帰り路をなくして(未完)

□外伝【鬼火の路】
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【語り手:広足】


 
伯父の体に巣食う病のことを聞かされたのは、雪村の里へ戻る旅の途中のことだった。
伯父は臓腑に腫物ができる病らしく、風間の里に旅立つ前に医師から“もって一年”だと宣告されたのだという。
確かに、ここのところ伯父の顔色がすぐれないことには気づいていたが、まさか医師から命の期限を言い渡されるほと悪いとは思っていなかった。
少々のことでは動じない千草も今回ばかりは動揺を隠せないようで、声を失っているのが分かった。

「千草。雪村の次期頭領がこれくらいのことで動じるなよ?里へ帰ったら早々に千草に家督を譲る予定だ。披露目の式は盛大に行う。忙しくなるから覚悟しておけ。」
「は…。大丈夫、です。覚悟は、できています!」
「ほらほら固くならない!千草が一人で背負い込まなくて大丈夫だよ。千草がいない間、伯父さんにみーっちりしごかれたから俺も少しは役に立てると思うし。」
「そうだな。千草のよき補佐役になるよう広足のことはこの3年でみーっちり育てておいたから心配するな。」

仕事を覚えたのは、千草のよき相談役になるため。
体を鍛えているのは、いざという時に千草を守るため。
俺だって血筋的には悪くないわけで、やる気になれば頭領の座も狙えるんだけど、頂点に立ってどうこうしたい…という野心が俺には全くない。
俺には頭領である千草を支えるっていう生き方が性に合ってるし、それが無理のない俺と千草の形なんじゃないかと思う。










千草が頭領になって間もなく一年が経つ。
余命一年と宣告された伯父は“孫の顔を見るまでは!”と張り切って元気に(?)闘病生活を送っている。
そう。
千草の腹の中には赤子がいて、何を隠そう父親は俺だったりする。
若い男女が四六時中一緒にいれば間違いの一つや二つ起きる……いやいや、そうではなく!
一緒に過ごすうちに千草が俺の魅力に気づいたってことなんだと思う、多分……いや、絶対!!
想いが通じた後は、もう一直線というか十代の性欲を舐めんなよというか、兎にも角にも千草が石女になったかもしれないという懸念は早々に払拭された。
順番が違ってしまったことで隠居となった伯父からはどやされたが、無事に祝言を挙げることもできたし、めでたしめでたし…というわけだ。

「広足、今宵もよいか?」
「どうぞ。お好きなように。」

千草がはち切れんばかりに大きく膨らんだ腹をかばいながら布団に入り、ゆっくりと体を横たえ、俺の体に巻き付くような体勢になった。
千草は最近では俯せどころか仰向けで寝るのも辛いらしく、せり出した腹を俺の右の太股の上に乗せ、脚を絡ませる……という寝方で休んでいる。
かなりの密着度なので、ついつい男の部分が反応しそうになるが、さすがに今の千草にそういった相手をしてくれとは頼めないので、ぐっと我慢、忍の一文字の日々が続いている。
今宵も我慢大会か…と思いながら、俺は千草に語りかけた。

「あのさ。名前、考えてみたんだけど。」

医師にも産婆にも腹の子は双子だと言われており、それならば俺と千草で平等に一人ずつ名前を付けようということになった。
人間の世界では双子は畜生腹といって忌み嫌われ、生まれてすぐに双子の片割れを里子に出すしきたりがあるそうだが鬼の世界には関係ない話だ。
鬼でよかったと思う。

「男でも女でも“薫”なんてどう?」
「かおる?」
「うん。若葉の上を吹く爽やかな風っていう意味。千の草が気持ちよさそうに風に靡いてる様子が目に浮かばない?」
「千の草とは、私のことか?」
「そうだよ。千草の子だし、五月に生まれる予定だし、いいかな〜って。どう?」
「風薫る五月か…。なるほど。いい名だと思う。」
「じゃあ、決まりだね。千草の方は決まった?」
「……もし女だったら千の鶴で“千鶴”ではどうだろうか?」

千速サンとの子が流れたことで千草が心身ともに深く傷ついたことは知っている。
長寿を意味する“千鶴”という名前から、赤子が無事に生まれてきますように、そして、いつまでも息災でありますように…という千草の切実な願いが伝わってくるような気がした。

「鶴は夫婦の絆がとても強く、同じ相手と添い遂げるんだとか。私も…その、広足とそのようにありたいと…。」

ああ。
俺の腕の中で顔を赤らめながら可愛いことを言ってくれるお嫁さんをどうにかしてしまいたい…。
でも、だめだ。
我慢、我慢…。

「千鶴か…。うん、いいんじゃない?」
「男の名は思い浮かばないのだ。」
「じゃあ、赤子は女の子なのかな。」
「どうだろうか。」

双子となると鬼であっても通常のお産よりも危険なことに変わりない。
どうか母子ともに健康でありますように…。
俺は、まだ見ぬ我が子に幸あれと祈りながら、そっと千草の腹を撫でた。










【終】
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