main

□青少年桃色苦悩物語
1ページ/6ページ

「っん…は……ぁ…」



(…っく……)



その音色は甘美な麻薬。



「ぁ…あ……っんぅ…」



(ぅ…あっ…)



この香りは強烈な媚薬。





「っ……っ…!」



(や…べぇ、そろそろ…くる…っ)





そして、







「っふ…ぁ…ぁあっ!……な、つ…」








吐息混じりに紡がれた己の名はーー




(っ…る…しぃ……っ…!)






最後の、起爆剤。









-----------------






いつからだったか。

「色気ねぇな」なんて言葉を、まったく口にできなくなったのは。


“仲間”ーーが、“好きな奴”ーーに変わった頃から?
いや、少し違うな。
もともと、出会った時から好きは好きだった。


変わったのは……そう。
この気持ちに呼び名がついたことと、底無しに増え続ける想い。
今まで以上に溢れ出した、胸を焦がしてどうしようもなくなる程狂おしい感情。




(まじで……もお、限界かも)



木目の床に座り込んだまま背にした壁に後頭部を付けて天井を仰ぐ。
白くなるまで握りしめた拳の中はじんわりと汗が滲んでいた。



わかってる。
疎かった自分が……感情の変化に少しづつ慣れていけばいいと、そうすることがそのままの自分自身なのだ、とーー言うなれば花畑にいるようなぬるま湯に浸かっているような、そんな甘い感情しか知らなかったこの自分がーー



何より大切にしたいと思っている彼女を初めて脳内で犯したあの日。



あの日からもう、愛しいという想いだけでは彼女を見れなくなってしまった。




(はっ、…こーゆーの、なんつったっけか…。確か、浅ましい…だったよな)



身体中の脈という脈が、どくどくと波打つ。
呼吸が熱い。
なんとか今回もギリギリの所で堰き止められた自分を褒めてやりながら、一方では頭の大半を蝕み続ける罪悪感に一人奥歯を噛んだ。



彼女は知らない。
たまたま知ってしまった、秘密。



遡るは数日前。
眠れないから、と夜の帳も降りた深夜25時の部屋へいつも通りの経路で侵入した日のこと。


流石に寝ているものだと踏んでいた頭が空のベッドを見て疑問符を浮かべた瞬間耳が拾った微かな、途切れ途切れの声。
水の音。
普段とは比べ物にならないくらい、眩暈がしそうな程濃い、彼女のーールーシィの香り。

静まり返った部屋からその出処を探るのは簡単だった。


なにも、考え無しの行動。
こんな深夜になぜ風呂になんか、とか鼻歌でも歌ってるのか、とか…ただそれだけを思って近づいたそこを隔てるカーテンの前。

滅竜魔導士であるからこそ、この距離からでも分かる彼女の声、音、匂い。
ーー何を……しているか。


だから、動けなかった。
出しかけて止まったままだった足はまるで縫い止められたかのようにピクリとも動かない。
耳と鼻と、全身が彼女を感じた瞬間、そこを動こうという気が綺麗さっぱり頭の中から抜け落ちていた。

気付いた時にはカーテン横の壁にもたれかかってズルズルと座り込んでいた。
ベルトを緩めた手をウエスト部分から中へと突っ込んだ辺りで、はっと我に返ったが、もう遅かった。


極たまに、はち切れそうになる想いの丈を苦し紛れに吐き出すための最終手段として行なっていた自慰行為。

自分だって男だ。
一応それなりに、する時は、する。

膨れ上がる想いに比例して回数が増えたことが相変わらず最近の悩みの種だが。

だけどそれをするのは、所詮男だけだと思っていた。


まさか?あの彼女が?

そんなことを混乱と熱を帯びていく思考の片隅で考えながら、いつかギルドの酔いどれ連中から絡まれ半分に吹き込まれた会話を思い出した。


「女もな、切なくてどーしよーもなくなる夜は自分で自分を慰める時だってあんだよ」


その時は、妙に真剣な面で力説する年輩二人組と酒樽を小脇に抱えた酔っぱらいに「慰める?なに言ってんだ?」と首を傾げて呆れられたが、今なら理解できる。


見た目に反して色気は皆無。
けれど意外と無垢で純情で、かえってそれが彼女の高潔さを際立たせていると言っていい。
それぐらい、自分にとっての純潔な、“向日葵”…いや、“太陽”…もっとだ…そう、“女神”がーー。


全神経を研ぎ澄ますように集中させながら閉じた瞼の裏側には一糸纏わぬ姿の、己の女神。

その女神が、薄いカーテンと薄い扉の向こうで自慰行為をしているかと思うと、自分のぐるぐる巻きだった理性の糸はいとも容易く焼き切れた。


耐えきれず吐き出してしまった欲を運良く側にあった白いタオルで受け止めたあと、その夜は慌てて星が輝く窓の外へと逆戻りしたのだった。




彼女の秘密を知ってしまったあの日から始まった、自分だけの秘密。


度々行われるそれを気付かれないないように聴覚と嗅覚だけで感じる日々は、日を追うごとに彼女へと募る灼熱の想いを強くさせた。


触れてみたい感じてみたい…。
目を、顔を全てを見たい。
必ず最後に紡がれる己の名を、切なげじゃなく…熱く、直接呼んで欲しい。



目を閉じて彼女を想う。



(俺も……)





いくらでも呼ぶから。




ルーシィ、ルーシィ、ルーシィ





(ルーシィ…好きだ…)






夜空に瞬く星たち。
その今にも落ちてきそうな輝きを見つめながら、ナツは漸く落ち着いてきた熱を冷ますように長く息を吐いた。





この時の彼はまだ知らない。
終わった筈の夜が、終わっていなかったことを。
長く、熱く、甘いものになることを…。



今この瞬間、時が…想いが、動き出したーー。










次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