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□交換日記を始めよう
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事の始まりはルーシィとレビィが話していたガールズトークの内容に珍しくナツが興味を示したことがきっかけだった。





「ただいま」


エルザの鉄拳制裁で幕を閉じたいつもの人騒動から帰還したナツがストン、とテーブル席に座るルーシィの横に腰を下ろした。


「おかえり……て、酷い顔ねそれ」
「エルザに乱入されなきゃ俺の勝ちだったのに」


下唇を突き出してムスッ、とむくれるナツの顔は片目に青タン、片頬は赤く腫れ上がった、なんとも痛々しい…というか自業自得…というかーーな状態。
周りを見ると同じように制裁を食らったらしい仲間達が数名。

エルザの怒り具合いがどれだけ多大だったのかが見てすぐに分かるその惨状に、ルーシィは顔を引き攣らせた。
まったくうちのギルドはどうしてこうも喧嘩っ早いのが多いのか……。


「あんな大人数じゃ勝ちも何もないと思うんだけどな」
「このギルドの費用不足って大半はあんた達の喧嘩が原因よね」
「しょーがねぇだろ、燃えちまうんだから」
「こないだミラさん溜息吐いてたわよ」


カウンター前で半裸のグレイと共に割れたジョッキや食器類の後片付けをしていたミラジェーンにルーシィがチラリ、と目線を流す。
それに続いてそちらを見たナツはバツが悪そうに声を詰まらせた。


「う……。ミラにはあとで謝っとく」
「そうね、そうしなさい」
「…うん」


目の前にはシュン、と肩を落としたナツに「今度からはもうちょっと気を付けなさいよ」などと声をかけているルーシィ。


微笑ましいな、とレビィは思った。

例えるなら、そう、まるで“弟を慰める姉”の図だ。


ふ、とレビィの口元が自然と弧を描こうとする。
しかし次の瞬間、そのままカパリ、と思いきり開いた。


逆転したのだ、その図が。
逆転して一回転してついでにもう一回転した後、更に半回転した何かにレビィはもう目が回る思いだった。



そこにはーー


“妹の腕を引いてその耳元へ何か囁く兄”。
いや、この場合恋人的な意味で“彼、彼女”と表したほうが正しいのか。

赤くなって俯く彼女を口の端を上げた彼が満足気に覗きこむ、という無自覚にも程があるほどの恋人オーラを漂わせた別世界が目の前に出現する。


(うわぁ……)


レビィはそれを砂を吐く思いで眺めた。

これでこの二人、付き合っていないのだからタチが悪い。
つまり、素で行なわれていることなので本人たちにはまったく自覚がないのだ。


くっつきそうでくっつかない。


だだ漏れな想いを知っているだけにその場で足踏みし続ける両者に焦れったさを感じているのは絶対に自分だけじゃないだろう。

けれどそんな仲間以上恋人未満な二人を第三者の感覚で見守るこちらの率直な感想としては、正直ーー


(見てて飽きないんだよね!)


だった。



ふと気付けば、いつの間にかまた彼らは逆転していたらしい。


“姉の前に置かれていたオレンジジュースを勝手に飲んで叱られる弟”を見ながら、レビィはクスッ、と笑みを漏らした。


「ノートにも書いたけどさ、やっぱりルーちゃんて、ナツと居る時が一番ルーちゃんらしいよね!」
「そっ、うなのかなぁ…」
「うん!絶対そうだよ」


恥ずかしそうに、けれどその点は自覚があるのか困ったように照れ笑いを浮かべて小首を傾げるルーシィはとても愛らしい。
身体ごと彼女のほうへ向いていたナツに、今のルーちゃんとっても可愛いよね!と期待を込めた眼差しを送るもーー


「ノート?」


見当違いな返答が返ってきた。


「ん?」
「ああ、交換ノートよ。今レビィちゃんとあたしの間で流行ってるの」


「日記を見せ合うみたいで面白いんだよねー」と笑顔を向けてくるルーシィに「そ、そうだよねー」と慌てて笑顔で返すレビィ。

パチパチ、とナツのつり目が瞬く。


「ってなんだ?」
「あはは、男の子は……って言うかナツは知らないかもね」
「む?」
「あのねナツ、交換ノート…まぁ交換日記とも呼ぶけど…っていうのはね、その日あったこととか相手に伝えたいこととか、全然関係ないことでも自由に書いて交換し合う…、いわば手紙のノートばん、みたいな物よ」


ピッ、と立てた指をナツの鼻先にかざしてルーシィが得意げに胸を張った。


「ふーん……」


と、暫し何かを考えこんでいたナツの顔が次第にパァ、と輝いていく。

かと思えば眼前で突きつけられている細い指先をその手ごと掴んで、一言。


「よし!」


更に輝く笑顔、突如込められる力。


突然のことに固まったままのルーシィなどお構いなしに、ナツは勢い良く立ち上がった。


「えっ、ちょ、ナツ?!」
「俺もやりたい!交換日記!」
「…はい?!」




直後、ノート買ってくるー!と走り出したナツと半ば引きずられながら走り出す形となったルーシィは、その騒がしさと共にギルドの外へと飛び出して行った。



「いってらっしゃーい!」


後に残されたレビィは嵐のように去って行くそんな二人の背中に、満面の笑みで手を振るのだった。







ーーそこから離れた一番奥のカウンター席。


「至極分かりづらいが…顔、ニヤけているぞガジル」
「ほっとけリリー。お前にしかバレてないなら問題ねえ」



ギルドの出入り口に向かって手を振り続ける小柄な少女から背を背けるようにして片手で目元を覆った者は、鋼の如き黒髪を持つ鉄竜。
名を、ガジル・レッドフォックス。


その横で、そんな相棒の今は薔薇色であろう心の内を察して密かに喜ばしく感じながら「そうか…」とだけ呟いた黒い猫、パンサー・リリーが静かに目を閉じたことはーー


誰も知らない。









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