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□ハニー・トースト
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「はぁ…腹減ったなぁ」

サーッと、冷たい雨がマグノリアの石畳を打ち付けている。窓から、冬の雨を眺めながら、桜頭の少年ナツがキュルキュルと鳴る腹を擦った。

「も〜っ……何も無いわよっ」
 
ナツの腹の虫に、ぎょっとした顔を見せながら、本に目を落としていた金髪の少女ルーシィが、頭を持ち上げた。眉を下げ、下唇を突き出し、腹を擦っているナツが、つまらなそうにぼやいている。――既に力が出ないほど、腹気減っているのかもしれない。

「雨かぁ〜。すぐやむと思ったんだけどなっ」

下唇を付きだしたままナツが立ちあがった。そして、勝手知ったるルーシィのキッチンへ足を進めると、ガサゴソと棚の上のかごを覗き見て、ガサゴソと違う棚の中を探っている。

――まったく、よく人の家の食糧置き場を把握してるんだからっ
――あっそれとも、竜の鼻が嗅ぎ分けてるのかしら?

戸棚を探った後は、冷蔵庫の中を覗いている。本当にすぐ食べられるようなものは、無いのだ。何か作るにしても、なんだかちょこちょこと材料が足りない気がする。今キッチンにあって、すぐ食べられるのは――食パン位だろう。あちこち探った後、ナツがのそりと振り返った。何ともがっかりした様子だった。

「……ホントなんもねぇのな」
「そうよ。だからいったじゃない」

 ナツのため息交じりの声に、ルーシィは呆れた声を返した。ナツだけではない。ルーシィだって、正直お腹はすいているのだから。

「あんた達が、きのう勝手に食べちゃったので、お菓子は全部だったのよ」

ルーシィの“だから”というのは、ギルドからの帰り道、雨が降り出して早くしろとナツがルーシィの手を引いた時、ルーシィが渋い顔をしたのだ。

『買い物しなきゃ』
『冷たい雨は嫌いだ! すぐ止むって、止んだらにしようぜっ』

そして、ナツは強引にルーシィの手を引き、部屋へと急いで帰ってきてしまったのだ。あとから行くから〜と言っていたナツの小さな相棒は、きっとギルドを出る前に降り出した雨のせいで、ここへ来るのはしばらく後だろう。

「まぁ、おかげでぬれなかったけど……」

ふとナツが視線を食糧庫の上にやると、どど~んと大きな食パンが見えた。そして何かお思い出したようで、アレアレと言いながら目を輝かせた。

「あれ作ってみようぜ!!アレ」
「あれ? あれって?」
「ほらミラが言ってただろ? 俺でもできる簡単ピクシだって」
「ピクシって……この場合レシピねって、あたし聞いてないわよ?」

ルーシィは斜め上を見ながら思い出そうとするが、一行に思い出せない。すると、思考にふけっている間に、ナツがキッチンで包丁を取り出した。ちょうど2斤近く残っている長方形の食パンに向かって、ナツは真剣な顔を向けている。。

食べられる大きさに切るのかと見ていると、ナツは徐に耳に沿って包丁を突き刺した。まるで敵とでも対峙しているのかと云うほど、目を吊り上げ、真剣な様子のナツだが、包丁の先がプルプルと震えている。その危うさに、ルーシィは息を呑み込みながら、自分の両手で目をふさいだ。でも見ないことができないのか、指の間からナツを観察している。

 「あん? ハッピーと一緒の時だったっけか?」

首をかしげながら包丁を握るナツの姿に、ルーシィは居ても立っても居られず、声を荒げた。

「包丁は、あたしやるっ」

ナツの見守る中、言われるがままルーシィはパンの耳を残して中身をくりぬいた。どうやらこの耳の部分を器として使うようだ。そして、耳から切り離されたパンの柔らかい部分を、小さな一口大に切っていくのだ。サイロのように、正方形に切りそろえられた白いパンがバットの中に並んだ。

「あとは、俺がやるからなっ!!」

珍しくもそんなことを言うナツに、不思議そうに視線をよこしていたルーシィだが、その真剣な横顔に、だんだんと楽しくなってきたようだ。楽しそうにほほ笑みながら、その様子を間近で眺めている。だが、口だけは挟むのだ。

――だって、キッチン壊されたら大変だもの。

「そんな大きいの、入んないわよっ」

2斤分くらいあったパン耳の器を、ナツが石釜に突っ込もうをしている。ナツが火を入れたので、石釜は使える状態になってはいるが――そこに入らないものを焼くことはできないだろう。ルーシィは、一度ナツの手からパンの器を救出して、石釜の戸を閉めた。ニッコリと微笑み、ルーシィは再びナツにパンの耳を渡した。

「はい。火の魔導士さん」
「うおっ!?」
「はいっ。焦がさないように気をつけてね」

ナツは、そっかと、ルーシィからパンを受け取った。決して消し炭にならない様に――ナツはパンを両手で包み込み、やんわりと魔力を練る。ふとすぐ近くから視線と感じる。――食い入るようにナツの手と、顔を交互に観察するルーシィ。

