ホビット

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それは夜も更けて来、ビルボが用意した晩飯にかぶりつこうとした時だった。(さすがに私は晩飯まではいらなかったので紅茶を入れて席についていた)ドンドンと強くドアを叩く音がし互いに顔を見合わせる。ホビットは来客好きでしょっちゅう客を招く種族だから誰かが来るというのは珍しくないのだが今日はビルボに何も聞いていない。戸惑った顔のビルボを見ると彼も想定外の出来事なのだろう。取り敢えずいつまでも叩かれるノックを放置するわけにもいかないのでビルボは席を立ち扉に向かう。私もそれについていきドアが開かれる瞬間に立ち会うとそこには背の低い厳つい顔をした顔中毛むくじゃらの男が立っていた。


「ドワーリンだ。お見知りおきを。で、どっちだ?」


「へ?なにがですか?」


強面の小男は名乗るとともに何かを要求してきた。何を求められているんだろうね。命とかいわれたら一つしかない上失うと死んじゃうので全力で逃げねばならないが、さすがにそれではなかったらしい。困惑しながら聞くビルボに、飯だ。ここにくればたらふく食えると聞いた。といいながらドワーリンはコートをビルボに預けどんどん奥に行くとビルボの晩飯を次々平らげていった。ビルボは悲壮感漂う顔でそれをみていたがなんだかんだ言ってビルボ夕食は食べているじゃん。前々から少し緩んだビルボの腹のことは気になっていたし一食くらい抜いたって大丈夫じゃない?まあでもビルボが食べること大好きなことは知っているしドワーリンに渡すパンの中から一つくすねたことは目をつぶってやろう。

ドワーリンという唐突な客の対応についてビルボと押し入り強盗本当に客?とこっそり相談しているとまたトントンとドアが叩かれた。扉を開けると髭も髪もすべて真っ白な優しそうな顔をした小柄なおじいさんが立っていた。おじいさんはバーリンと名乗るとこれまた勝手に家の中に入ってきてドワーリンと共に食料を漁っていった。ビルボが遠まわしに文句を言ったがまったく伝わらない。そうこうしている間に今度はキーリとフィーリというハンサム兄弟がやってきてその次にはたくさんの小男と杖を持った長身のおじいさんがやってきた。めっちゃ大量やん。どういうことよ。

この小男たちが何者なのかはわからないが最後にやってきたおじいさんが何者かだけは私にもわかった。灰色のローブに先のとんがった帽子、ビルボから話を聞いていたから一目でわかったね。この人がガンダルフだ。じゃあこの小男たちはガンダルフの仲間なのだろうか?

ガンダルフは私を見るとゆっくりと目を細めそして微笑えんだ。


「そなたがナノとやらかの?ワシは灰色のガンダルフという者だ。ビルボから聞いたんじゃが魔法を使えるらしいの?よければひとつ見せてくれないか?」


口調は穏やかだがガンダルフの雰囲気には有無をいわせないところがある。微笑んだままこちらを見て動こうとしないガンダルフに一瞬どうするか悩みすぐに見せることを決意する。ガンダルフは全シリーズを通して一度も主人公たちを裏切ることのなく助けた完全な見方キャラだ。そのガンダルフに対して禍根を残すのは嫌だったし知られても悪いことにはならないだろう。

わたしはすぐに『メラ』と『ホイミ』とそれから『アイテムボックス』を披露した。『アイテムボックス』はRPGお馴染みの異空間に物を収納することのできる能力だ。厳密に言えばこれは魔法ではない気がしたが勇者の能力として手に入れたものではあるのでガンダルフに披露することにする。

手の中に炎を灯したり何もない空間に物を出し入れしていると朗らかな笑みを浮かべていたガンダルフの表情が驚愕に変わっていく。あれ?私何か間違えた?めっちゃ驚かれているんですけど何か悪いことしたっけ?


