほっとして。
思わず涙が零れた。
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