「何見てんだ?」
「ん〜? だって戦闘以外で……なんか珍しいじゃない?」

ナツの真剣な表情っ!! と嬉しそうにルーシィが、花が咲いたように笑った。

――なんだかルーシィの笑顔と視線が、むず痒い。

「あっ!!」
「んがっ」

ついつい手元に力が入ってしまった――。

「ルーシィのせいだかんな……」

頬を膨らませて、ジトッとルーシィを睨み付けるナツ。その両手の上には、ナツの手形の焦げが付いたパン耳の器。ルーシィはおかしそうに顔を歪め、笑い出した。

「なんでよっ〜。うちの石釜にそんな大きなもの入らないのは、あたしのせいじゃないわよ?」
「……うっせぇ」

ナツの手からパン耳の器を、受け取りルーシィは皿にのせた。そして、紅茶を入れるためにやかんに火をかけた。

「それで? 切ったパンもナツが焼くの?」

楽しそうに、顔を覗き込んでくるルーシィ。もう既に、ナツが何を作り始めたのか、わかっているのだろう。ナツは、くりぬいた後一口大に切ってもらったパンを、鉄板にほうり込んで石釜に入れた。

「フフフッ。ナツの炎じゃ口に入る前に、消し炭だものね?」

ルーシィの茶々に反目を返した後ナツは、石釜の中を覗き込んでいる。きっと今回ばかりは焦がさない様に、タイミングを計っているのだろう。

「そうだルーシィ!! パンに塗るアレ!」

背を向けたまま、ルーシィに何かをとれというとナツは、石釜の戸を開けた。程よく焦げ目の着いたパンを載せた鉄板を取り出すと、目の前にバターが入れられた小皿が差し出された。ルーシィはにっこりとほほ笑み、焼けたパンが耳の器にほうり込まれるのを、にこにこしながら見ている。

「塗るより、溶かしてかけよう?」
「ん。」

器にパンを放り込むとナツは、にっこりとほほ笑むルーシィの手からその小皿を受け取った。ナツの手に小皿がつままれバターが溶けていく。そして、溶けたバターはたっぷりパンの上からかけられた。
 
焦げたパンの匂いと、溶けたバターの香りが混ざって、ナツの腹を刺激した。キッチンにナツの腹のあたりから聞こえる、ぎゅるるるるっという大きな音が響いた。ちょうど湧いたお湯で、ルーシィは紅茶を入れながら、ナツの腹の音にクスクスと笑っている。

 いつの間にか、窓から光が差している。窓の外は、水たまりが反射した光であふれかえり、優しい日の光がマグノリアを照らしている。

「ルーシィ!! アレアレ!!」
「あれ?……あぁその戸棚の奥っ」
「おっ。あった あった」

ナツは戸棚の奥から、籐のかごを取り出した。その中には、蜂蜜やキャラメルやチョコのソースが入っている。その中から蜂蜜を取り出して、ナツは首をかしげた。

――何か足りないような――。

そこに、ルーシィが1つの袋をもってナツに、茶こしを手渡した。

「はい。粉砂糖で、雪化粧してねっ」

――楽しそうに、にっこりと笑うルーシィ。
――そういえば、こいつずっと笑ってやがる。

「おうっ」
「……お茶、運んどくねっ」

ナツの返事を受け、ルーシィは蜂蜜とフォークと一緒に紅茶と取り皿をトレーに乗せ、ダイニングテーブルへと運んでいく。そこで、雨が止んでいる事に気付いたルーシィは、風邪を通すために、窓を少し開けた。

ルーシィが窓を開けると、ふわっと優しい風が吹きぬけた。

ナツは、粉砂糖を入れた茶こしを何度も降っていた。奥の方に入ってしまったパンにも届くようにと、きわめて真剣な表情だ。所々、粉砂糖が山になっているが――。

少し焦がしてしまったパンの耳で出来た器に、大きめに切られたこんがり焼けた食パン。その上からたっぷりのバターと、雪のような粉砂糖。

――あとは……蜂蜜をかければ、いいんだよなっ
蜂蜜をかければ――出来上がる?

