ホビット

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「わしはガンダルフという者じゃ。失礼だが名前を聞いても?」


食堂で前に座ってきたガンダルフが朗らかな笑みでそういう。私は食事を置き口元を拭いながら内心滝のような汗を流していた。

ガンダルフに会えたのはあの旅に参加できる可能性があり幸運だったけれど彼に会ったことで私はとんでもない事実に気付いた。

私、名乗る名がないぞ?

アイリスという名はドラゴンの名前だから当然名乗れないし前世の名前はもうとっくの昔に忘れてしまった。この世界に来て80年も経っているしそもそもこの世界に来たときに名前を覚えていなかった気がする。エルフの街ではなんかわからんけど銀の君とか呼ばれてたから名前なんて気にならなかったけど、うん、どうしよう。

だけれども名前がないのはものっ凄く変だ。いま速攻で名乗れる物を考えよう。えっと、竜の名前がアイリスだからちょっとは似ているのがいいな。今の名前はって言ったらアイリスな気がするし。アイリス、アイリス、…アイスとかどう?

アイス、氷、ならあとは雪かな?アイス・スノーフルとかどうでしょうか。なんか即興で考えたにしては今の私に合っている気がするぞ。アイス・スノーフル。うん、これでいこう。


「アイス・スノーフル。何か用でも?」


「わしは白銀の竜アイリスを探しておる。じゃが最近彼の竜を見かけなくなってしまった。調べてみると白銀に竜がいなくなった時期にアイス殿が現れたという。何か知っていることはないかのう?」


そういうガンダルフの顔は相変わらず穏やかだが目の中には探るような視線が含まれている。あ、これあかんやつやわ。もうきっと私がドラゴンだというのバレていますよ。一生懸命偽名考える必要ありませんでしたね。ちくしょう。

ガンダルフに嘘ついても仕方ないので自分が白銀の竜であるという証明のために牙でできた剣を差し出す。竜の姿になれば1発でわかるけど街中でそれは無理だからね。

私は竜の剣をガンダルフに差し出す。剣の刀身は相変わらず光っていて鞘から漏れる光が眩しくて仕方ない。この光って消す方法ないのかな?

ガンダルフは竜の剣を見ると驚きに目を丸くした。うんうん、わかるわ。常に光る剣ってびっくりだよね。ゴブリンとかに使うと勝手に目がぁぁとか言って倒れるから戦いには便利なんだけど日常生活では持ち歩きにくい。

しかしガンダルフが剣を受け取った瞬間光は消えた。え、なんで?と驚く私のことは気にかけずガンダルフは刀身を抜くとゆっくり観察しそしてほうと息を吐いた。


「なんと見事な剣じゃ。しかも持ち主は其方しか認めんと見える。アイス、お主は白銀の竜に認められておるのじゃのう。どんな別れかは知らないが」


ガンダルフは刀身を鞘に収めると私に返した。私はそれを受け取り手に持った瞬間また剣は輝き始める。これ光るの私に対してだけなのかよ。私は電池かなにかですか?そんなにピカピカ光らせたくないです。

それでもってガンダルフが意味わからんことを言っている。白銀の竜が認めているも何も私の鱗なのだからそりゃ使っても問題ないだろう。それに別れとは?いや、ガンダルフの物言いは謎めいているとアラゴルンも言っていたし気にしないでおこう。


「実はお前さんに頼みがあってきた。最近闇の者たちが騒めき始め我らの敵が中つ国に戻ろうとしている。そこに邪竜スマウグが加われば我々の立場を非常に危ういものとなる。竜は孤高の存在であるがこれから先の危険を考えれば今のうちにエレボールを相応しき者の手に戻したい。協力してもらえんかのう」


「相応しき者というのはトーリン・オーケンシールドのことか?」


ガンダルフの話を聞いて目を見張る。スマウグを倒す為に力を貸して欲しいというのはまさしくあの物語の旅のことだ。ずっと参加したいと思っていた旅に向こうから誘いが来るとはなんという渡りに船。もちろん乗っちゃいますよ!と言いたいところだが念のため誰が来るのかを確認する。トーリンがこないなら正直なんの興味もありませんし。

ガンダルフは一瞬息を呑み顔を強張らせたが一瞬目を閉じゆっくりと言葉を吐き出した。


「知っておったか。そうじゃ、お主に参加して欲しいのはトーリン・オーケンシールドが故郷を取り戻すための旅じゃ。ドワーフであるトーリンを救うには思うところがあるじゃろうが世界のために力を貸してもらえんかのう?」


「スマウグを倒すためならばその旅に参加するのは吝かではない。しかし彼の方はそれで構わないのか?私は彼に嫌われていそうだが?」


間違いなくトーリンが率いるあの旅へのお誘いらしい。ならばもうなんの憂いもない!死力を尽くして彼らの死亡フラグをバキバキにしてやりますよ!

