ホビット

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スマウグとの戦いの後、あの最初に目覚めた氷山の洞窟に戻った。最初は気づかなかったのだけれどもどうやらここは私の住処らしくて奥に木の実や動物の死骸やらが蓄えられていた。お肉もこれだけ寒ければ腐らないものね。当分食べ物には困らなさそうだ。

さて、自宅に戻ってきてひと息ついたけれどもやることは山積みだ。私はトーリンの仲間になって彼の手助けをしたい。そのためにはなんとしても喋れるようになる必要がある。

正直高く困難で険しい道のりだ。この牙まみれの口でどうやって滑らかに人の言葉を話せばいいのだろう。全く想像できんわ。でもスマウグが話せているということは構造的に可能なんだよね。がんばろう。

そこから私は涙ぐましい努力を始める。まず口を開けたり閉じたりして口角筋を鍛え声を出して自分のイメージ通りの声になるように何度も調節する。腹筋も鍛えた。今なら私、声優を目指せるかもしれん。

そうして長い時間をかけて(氷山は常に暗くてどれくらい時間が経ったのか全くわからなかった)なんとか聞き取れるレベルの言葉を発することができるようになった。私むっちゃ頑張ったわ。

だがしかし、喋れるようになったとはいえその音は非常に濁っていて全ての言葉に濁点がつきそうなほど厳しい。スマウグはめっちゃ美声だったというのにこの差はなんなんだろう。私も滑らかで美しい声で話したいです。

まあ無い物ねだりしていてもしかたないので取り敢えず喋れるようになったことに満足しよう。これでトーリンに話しかけられるよ!じゃあ探しに行きますか!

思い立ったが吉日とばかりに家を飛び出し私は中つ国を巡った。まずはエレボールを見に行ったけれども相変わらず人気はない。きっとあの中ではスマウグが黄金に囲まれてスヤスヤ眠っていることだろう。取り敢えずは放っておいて今はトーリンだ。彼は今どこにいるのだろう?

中つ国はかなり広い。この中でトーリン1人を探そうなんて今更ながら私かなり無謀なことしてないか?そんなことを今さら考えないといけないなんて私馬鹿だろう。なんか知能が低下している気がするぞ。竜って実は知能指数低いんじゃないのだろうか。だとしたらスマウグにも勝ち目はあるぞ!

そのまま南下していきトーリンを探す。最悪エレボールで待ち構えていればトーリンの死亡フラグを折ることはできるからどうしようもなかったらエレボールに戻ろう。

なんて思ってたら山の麓の鉱山でドワーフたちが戦争しているのを見つけた。これトーリンもここにいるんじゃないか!?すぐさま助けに行かないと!

上から戦場を見渡すとオークの群れの中にひと際大きい白いオークがいることに気付いた。あれってひょっとしてアゾグじゃない?え、もうアゾグと戦っているの?この間スマウグと戦ったばかりじゃないか!

正確な年月は覚えてないけどトーリンがアゾグと戦うのはエレボールを失ってから30年後くらいのはずだ。え、私ボイストレーニングに30年もつぎ込んでいたの?竜の体感時間が人と違いすぎて戦慄したわ。

下の様子を窺うとトーリンがアゾグの腕を斬り飛ばしたところだった。劣勢の中諦めずチャンスを生かしアゾグに致命的な一撃を与える。体格は圧倒的に不利なのにオーク相手でも勇敢に向かっていくトーリンの姿に胸が熱くなる。本当に、本当に凄いよトーリン。画面越しでない分感動も一押しだ。トーリンが格好良すぎて生きるのがつらい。

アゾグは腕を失い部下に引き摺られながら去っていく。アゾグはいなくなったがオークたちとの戦争は終わっていない。少々出番が遅くなってしまったがここからは私も参戦させていただこう。トーリン!今いくよ!

バサバサと羽ばたかせていた翼をたたみ一気に地上へと降下していく。上空からの襲撃を予想していなかったオークたちは突然の風圧に堪えきれず舞い上がる。そこへすかさずブレスを撃ち込みオークたちを一掃する。

気付いたのだが私のブレスは空気のなかに細かい氷がたくさん混じっていてそれを高速で叩きつけられるということは無数の刃の中に身を踊らせることと同じ意味になる。つまり私のブレスを浴びせると切り刻まれた血だらけのオークの死体が出来上がるというわけだ。自分のブレスをどうこういうのもアレだが殺傷力高すぎませんか?こんなグロッキーな必殺技じゃなくてもっと格好いい攻撃が良かったです。

私の存在によりはっきり戦況はドワーフ側に傾いた。モリアの地下炭鉱へと逃げ惑うオークたちに向けて雄叫びをあげる。よっしゃー!勝ったぞー!これはきっとトーリンの役に立てたぞ!