「なんか足んねぇな……なんだっけか?」
「…アイスじゃない?」
「……そっか。アイスだった!! サンキュ。ハッピー」

背後からの相棒の助言に、礼を述べたナツは、部屋にいるルーシィに向かって声をあげた。

「ルーシィ!! アイスだ!!」
「えぇ? 寒いのにアイスなんて買ってないわよ〜」

すぐに部屋から、ルーシィの声が返ってくる。

「……しゃぁねぇな。アイスは後で食うかっ」
「あいっ! 大丈夫だよナツ。オイラ、アイス貰ってきたからっ」

「……おわっ!! ハッピー……いつ来から…」
「さっきからだよっ。ナツ。ナツが料理してるなんて、ミラの言った通りでオイラびっくりしちゃったよっ」

アイスもテーブル持ってちゃうね~と、ハッピーが、羽を広げた。

「……ミラが?」

分厚い雪化粧で仕上がった、トーストをテーブルに置き、ナツはハッピーとは反対側のルーシィの隣に座った。

「ハッピー。ナイスタイミングねっ」
「あい。雨が止んだらすぐにね、ミラがアイス届けてほしいってくれたんだ」

だからオイラ、マックススピードで来たんだよっと話す青猫の頭を、優しく撫でるルーシィの横顔をナツが、ジィーっと見つめた。視線に気が付いて、ルーシィが首をかしげる。

「なに? どうしたの? ナツ」
「いあ。この食パンどうしたんだ?」
「ああっ。珍しいでしょ? ミラさんがなんかくれたのよねぇ…そういえば、レビちゃんも貰ってたような……蜂蜜も……」

魔人の笑顔が、ナツの脳裏をよぎった。

――思い出した!!
――ちょうど1週間前だ。
――珍しくガジルがカウンターに座っていて、何かミラと話し込んでたんだ。
なんとなく視線がいったのを、ミラが手招きしたんだ。
そこに行くと、このパンの作り方を教えてくれたんだ。
簡単だから、覚えておけと。

――作ってあげるのも楽しいけど、たまには愛情たっぷりの人が作ったものが嬉しいのよね〜と、何とも含みのある言われ方をして――そうだな、今度ルーシィに作ってやるか――って、そう思ったんだ。

 ――まんまと、嵌められた。

しかも、今日だとタイミングまで謀られてしまったのだ。

――だが、恐るべし魔人に――感謝する。

――まぁ。こんな日もいいもんだ。
目の前で、目を細めて嬉しそうに笑うルーシィがいるから――。

窓の外にひろがる青空に、大きな雲が風に乗って流れていく。

暖かい部屋で、自分の隣には にっこりと楽しそうに笑う大好きな少女と、その膝に納まり甘える相棒の姿とに、どこまでも安らぎを覚えることは――事実だ。

ハニートーストを食べ終わるとナツは、ソファに座り直した。

ルーシィとハッピーが楽しそうな声が、部屋に響いている。

窓越しに目に映る雲を追っているうちに、ナツの瞼は、ゆっくりと降りてくる。

今頃ガジルの家にもアイスが届いて、ハニートーストをつつき合っているのだろう。と思うと笑えてくる。あの鉄の男が――。案外、しっかりエプロンとかして作ってやがんのかもな――カッカッカッカッ。


きっと明日、ギルドでレビィと顔を合わせれば、ルーシィにはすべてが分ってしまうだろう。

その時のルーシィは、嬉しそうに、少し恥ずかしそうに笑うんだろうなと――思ったんだ。


「あれ〜? ナツ寝ちゃったの?」
「もう。雨あがったから、買い物行こうと思ってたのにぃ」
「プププッ。ルーシィ重いもの買う気満々だったんだね」
「そりゃぁ、そうよ。どうせ、あんたたちのお腹に入るんでしょ? 働いてもらわないとっ」
「あいっ! 夕方のセールが狙い目だねっ。ルーシィ!」
「フフフッ。じゃぁ……それまで寝かしておいてあげますかっ」

近づいてきた気配が、目の前で立ち止まり、何かを腹にかけてくれた。

――んなことしなくても、風邪なんかひかねぇのに。

「片づけは、オイラも手伝うよ〜。ルーシィ」
「片付けさせたくって、起こしてる訳じゃないからねっ……っ!?」

再び離れて行こうとした気配を、――逃がさない様に掴んだ。

「///もう。動けないじゃない///」
「……あい。片づけはオイラがやっておいてあげるよ」


ポスンと横に座ってくれた暖かい存在の細い腰に、目をつぶったまま腕を巻き付けて、そのやさしい匂いを吸い込んだ。優しく頭を撫でてくれる手に、酷く――安らぐんだ

まぁ後で、多少ハッピーにからかわれても――金魚みてぇに真っ赤になって慌てるルーシィが見れるんなら――それもいいかもしれねぇな――。


Fin

「ルーシィー片付け終わっ……プフフ。2人とも、いい寝顔だねっ」

ハッピーは、しっかりルーシィをホールドして眠る相棒の桜色の頭に寄りかかって、瞼を卸した。

大好きな相棒と、大好きな少女――2人と同じ夢の中へ――。











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MOMOMOSUMOMOMOMOMONOUCHIのmo様より、10000hit記念にリクエストさせていただいた『部屋でひたすらほのぼのしてるナツルちゃん』のお話です。拝見しながら悶えた挙句呼吸困難を起こしかけた、私の大切な大切な宝物です。
こんなぼんやりとしたテーマにも関わらず何故これほどまでに素晴らしい作品が出来上がるのか…。本当に尊敬します!
こんなにも鳥肌級に超絶可愛くて、ほのぼのあったかラブラブな二人を書いてくださったmoさん!本当に本当にありがとうございました!!


※無断転載・保存・印刷はしないようお願いいたします。(giftページ上部にも記載してありますが一応こちらにも記載させていただきます)


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