しかし私が行きたいと言ったところでトーリンは許してくれるのだろうか。ガンダルフも知ってはいるだろうが私はドラゴンでおまけに彼の仲間を吹っ飛ばしたりしている。なんか、一緒に旅するどころかあったら斬りかかられそうですね。


「ふむ、確かにトーリンはいい顔をしないだろう。じゃがそこはわしに任しておけ。あのスマウグに立ち向かうのに戦力は必須なのだ。あの頑固者をうまく説得してみせよう」


「そうか、ならば私に言うことはない。旅に同行させてもらおう。よろしく頼む」


互いの同意を得られたので親愛の証としてガンダルフと握手を交わす。表情筋はあまり仕事をしていないようだけれども私の心はニヤけまくっていた。

これでトーリンの旅に参加できるぞ!あの画面越しのトーリンの活躍を全て生で見ることができるなんてなんて幸運なんだろう。死んでこの世界にこれて本当に良かったよ!

ドラゴンである私がトーリンと相入れるかは心配なところだけれどガンダルフに投げとけばなんとかなるよね!よし!旅で役に立てるようにがんばるぞ!





***


儂がその地を訪れたのは白銀の竜アイリスに会うためだった。

トーリンがエレボールを奪還する為にはアーケン石を手に入れる必要がある。その旅には忍びの者と武を持つ者が必要だった。

かつて白銀の竜はエレボールに住まうドワーフ達に助力しスマウグに立ち向かったという。助力を請うのにこれほど適した者はいない。

早速白銀の竜が住むという北方の氷山に向かったのだがその近隣の街からここ数年竜が現れていないことを聞いた。そして、その時期から白銀の鎧と剣を身に纏った美しいエルフが現れたことも。

嫌な予感がした。エルフの中には強い力を持つ者はいるがそれでも竜には敵うはずがない。そうとわかっていても心にじんわりと影が差した。

北のエルフなら何か知っているだろうと訪ねれば銀髪の力を持ったエルフが白銀の竜の鱗と牙を持って装備を整えるように頼んだという。

やはり嫌な予感は的中してしまった。白銀の竜アイリスは銀髪のエルフに討たれてしまったのだ。希望の灯火が消えゆくのを感じた。

これでスマウグに対抗するだけの戦力がなくなってしまった。それだけではなく光に与する貴重な竜がこの世界から喪われたのだ。これはこの世界に大いに打撃を与えるだろう。

儂はその銀髪のエルフを探すことにした。どういう意図があってアイリスを討伐したのか、どのような人物なのか儂には知る必要があった。

それにどのような者か分かればスマウグとの戦いに助力を請えるかもしれない。竜を倒したというならばその力は本物であろう。これからの旅に必要な人物である。

銀髪のエルフの軌跡を辿り彼の者を捜す。それは思ったより早い出会いであった。

小さな街の大衆向けの食堂に明らかに場違いな者がその場にいた。銀髪を3つに編みひと目で上等だとわかる鎧を身につけ丁寧な動作で食事を取っているエルフ、彼の者が儂の捜し求めていた人物であろう。

ひと言断りを入れてから前の席に座る。表情は動かずなんの意図も読み取れない。手強い御仁のようだ。


「わしはガンダルフという者じゃ。失礼だが名前を聞いても?」


「アイス・スノーフル。何か用でも?」


名前を聞くと躊躇いもなく答える。北のエルフの街で名乗らなかったのには理由があるのかと思ったがそういうわけでもないらしい。

話をしていてもその表情は全く崩れない。整いすぎた顔立ちからはなんの意思も読み取れることが出来そうにないので軽く探りを入れてみる。


「わしは白銀の竜アイリスを探しておる。じゃが最近彼の竜を見かけなくなってしまった。調べてみると白銀に竜がいなくなった時期にアイス殿が現れたという。何か知っていることはないかのう?」


アイスは儂の言葉を聞くと僅かばかり静止しそして腰からゆっくりと剣を取り出す。その剣を見て儂は思わず息をするのを忘れてしまった。鞘に収まっているというのにその刀身が光輝いていたのだ。

アイスの差し出す剣に手を伸ばしゆっくりと触れる。しかし、儂が剣を握った瞬間輝いていた刀身は光を放つのをやめてしまった。まるで自分の主がアイスであることを示すように。

儂はその剣をみて酷く安心した。アイスがどのような人物かわかったからだ。

相変わらずの固い表情からはアイスの考えを読むことは叶わないが白銀の竜が彼女を認めているというのはよくわかった。どのような最後なのかは知らないが白銀の竜は彼女を友のように思ったことだろう。

ならばアイスを旅に引き入れるのになんの迷いもない。白銀の竜に認められ竜を倒すだけの力を持つ彼女のことは必要だ。

だがしかしアイスはエルフである。ドワーフであるトーリンを救うため手を貸してくれるかわからないものだったが話をするとアイスは旅の同行を快諾してくれた。トーリンの存在を知った上で力を貸してくれるという。

これでエレボール奪還に一歩近づいたことだろう。あとはあの頑固者を説得するだけじゃ。




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