「まこと驚いた。ビルボが嘘をつくとは思わなんだがまさか本当に魔法が使える者がおると。おぬしはイスタリなのか?」


「イスタリが何かは知らないですが違うと思います。わたしはただの人間です」


「ふむ、ただの人間に魔法が使えるとは思えぬがのう。まあよいわい。悪しき者でもなさそうじゃしもうひとつ良いものを見つけたわい」


そういってガンダルフは楽しげにわらう。結局イスタリとはなんだったのだろうね。イスならこの人数だし絶対に足りんと思うけど。

わたしがガンダルフと話している間に小男たちはビルボの食料を片っ端から胃袋に収めていきそして食べ終わるとお皿を投げたりフォークとナイフをカチカチ鳴らしたりしながら片づけをしていく。頭を抱えているビルボには悪いがちょっと楽しくなっていった。彼らを見ていると愉快なサーカスを鑑賞しているような気持になるのだ。

ガンダルフに尋ねると小男たちはどうやらドワーフ族らしくここには仲間を探しに来たらしい。このあたりには温厚なホビット族しかいないけど誰を探しているのだろうか?

食事がひと段落しいよいよ本題というところでまたドアがノックされる。嫌な予感しかしないなーと思いながらドアを開けるとどこの893ですか?と疑うほどいかめしいドワーフがいた。やばい、マジこわい。

わたしがガクブルしていると隣のビルボも怯えているのがわかった。よかった怖いと思っているのはわたしだけじゃなかったんだね。さて、逃げようかビルボ。


「何がいけばすぐわかるだガンダルフ。2回も道に迷ったぞ」


「おお、よく来たトーリン。これで全員そろったのう」


どうやらこの強面はガンダルフの知り合いでトーリンというらしい。あのドワーリンというドワーフも怖かったけどこのトーリンさんは別格ですね。纏っているオーラがただ者じゃないといってますわ。

トーリンがきたことで話し合いが始まる。どうやらこのドワーフたちはドラゴンに取られた故郷を取り戻すために奮起し、そしてここには忍びの者を雇うために来たらしい。へー、その勇敢な人は誰なんだい?よほど腕こきじゃないとなーとビルボが軽い口調でいっているがどう考えても君のことだよね。だってドワーフたちはこの家に来たんだから。

案の定ドワーフたちに自信はあるのかと聞かれビルボはへ?とマヌケな声をもらした。そして旅の危険性を教えられたビルボは倒れてしまった。ビルボー!??

ビルボは椅子にもたれかかり旅についていくことを拒否したがガンダルフに説得されてしまったようだ。一晩経った後朝起きれば荷物を纏めたビルボがいた。


「確かにホビット庄にいれば安全だけど僕は冒険に行きたいと思ったんだ。ナノ、君はどうするの?」


ビルボにそう問われて私は少し考える。まあ正直こうなるかなとは思っていた。メタ読みするならガンダルフが来たっていうのはウェンディのもとにピーターパンが来るようなものだもんね。冒険が約束されたも同然だ。それにビルボは口癖のようにホビット村はいいところだ。冒険なんて。って言ってた。それって冒険に興味あるってことだもの。

ビルボが冒険を選択するだろうというという前提でわたしも一晩考えた。ガンダルフには魔法が使える者が来るのは歓迎すると言われているからわたしが行っても邪険にはされないだろう。さて、それで旅について考えてみると行きたい行きたくないだけで言えばまったくもって行きたくない物だ。ビルボの冒険は知らないけれどもロードオブザリングの世界ではいつも命の危険にさらされながら圧倒的な数の敵に立ち向かわなければならなかった。同じようにこれからの冒険は危険でいっぱいだろう。

ビルボはおそらく生き残るだろう。ホビットでバギンズというファミリーネーム。うっすい記憶の引き出しを引っ張りだせばロードオブザリングにもビルボはいたような気がする。ビルボは死なない。だからわたしが旅についていかなくともなんの問題もないのだ。

だけれどもそれでもつらい目には合うだろう。誰かが死ぬかもしれない。ビルボにはここにきて半年本当によくしてもらえた。身よりもなくて異世界で心細いわたしにホビットはもてなし好きだからいくらでもここにいればいいよっていってくれたのには本当に救われた。

ビルボには恩がある。そしてわたしはビルボのことが大好きなのだ。だから助けになりたい。

ついていこう。昨晩そう決めていた。


「食料と水と着替えとそれからハンカチはアイテムボックスに入っているよ。準備はばっちりだ」

「ナノ!」


ビルボが嬉しそうに声をあげる。わたしたちは急いでドワーフたちに後を追ったのだった。




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