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□プレゼント フォー ユー!
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「プレゼントも嬉しいけど…やっぱり今日は特別な日ですもん。好きな人と過ごせたら、それだけで…それは最高のクリスマスプレゼントですよ」



カオスと化した酒場内をぐるりと見渡していた琥珀色の瞳が、床の上で大イビキをかきながら大の字になる姿を見つけて夢見るように細まった。









「ルーシィ」
「ひゃっ!」


呼ばれて振り向くと“ィ”の形で口を半開きにした顔と目が合った。


「ナツ…もぉ、びっくりするじゃない。さっきまであそこで寝てたと思ったのに、いつの間に起きたの?」


瞬間的に飛び跳ねた心臓からドッドッ、と音がする。
服の上からそこを押さえながら身体ごとそちらへ向き直ると、ルーシィはコテンと首を傾げた。
視界の真ん中で斜めになったナツの顔を見返す。


「で、なにか用?……って、ナツ…?」


何か用があったから呼んだのだろうーーそう思って待ってみたのだがこれはいったいどうしたことか……。

目の前の彼からはいくら待てどもその先が聞こえてこない。

それどころか、口は未だに“ィ”の形で停止したままだしその彼自体何故か微動だに動かないのが…何か、非常に…不気味だ。


「え、えーと、ナツ?」


とりあえず、瞬きくらいはしてほしい。
もっと言うと、そんなに一心に…しかも無言で見つめないでほしい。
怖すぎるから。

さすがに耐えられなくなったルーシィはもう一度口を開こうとした。

しかし、静止画のように動かない相手の目の奥がしっかりと自分を捉えているのを捉え返した瞬間、開きかけた口から出る筈だった呼んでおいて何?の言葉は寸での所で飲み込まれた。
その代わり、小さく肩を竦める。


(ああ…なんだ)


正直、黙ったままなのは焦れったいことこの上ないが、用と言う用はちゃんとあるらしい。

その証拠に今向かい合っているこの顔。
これには見覚えがあった。
見た目には判断しにくいけれど常日頃行動を共にして見てきた自分には分かる。

普段ズバズバ物を言う彼がこんな目をして見つめてくる時は、何か言いたいけど言い出しにくいことがある時だ。


……となると。


(これは長期戦になりそうね)


逃れるように滑らせた目線の先には本体と共に沈黙し続ける鱗模様のマフラー。
それに焦点を当てたまま、ルーシィははぁ…と小さく溜息を吐いた。

今やこうなった彼に催促の言葉など通用しない。
次に開いた口から何が飛び出すかは分からないけれど。
かと言って向こうから喋り出すまでずっとこのまま、というのも耐えられそうにないので……。


(まったく…そんなに見つめてくれちゃって…。穴でも空いたらどうしてくれるのよ)


内心でそう呟きながらゆっくりと肩の力を抜くと、ルーシィは腰掛けていた椅子に深く座り直した。
微かに、けれど、確実に揺れている瞳の奥を改めて見返す。


「ねぇナツ、どうしたの?」


ふわり、困ったように眉を下げて。


「…何かあたしに言いたいこと、あるの?」


そう、柔らかく微笑んだ、瞬間ーー


「っ…」


それまでピクリとも動かなかったナツの口元がむにゃり、と歪んだ。
かと思えば、何やらもごもごと発せられた言葉らしきもの。
ふい、と外された目線は下を向いてしまって合わさることはない。


(…え?)


と思う間もなく、全て一瞬の出来事だった。
見えるのは、俯く彼の鮮やかな後頭部だけ。


「…は?」


何処からか乾いた音が聞こえてきて、それが自分の口から漏れ出た声だったと認識するより先にルーシィの目は既に点となっていた。
視界の大半を占める満開の桜が、点になった目に眩しい。
暫くその光景に見入っていたルーシィだったが次の瞬間、はっと我に返った。
唯一覗く彼の両耳が周りの色と見事なまでに同一色になっている。

どうやらナツは自分が言ったことに対して照れているようだ。
可愛いーーと思うと同時にはたして自分は何を言われたのか……と物凄く気になり出す。

これが滅竜魔導士の耳であったならば先程の彼の呟きにも似た囁きなど容易に聞き取れただろう。
けれど、自分は常人。
魔力はあれどそれは並の魔導士のものであって、目の前の彼のような特異体質など持ち合わせていないし、そもそも自分が司る力は“星霊”であって“滅竜”ではない。
そんな常人の耳に到底聞き取ることの困難な音量で話しかけられて、あまつさえ一人で勝手に照れられても正直困る、というもので……。


「え…と、ごめんナツ。今の、なんて言ったの?よく聞こえなくて…」


口元に小さな笑みを浮かべたままルーシィは俯く後頭部に向かって小さく投げかけてみた。


「もう一回、言ってくれない?かな」


少しだけ身を乗り出してそう続けると、視界一杯に広がった桜色がピクリと動いた。










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