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□ある夏の日
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にこにこと。
それはもう清々しい程晴れ渡った窓の外で煌々と輝き続ける太陽のような満面の笑みを顔中一杯に広げて、にこにこにこにこと。

窓枠に腰掛けた桜色が自分を見下ろしている。


一瞬、自分の周りはおろか、世界中の時間が止まったような錯覚を覚えたけれど彼の後ろに見える一つだけ浮いたドーナツ型の雲がゆっくり流れているから、別に“止まった”と言う訳じゃないらしい。


(あ、息するの忘れてた)


そこで漸く自分が酸欠になってきたことを思い出してゆっくりと肺に空気を取り込む。
気持ちを落ち着かせるためにと行った数回に分けての深呼吸。
しかし、あまり効果はなかったかもしれない。

それでも早鐘を打つ胸の奥とは逆に冷静な頭が不思議と上手く働いてくれたので視覚から得た情報をなんとか必要最低限理解するということはできた。


今日は休み。
日向ぼっこと、これから書き始めようと思っていた小説の考案を練るのを兼ねて、自分は今ベッドの上。
うつ伏せて上半身を支えるために立てた両腕の間には思い付いた考案を箇条書きした原稿用紙が一枚。


ーーの、上に白い用紙がもう一枚。


花の十代、恋する乙女。

それが何なのかわからない程幼い歳でもない。
なにより自分はその一条件を満たしている。
先程からにこにこと微笑み続けているこいつはどうだか知らないけれど。

出会った頃より少しだけ伸びた桜色の襟足が風に躍る。

それを見ながら今までを思い返してみる。
けれどどんなに記憶のページを紐解いてみても、ふざけ半分以外の決定的な言葉を言われたことはなかった。


だからここからが分からなかった。


どこまで本気なのか、いや、この名が記されていると言うことは既にこれがイタズラや冗談で済まされる類の物ではないのだろうことは十二分に理解できた。

腕と腕の間に置かれた白い用紙。
真ん中より少し下の欄。
サラサラと流れるような達筆で書かれたマスター・マカロフのフルネーム。

その上にでかでかと書かれているもう一つは、桜色の彼のもの。


(らしいって言えばらしいけど…もうちょっと順番ってものを考えなさいよ)


一度桜色を見上げていた頭を垂れて目頭を揉み込む。


彼が自分を大事に想ってくれているのは知っていた。
そして、自分も同じ気持ちを抱いていることにこの彼も気付いている。
いずれはそうなれたらいいな…と夢見ていた未来。


だけど、これはいくらなんでも…。




ああ、誰だろう。
こいつにこんな、常識も順序も無視するような手段を入れ知恵したのは。


吸った息を深く吐いてから顔を上げても桜色はまだにこにこと自分を見ていた。
彼にしては珍しく、待てと言われた時間さえも楽しんでいるかのように。




(まったく、なんなのよ…)




とにかく考えてたってしょうがないか。





「ナツ…」
「なんだ?」


にこにこにこにこ。


「あの…これは…なに?」


もちろん“何故こんな物を持ってきたのか?”と言う意味で尋ねる。

けれど返ってきたのは、その意味合いに対しての返答ではなく、およそ“そうゆうこと”には無頓着だと思っていた彼からは想像もつかない予想外の言葉だった。




「なにって、ラブレターだろ」






にこにこを、にぱー、に変えて言い放ったナツにルーシィは高鳴る鼓動を抑えつつ、今年最大の溜息を吐いてみせた。






「ナツ……これ、婚姻届なんだけど…」






ルーシィ・ハートフィリア

花の十代最後の年。

19歳の、とある夏の出来事だった。











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