やがて状況が落ち着きドワーフたちは遠巻きながらも私の元に集まってくる。なんだろう、怖い。まさかまだココに敵がいるぞ!竜を殺せ!とかになるんじゃないだろうな?でも違うんです!確かにスマウグはドワーフの故郷奪ったとんでもない竜だったけど私は君たちの味方なんだ!わたしはわるいドラゴンではないです

集まってくるドワーフに内心怯えているとその中から周りを押しのけ黒髪のドワーフがやってくる。トーリンだ。トーリンが目の前にくる。


「トーリンだ。貴方に聞きたいことがあるアイリス殿。貴方は何故我々ドワーフを助けてくれる。それも2度も」


トーリンが私を見ながらそう問うてくる。よかった、いきなり攻撃だー!とかにならなくて。話し合いならば彼らを説得する余地があるぞ!ふふふ、この30年血反吐吐きながら時におやつ食べながら習得したこの美声を聞くがいい!嘘です全然美声じゃないですダミ声だけれども一生懸命話すから聞いてください。

時間は充分あったからトーリンに話す言葉は考えてきている。私はブレスにならないように息を吸ってそして言葉を吐き出した。


『貴殿は誇り高いドワーフの王だ。それゆえ助力したいと思った』


なんかもっとフランクにずっとトーリンのファンでした!貴方の助けになりたいんです!とか言おうと思ったのになんだか堅苦しい文言になってしまったぞ。見た目は怖いけど実は付き合いやすいフランクなドラゴンという設定にしたかったのに何故だ。

いやもうこの堅苦しい言葉遣いになったのは別にいいや。礼儀を知っている竜だって思ってもらえるかもしれないし。それよりも問題なのは私がしゃべった瞬間ドワーフが吹っ飛んだことだ。・・・なんだ、と?

いやもうマジわからん。私の息吹は言葉しゃべるだけで相手が吹き飛ぶほどの威力を持っているということですか?吹き飛ばされて遠くに叩きつけられるドワーフたちを見て呆然とする。トーリンはかろうじて風圧に耐えれたようだがこれだけのドワーフを吹き飛ばしてしまったということはもう関係修復は無理ですね。はは、もう逃げるしかない!!

私は翼を出して急いで駆け上がる。幸いなことにまだドワーフたちは態勢を立て直せていないからか弓矢を打ってこない。よし!今のうちに氷山まで逃げ切るぞ!

私は泣きながら全力で自分の家まで逃げ帰ったのだった。




***

空高く飛んでいく竜を見上げる。あの竜、アイリスには返しきれないほどの恩があった。

初めに出逢ったのはスマウグにエレボールを奪われた日だった。強大な力の前に逃げ惑うしかできなかった我等を庇うようにスマウグの前に舞い降り奴の炎を氷の息吹で掻き消した。そして炎を氷がぶつかりあり崩れゆく宮殿から翼を広げ我々を守ってくれた。ドワーフたちの息の根を止めようと炎が逆巻く中アイリスの息吹がそれを消し去る。アイリスの行動によりあの日多くのドワーフの命が救われたのだ。

そしてまた今日白銀の竜の行動により我々は救われた。アゾグを倒したとはいえその場には多くの敵がおり激戦が行われるのは間違いなかった。しかしその場に天の使いかと見間違えるほど美しい竜が現れオークのみを蹴散らしその息吹により死に至らしめた。なんの恩義もない我等に何故ここまでしてくれるのかと問えば何処までも深い青い瞳をこちらに向け厳かに言葉を落とした。


『貴殿は誇り高いドワーフの王だ。それゆえ助力したいと思った』


その声は風と共に届いた。白銀の竜の言葉には力が宿っておりそれに耐えきれず仲間が空を飛ぶ。

だがその言葉には悪意はなかった。竜の佇まいは堂々としたものでただ漫然と事実を告げているのだと感じだ。

その事実に気づいた時私の胸に熱い物が込み上げてきた。歓喜だ。アーケン石を持たず誰からも王だと認められなかった私をこの竜は認めてくれたのだ。誇り高いドワーフの王だと、だから助力したのだと。

それだけいうと白銀の竜は空高く舞い上がった。そして空の彼方に消えていった。

それを見ながら私は決意する。この恩を私は、いやドワーフは生涯忘れないと。

白銀の竜アイリス、彼の者はドワーフの友だ。




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