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□トリック オア …?
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付き合い始めて三ヶ月。
勿論付き合う前からいつも、ずっと一緒だったあいつ。
ナツのことはなんでも知ってるつもりでいた。
だけどそれは、あくまで“つもり”でしかなくて、
あたしはまだナツに対して知らないことが沢山あるのだとーー
この日行われたギルドのハロウィンパーティーで、嫌というほど思い知らされることになった。
「…へ?」
それを聞かれた時のあたしは随分と間抜けな顔をしていたかもしれない。
だってそうでしょ?
本当に意味が分からなかったんだから。
それに確かさっきまで話してたのはエバーグリーンとエルフマンの仮装が魔女と狼男ってそのまんまじゃないって話題じゃなかったっけ?
それがなんでいきなり?
「トリック オア 何がいい?」
…って、全然理解不能なんですけど。
しかも、なに?この、体制…。
なんであたし、ちょっと追い詰められた感じになってるの?
これじゃ壁についたナツの腕が邪魔で、どこへも逃げられない。
あたしの顔の横にあるのは右腕だけなのに。
嫌、ではないけど…こんなナツーー
(知らない…)
あたしを見つめるその顔は。
普段と違い、つり目がちな双眼は細められていて口元には微かな笑みが浮かんでいる。
笑った顔と言えば、豪快に大口を開けながら…しか、見たことがなかったあたしは、そのどこか憂いを帯びた表情にはっきり言って見惚れてしまっていた。
「ぇ…えーと…あげたわよね?さっき」
ーーカボチャマフィン。
どうにか絞り出した声でそれだけ言うと目の前のつり目が「おう、美味かった」と更に細まる。
「っ… じゃあ…?」
ますます分からなくなったのと、早すぎるドキドキに耐えられなくなって彷徨わせた視界の端で、ナツの顔がニッコリと笑った気がした。
「ルーシィは俺にくれたけど俺はルーシィにあげてない」
「え?」
テーブルの上で無造作に散らばったオレンジと緑のラッピング袋。
それを眺めているナツを見て、あたしはやっと合点がいった。
「ああ…そういうこと。そうね、そう言えばあたし、まだナツから何ももらってなかったわね。じゃぁTrick or treat?今年は何をくれるのかしら?」
確か去年はハート型のキャンディがいっぱい入った小瓶をくれたっけ。
それにしてもせっかく綺麗にラッピングしたんだからもうちょっとマシな広げ方してくれないかしら。
そう思いながら伸ばした手は次の言葉でピタリ、と止まった。
「なんも」
「え?」
「なんもやらん」
「……はい?なん」
「俺はルーシィになんも用意してないから…だからルーシィは俺にイタズラしてもいい」
「ん?」
伸ばしかけた手もそのままに、ひたすら首を傾げるあたしを見て「だから…」と
一旦そこで区切ったナツはーー
“ルーシィは俺に…何がしたい?”
あたしの耳元でこう囁いたあと、
「ルーシィ、Trick or…何がいい?」
こちらがドキリとするようなあの顔で、妖艶に微笑んだ。
それはこの日のためにと仮装した衣装にハマりすぎるくらいハマっていて、まさしくバンパイア。
血どころか、魂すらも吸われてしまいそうなーー。
(ああ…)
やっと分かった。
“お菓子をあげない代わりにイタズラを”
なんともナツらしい考えだ。
「こんなの……選択肢なんてないじゃない」
「…最初からそのつもり」
お互いに息がかかるほどの距離で笑い合ったあたし達は同時に瞼を下ろした。