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□Silent night
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カナが言った。
二本目の酒樽の蓋に手を掛けながら。
「今日という日を利用しない男はただのチキンだ」
と。
視界の端で、女子のプレゼント交換が始まったーー。
「なんで男が鳥になっちまうんだ?」
赤と緑、それに金のテープで装飾されたカウンター席。
ターキーを頬張ったついでに首を傾げたナツの隣りでガジルがギヒッ、と鼻で笑った。
「意味すら解ってねえチキンがここに居んだが」
「そうだねぇ」
口の端を指で拭いながらカナもクク、と笑う。
二人共正面を向いたままなのにまるで小馬鹿にしたようなその物言いが気に食わなくて、ナツは体ごと横を向くと眉間に皺を寄せた。
「俺は鳥じゃねえ!」
「誰もおめえだなんて言ってねえだろ」
「明らかに今俺に向かって言っただろうが!」
更に、ふざけんな!と紋章の入った腕でカウンターテーブルを叩く。
けれどその鈍い音は次に聴こえたコトッ、という控えめな音によってきれいさっぱりスルーされた。
「はい。おまちどうさま」
サンタ帽を被ったミラが、運んできた黒ビールから手を離す。
「忙しいのに悪いな」
「いいのよ。慣れてるもの」
顔を上げたガジルと二言三言会話を交わし、そのままにこやかに去って行く後ろ姿をやや呆気に取られて見つめるも、はっと我に返るとナツは慌てて再度テーブルを叩いた。
「おいっ、無視すんなよ!」
黒ビールが揺れる。
ガジルがいかにも面倒臭そうに横目を向けてきた。
「じゃあお前だな」
「くっそぉ…!なんかよくわかんねえけど、バカにされてんのだけはわかったぞ」
「そいつぁよかったな。鳥頭でもそこそこ人間に近い方なんじゃねえか?」
「あっはは!言えてる」
「なにぃ?!」
ガタンッ、と立ち上がった拍子にジョッキの中身が今度こそ大きく波立つ。
泡の部分だけが無くなった黒ビールを持ち上げて「火竜っ、てめぇ!」と息巻くガジルにナツは「ざまあみろ」と上からほくそ笑んでやった。
泡なんか全部消えちまえ。
密かに呪いをかける。
しかし、満足して椅子に腰を下ろそうとした時だった。
不意に感じた視線に後ろを振り向くとこちらを見ていたルーシィと目が合う。
「!」
一気に上昇した気分のまま軽く手を振れば、少し驚いたような顔をした彼女も次には小さく振り返してくれた。
クリスマスカラーで彩られた酒場の雰囲気が普段と違うせいか、向けられる笑顔もいつもと違って見える。
きらきら。可愛い。嬉しい。
もう一度ーーと手を上げかけたナツだったが、生憎それは叶わなかった。
「ま、つまりさ」
傾けた酒樽から顔半分を覗かせて、カナが意味深な目を向けてくる。
「っ……」
見られていた気まずさとじわじわと湧き上がってくる気恥ずかしさで一瞬肩が強張る。
慌ててマフラーを引き上げ、ナツは渋々ルーシィから背を向けた。
逃げたい。が、話はまだ終わっていないらしい。
「お熱いこって」とムカつく笑みを向けてくるガジルに「うっせ」と言い返しつつ腰を下ろす。
カナがピッ、と人差し指を突き出してきた。
「つまり、今日はクリスマスイヴでしょ?」
「…おう」
「煌びやかな街並み、いつもと違う空気、盛り上がるテンション。いわばこれはクリスマスマジックなわけよ!」
「クリスマス、マジック?なんかかっけぇな」
「興味ねえな」
着眼点をズラしながらもキラキラと目を輝かせるナツと、さも自分は無関係という顔でジョッキに口をつけるガジル。
全く真逆な反応にカラカラと笑いながら、カナの力説は更に続く。
「想う相手がいるんだったら今日は絶好のチャンスだと思わない?舞台は揃ってるんだし。だったらここでキメなきゃ男が廃るってもんよ!」
言い終わるや否や、カナはその勢いのままぐい、と酒樽を傾けた。
男勝りに酒を煽るその姿は先の台詞も合間ってか妙な親近感を感じさせる。
この場に居る男は本当に自分達二人だけだろうか?
横に並ぶ男二人は思わず顔を見合わせた。
「なんか無駄にかっけえな、カナ」
「つか、どこのイケメンだよ」
そんな二人を尻目にカナは尚も豪快に酒樽を傾けている。
中身が残りわずかとなったのか、クリスマスには不似合い過ぎる和風テイストな木目の樽の底が見事天井と平行になった。
水でも飲むかの如くぐびぐびと喉を鳴らし、あっという間に最後の一口が飲み干される。
漸く飲み口から顔を離した彼女は空になった酒樽を下ろすなり「だからあんたもさ…」と酒で潤った唇を妖艶に引き上げた。
そして、声も無くなかば呆然と固まっていた男二人のうちナツだけに目を向けると、
「今から行ってこい。ナツ」
こう告げたのだった。