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□初めてをキミと
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まるで誘導しているかのように点々と続くそれらのうち、足元に落ちていた一枚を拾い上げたナツの指先が小刻みに震えているのをハッピーは見逃さなかった。
「魔力抑えなよ」
「…これ…」
「うん。多分、あいつだね」
「…多分じゃなくて絶対だろ」
チッと舌打ちしつつ、その手に持った一枚を終始無言で灰も残らず焼却した本人は自分が今どれだけ極悪面になっているのか気づいていないらしい。
ハッピーはたった今燃やされた物と同じ被写体が写る写真たちを見下ろしながら隣りで静かに燃えている相棒に、再度「魔力抑えなよ…」と小さく溢した。
火の滅竜魔導士であるが故、感情が魔力に比例してしまう相棒に対してこれ以上火に油を注ぐような真似だけは絶対にしないよう細心の注意を払う。
とにかく今、こんな所でボヤ騒ぎを起こされる訳にはいかなかった。
先週の二の舞だけは御免蒙りたい。
もしもこのまま火事でも起こされた暁には先週同様、ただ一緒に居たという理由だけで自分までまた理不尽な説教を受けるハメになりかねない。
あの時のエルザときたら修羅の如く…。
きっと助かる保証なんてどこにもないだろう。
どう頑張っても穏やかになってくれない心中を無理矢理落ち着かせて、ハッピーはなるべくのんびりとした口調を心がけながら隣りを見上げた。
「やっぱりあれって本物だよね」
猫目が向いた先、眼前の十字路の右側を見て、ナツの声に微かな震えが滲む。
「…だな…本物の…変態だ」
そこには、ブロック塀の影に隠れるように張り付いた小太りの男が、これまた隠すように構えたカメラのレンズを一心不乱に覗き込んでいた。
微妙な位置でロールアップしたハイウエストすぎるデニムのズボンに青いタータンチェックのYシャツをぴっちりとインした挙句、頭には赤いバンダナ…ではなく何故か赤いふんどしを巻いたその姿は後ろからでも十分に変質者だということが認識できる。
何より、腰のウエストポーチから溢れ落ちている十数枚もの隠し撮り写真たちがその事実を如実に物語っていた。
ついでにこの距離からでも聞こえてくる荒い、鼻息…。
犯人は確実にあの怪しい変質者。
もとい、ナツ達に言わせれば…変態だ。
「いつもと違う道で来てよかった」
ぼそりと呟いたナツが地面に散らばる写真を一枚一枚拾い上げながらゆっくりと目の前の変態へ近づいて行く。
変態の方はというと、カメラを構えるのに夢中なのかすぐ後ろにまで迫ったナツの存在に一行に気づく様子がない。
(キモイね)
(ああ、キモイな)
足元で肩を竦めたハッピーと目配せし合ったナツは盛大に顔を顰めた。
こんなに近寄っても、男は未だ真後ろに居る自分達に気づかない。
あえて気配は消していないにも関わらず、だ。
知らず震え出した拳を、グッと握り締める。
その肩口から目線をむけた先には、露店の前で両手に持ったスカーフをどちらにしようか見比べているらしい少女が一人。
眉間に皺を寄せて何やら難しい顔をしたかと思えば、次の瞬間にはポッと頬を染めながらふにゃりと微笑んでいる。
(右手に持ってんのにしろよ)
自然と口元を緩めたナツが、そう心の内で語りかけた瞬間、カシャッというシャッター音が聞こえた。
と、同時に風を切る右手。
「ゴッファッ!?」
「わぁっ!」
渾身の一撃を横っ腹にくらった男が倒れかかってきたのを寸での所で避けたハッピーが慌てて桜頭に飛び乗った。
「ダメだよナツ、一般人を本気で殴っちゃ」
「こんなん全然本気じゃねぇよ。つか、一般人じゃなくて変人だろ」
「まぁ、そうだね」
「それにちゃんと加減したし、火ぃ出さねぇように我慢してやったんだからまだマシなほうだろ」
言いながら、ナツは白目を剥いた男の胸ぐらを掴むとガクガクと揺さぶった。
「おい、起きろ。いつまで寝てんだよ」
「ぅ…」
「血も涙もないね」
「ゴホッ!ゴホッ!…あれ…僕ちん…」
「わー、完璧にキモイ系の奴だ…」
「あ!おまいだな!今僕ちんのこと殴った奴は!いきなり何するのら!」
胸ぐらを掴まれ宙ぶらりんにされているというのに、男は無謀にも沸々と怒りを燃やしているナツに真っ赤な顔でツバを飛ばしている。
「うざい。生きてるだけありがたいと思え」
「あっ!」
聞く耳持たずと言わんばかりにそれをばっさり切り捨てたナツは自身のつり目を半眼にしながら引っ手繰ったカメラで、コンコンと男の額を小突いた。
「なぁ…なんでルーシィの写真なんて撮ってんだ?」
「ルーシィ?あの子ルーシィたんって言うの?うわぁ!名前も可愛いのらぁ!」
「………」
「…おいら毛玉吐きそう」
うぇ、と桜頭にしがみ付いたハッピーが小さくえづく。
「…もっかい聞くぞ」
一度忌々しげに男を見た後、す、とナツのつり目が細まった。
「なんで俺の女を隠し撮りしてたんだ?
………2秒以内に答えないと…」
瞬間、ゴォと上がる業火。
「ああああっ!?僕ちんのキャメラぁ!!!」
サラサラと風に吹かれていく黒い灰の軌道を追って慌てふためく男を他所に、ナツは何もなくなった手の平をぎゅっと握り込むと、知る者が見たら凍りつくような微笑でもってーー
「……次は、お前を灰にする」
にっごりと微笑んだ。