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□星のかけら
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当時ーーって言っても、ほんの2〜3年前かな。
ある映像魔水晶が流行ったんだ。

一見するとただの本にしか見えないんだけど、中を開くとそこに描かれた物語が立体映像として浮かび上がる、なんとも不思議な魔水晶でね。

川沿いの小さな工房でとても仲のいい夫婦が二人だけで作っているんだよ。


その名も、“星のかけら”。


広く知られた今でも根強い人気を誇っている書物型映像魔水晶なんだ。









トントンーー。


「はい」

部屋に響いたノックの音に返事を返しながら、僕は左手に持っていた一冊の魔水晶を書斎卓の左側へ置いた。


「リビングに居ないと思ったらこっちに居たのね。お茶の用意が出来たわよ…あら?懐かしい物を見ているのね」


ゆっくりとした足取りで近付いてきた妻が僕の肩口から卓上を覗き込んでふふ、と笑う。
この瞬間がいつも好きだ。
お菓子作りの好きな彼女からふわりと香る、紅茶と焼き菓子の香り。
僕は少し目を閉じてからそれを堪能した後、自分の肩に置かれた彼女の手を取って優しく横へ引いた。


「こらこら、また爪先立ちしてる。後ろじゃなくてこっちにおいで。ただでさえ今は足がつりやすくなってるんだから、気をつけなきゃ」
「はーい。今度から気をつけます」
「それ、昨日も聞いた気がするんだけどなぁ」


クスクスと楽しそうに笑い出した妻の頬を指で突ついてから卓上に目線を戻す。
深緑色の背表紙は3年という月日が経過しているにも関わらず、そのどこにも擦り切れや色褪せは見当たらない。

妻も同じことを思ったのだろう。
『The adventure to a dream』と書かれた金文字を細い指で辿っている。


「本当に不思議な本よね。あなたにプレゼントされてから3年も経っているのにまるで新品みたい」
「この“星のかけら”の原動力は普通の魔水晶と違って特別な魔力が使われているからね」
「たしかご主人の魔力、だったかしら」


温かさが伝わってくるわ…と微笑みながら背表紙を撫でる妻の手に、僕も手の平を重ねた。


「そう。小説家の奥さんが書いた物語をこの魔水晶に取り込んで、それに旦那さんが特殊な炎を吹き込んで仕上げる」
「きっとその炎には、奥さんが書いた物語を長く大切に読んで欲しいっていう旦那さんの想いが込められているのね」
「そうだね。だから傷んだり色褪せたりがないのかも」
「お話も本当に面白いし、私この本大好き。今でも1番の宝物よ」
「僕もさ。でも、僕は1番ではないな」
「あら、どうして?」


深緑色の丸い瞳がキョトンと僕を映す。
開け放されていた窓から流れた風が、瞳と同じ色をした彼女の長い髪を柔らかく揺らしていった。
僕はそんな彼女の大きなお腹に手を当てて、ふっと微笑む。


「だって僕の1番は、君と…この子だからね」


その瞬間、中からポコンと反応が返ってきたことに弾かれたように顔を上げた僕に噴き出した妻が、私もよ!と微笑み返した。










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