ホビット

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ロードオブザリングという映画が好きだ。ファンタジーの世界観が作り込まれていてその風景が美しく虜になる。

戦闘シーンのひとつひとつも魅せる工夫がされておりただ剣を振るうだけではないこちらを楽しませる演出が数多く凝らされている。

そして何よりキャラクターが好きだ。ただ善悪があるだけの物語ではなくエルフとドワーフが仲が悪かったり人間が強欲だったり種族間の様々な確執があり物語に深みを出している。

あんまりにも面白かったから映画館で2回観てDVD買って3回観てついでに保存用にBlu-rayまで購入したといえば私がいかにこの物語を好いているのかわかってもらえるだろう。

そしてその9年後、ホビットというタイトルでその続編が発表された時私は発狂するかというくらい喜んだ。そのまま即座に試写会に応募したのは当然の流れだろう。神はこの世にいたのだ。

残念なことに試写会のチケットは外れてしまったのだが、公開日初日に有給とって映画館にかけこんでついに見ることのできた『ホビット』の作品の出来には感無量。生きててよかったと心から思った。

元々ファンタジー作品は好きだったがこのシリーズは一際だって面白い。ドワーフかわいいよ!ビルボかわいいよ!と思って3部すべてを観たのだが涙が止まらなかった。

なんと、トーリンもキーリもフィーリも皆死んでしまったのだ。そんな馬鹿な、

ホビットは児童向け書籍と聞いていたからハッピーエンドだと信じ込んでたのにとんでもないオチだった。そういえば同じく児童書のハリー・ポッターでもシリウス死んでいたな。児童書とはいったい、、

トーリンがビルボと仲直りしてそして死んでいったシーンでは心が痛くて嗚咽が止まらなかった。3年付き合って婚約までしてた彼氏に振られた時よりも辛かった。周りに迷惑をかけてたかもしれないが隣前後の人間は皆泣いてたので問題ないだろう。問題はトーリンが死んだことだろう。嘘だと言ってよバーニー。

エンドロールが流れそして映画が終わっても私は席を立てなかった。1年経てばトーリンとは画面の中でまた会えるのかもしれないが何度観ても結末は変わらない。トーリンは死んだのだ。こんなのあんまりだ。

しばらく呆然と映画館の席についていたのだがやがて清掃の邪魔だと追い出される。ふらふらとした足取りで扉を開け外に出ようとした瞬間、

気付いたら私は緑に囲まれた家々を見渡していた。…あれ?

自分の置かれた状況がガラリと変わったのに気づき驚いて顔を上げた瞬間手から何かが転げ落ちた。持ち手の長いパイプだ。そういえば口の中が少し苦い気がする。


「どうしたのじゃビルボ。急に驚いたような顔をして。何かあったのかね?」


上から声が降ってきて自分を陰っている物が目の前の老人であることに気付く。そして顔を見上げてさらに驚いた。そこにいた人は先ほど画面の中にいたガンダルフその人だった。これはどういうことだろう?まさか本物?


「ガンダルフ?」


「そうじゃ。やれやれ、やっと思い出したのか。もう忘れるでないぞ」


そろそろ行かねばならんの。また会おうビルボ。と言ってガンダルフは去っていった。灰色のローブが離れていくのを見ながら私は確信する。間違いない、あれはガンダルフだ。じゃあここはホビットの世界?私は、まさかビルボ!?

バッと立ち上がり自分の格好を見てみる。身長は自分ではよくわからない。服は今まで来てたTシャツにジーンズではなく民謡風の衣装だ。髪はゴワゴワしてて少し硬い。これは私ではない。私ではないのだ!

それだけでは自信がなかったのですぐ後ろにあった家に飛び込み(これ間違えたらただの不審者だな)家中を駆け巡って鏡を探す。鏡はすぐ見つかった。アンティークな縁取りをした全身を写す大きな鏡に今のわたしの姿が映し出される。明るいブラウンの髪に透き通るような緑の目、少し尖った耳に西洋人の顔立ち、間違いなく鏡に写ったのはホビットの主人公『ビルボ・バギンズ』だ。

ビルボだ!私はビルボに成り代わったんだ!ってことはここは中つ国なの?ひゃっふー!ついに次元の壁を超えたぜ!ってことはトーリンに会えるんじゃね?

…そうだ、トーリン。ここが本当にホビットの世界だというならばトーリンは死んでしまう。ガンダルフの様子を見るに今は旅立ちの前だ。つまり今からあの過酷な旅が始まるのだろう。そして今夜、忍びの者であるビルボを求めにドワーフたちがこの家を訪れに来る。

私に、何ができるのだろう。ドワーフたちを助けたい。キーリに幸せになって欲しい。フィーリに笑っていて欲しい。トーリンに生きていて欲しい。

でも、私はビルボではないのだ。身体のスペックは同じでも私は主人公ではないのだ。あの物語のようにうまくいくのだろうか。あの物語より酷い結果にならないだろうか。

トロルを騙せるだろうか。大蜘蛛に絡め取られないだろうか。ゴブリンに見つからないだろうか。オークに殺されないだろうか。

それでも私はビルボがいた世界より良い結末を迎えたい。原作を変えてしまいたい。あの胸の裂けるような痛みをこの世界で味わいたくない。

身体のスペックは同じなのだ。知識もある。やる気なら誰にも負けない。なら、絶対に成し遂げてやる。私はトーリンを救うのだ。

まずは今晩みんながくるのだ。うん、ご飯の準備でもしますか。




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